元ベース弾きの田舎暮らしは

60歳で田舎にUターン、素人の「米と野菜」作り
音楽が縦軸の人生
就職相談・紹介が「天職」

「痛い」出費

2009年09月30日 | お金、投資
思いがけない出費がありました。
「クリーニング代」です。

「衣替え」の準備をしていて、多くの衣類に「カビ」の痕跡が。
表側にはないのですが、裏側にカビの一部が残っています。

スーツ、礼服、スラックス、コート、ジャンパー、セーター、ネクタイなどなど。
おかげでクリーニング代がべらぼうにかかりました。

着るものにはこだわらない私ですが、「カビ」はいやです。
財布をはたき、数十点の衣類のクリーニング。
こずかいの「○万円」が、消えました。

「大変でしたね」の言葉と裏腹の店員さんの大量受注の「笑顔?」。
数え直すこと数回、受付だけでも30分。
大幅割引をしてもらいましたが、今後の「財政引き締め」が必要です。

夏の長期の雨による湿気が原因です。
おまけにエアコンを持たない、いまどき珍しい我が家。。
「カビ」にとっては、最適な環境だったのでしょう。

異常気象が我が家の家計を直撃です。

画像  霧雨(この湿気にやられました。奥の間から。風景としては最高ですが)
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ミュージックサーフィン

2009年09月28日 | 音楽
土日は、農作業の「まねごと」の日。

土曜日、裏山の栗林の草刈り、もう栗がいっぱい落ちています。
そして日曜日は、保存食「焼き米」のための脱穀や、白菜の苗の移植。
弟と妹の「お手伝い」と言うほうが当たっていますが。

午後温泉に出かける母親を見送ったあと、コーヒーブレーク。
開け放した部屋に気持ちの良い風が吹きぬけます。

なぜか急にショスタコーヴィッチの「五番」の低弦を聴きたくなり、大音量で。
続いてチャイコフスキーの「1812年」と戦争音楽オンパレード。
実射の大砲の音を聴いていると、自分の気持ちが「凶暴」になるのがわかります。

気分転換に「オールデイズ」を。

「五番街のマリー」「あなた」「雨宿り」「あずさ二号」「旅の宿」「異邦人」
「かもめが飛んだ日」「東京ララバイ」「いちご白書をもう一度」「恋人よ」
「秋桜」「卒業写真」「精霊流し」 etc etc 。

手当たりしだいです。歌手も年代もばらばら。
昔の深夜放送の復刻版のCDが10枚以上あるのです。(コピーですが)

     

不思議だったのは、ユーモラスな曲のさだまさしの「雨宿り」を聴いているとき。
なぜか 涙腺が緩んだのです。「胸が詰まった」自分にびっくり。
理由がわかりません。天気は下り坂。誰もいないがらんとした我が家。

男の「更年期」かな? 無意識に昔を思い出したのかな?

画像  我が家の栗林(イガ栗。青いイガイガは触ると痛いのです)
     スピーカー(今日の音質は「切れ」がいまいち、ソースのせいかも)
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私の営業スタイル

2009年09月26日 | こだわり
久しぶりに企業訪問です。再就職後初めての「外回り」。

ここ三ヶ月間、事務所の相談窓口に座っていました。
困っている人の就職相談と企業側との電話での交渉窓口です。
もうひとつの目的は、有能な人をリストアップすること。

「この人は・・・」と思える人と、場所を変え個人的にヒアリングします。
履歴・業務経歴・資格・能力をデータベース化。
しかし真に優秀な人は、企業も手放さないのでしょう。印象に残る人は稀です。

今後 企業のオーナーに対しては、中核人材の確保を薦めます。
今なら優秀な後継人材を採れるのでは と。
またUターン.Iターンも視野に入れてもらうことを提案します。
正社員採用・研修には国から助成金が。

昨日から、商工会議所の会頭・副会頭の企業を訪問です。
親しい経営者から電話を入れてもらったためか、面談はスムースです。

地元の経済状況、各業種の現状。実態や課題を教えてもらいます。
面談のやり取りでは、前の会社で特約店を訪問していた経験が活きます。

     

若いころ、「だめ営業マン」だった私。売上「ショート」の「常習犯」でした。
出向から帰り、企画やエリアを任されたころから、本音の会話の重要性にも気づきました。
聞きかじりの経営論や「マニュアル本」のハウツーレベルでは経営者には通じません。

信頼感がない一時的な関係では、「パイプ」は太りません。
再度の面談もありえません。

データに基づく「仮説」構築力の弱かった私です。
提案も薄っぺらなもの、自信をなくしかけていました。
その時の私を救ってくれた販売店のおやじの一言。
「あんたは嘘を言わないね。その生き方でいいんじゃない。私は好きだよ。」

営業訪問時「八墓村出身です。」と「田舎者」を「売り物」にしました。
個人的な弱みもすべてさらけ出し、「素」でつきあったのです。

映画「七人の侍」のリーダー格の侍を演じた志村喬の最後のセリフが印象的。
戦いに「勝ったのは、百姓だ!」侍に、この言葉を吐かせた百姓の生き様。

「素朴な粘り」が「ほんものの営業」でしょう。生き方そのものです。

画像  新見市内老舗のカツマル醤油(製造・直販、WEBを使って新販路開拓も)
     醤油の商品群(ユーザー向けに新商品も多いのです)
     
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娘たち

2009年09月23日 | 娘達・家族
連休後半は岡山です。

珍しく高校生の四女が家にいます。
いつもは休日でも、部活のユーフォニュウムを吹きに登校の娘なのに。

なんと娘の通う高校でも、新型インフルエンザが発症。
部活もしばらく休みとか。
自らは元気なため、休日を楽しんでいるようです。
でも宿題の山、その量の多さに夜は青息吐息の高校生です。

音楽を学ぶ三女は、運転免許を取りたいと母親に言ってきたらしい。
四年生のため、講義も少なく思いついたらしい。
免許取得のためのお金の無心をしてきた様子。
一時期無職になった私のために、授業料が一部カットされています。
そのこともあり、免許資金はやむをえません。

次女からは、戸籍抄本を送ってくれと母親に連絡が。
久しぶりの海外旅行のパスポート用らしい。どこに行くのやら。
看護師の次女は行動派。北海道に行ってきたばかり。
夜勤で稼いで遊びまわっているのでしょう。

三女と東京三鷹で暮らす会社員の長女。
マイペースの娘、一人暮らしがしてみたい様子。
次は、次女と三女の組み合わせの住まいになるかも。
性格の異なる娘たち。姉妹同士一緒に住むことは安心ですが。

父親より、圧倒的に母親との関係力が強い娘たち。
経済的支援以外に「必要のない男親?」なのかもしれません。

画像 我が家の稲(初めての農業、10月はじめ稲刈り予定、出来は?)
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準備

2009年09月20日 | ふるさと
数日前から、庭の「銀もくせい」が香っています。
金もくせいは多いのですが、銀もくせいは少ないそうです。

この五連休中に地区の小さな祭りが二つ。
今日が「地鎮祭」(地神祭)、明日が「明神祭」。

昔から伝わる祭りの日。
八幡宮の地区の総代であり会計の私が世話役です。
何にも知らない私が準備を。

10日ほど前、八幡宮の神主から突然電話。
「祭りの当番のほかの集落に不幸(葬儀)が起き、当番を代ってくれないか?」
あわてて、その夜わが集落の緊急集会を。

15軒の集落のみなさんに意見を聞き受諾決定。
もともと予定していた祭りに加え、二日連続の祭り開催。

     

しめ縄は、親しい友人たち二人が準備してくれます。
私は昨日お酒などの買い出し。
かみさんに依頼した供え物の「煮しめ」。後でみんなでいただきます。

岡山に住むかみさんも、どんな「煮しめ」かわかりません。
昨日 母親に電話してきて、内容を聞いていました。
岡山で作って我が家に運びます。

小さな祭りですが気を遣います。
集落や家族の協力がないとできない行事です。

地域内には小さな集落が多く、限界集落も。
伝統行事の存続も危うい状況です。

画像  庭の「銀もくせい」(大きな木、この香りで昔の運動会を思い出します)
     集落のコミュニティ(集会所、めったに使いません。誰も使わないパソコンも常備)
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続 トラブル(2)

2009年09月17日 | 日常
信じられないことが起きました。
先日 対応の悪さで、私を「怒らせた」あの店の男が何と、職場に現れたのです。

トラブルから数日後、私の職場の責任者に電話した様子。
上司「電話があり、あなたと話したいと言っているのですが、何事?」と心配そう。
  「どうも事務所の前に来ていて、電話をしているらしいのですが」
私「会いますけど、同席されます? 横で聞いていただいてもいいのですが・・・」

責任者の個室を借り、その男を招き入れます。
「今日は何?」と私。
男「社長から、おまえはクビだと言われた。あの時の状況を話したい。」
(息子のこの男に父親の社長は厳しく言ったようです。
今日も名乗らないこの男、いまだに名前も知りません)

謝りに来たのではないのです。
私「あなたは非常識ですね。なんで職場に来るの?個人の問題でしょ?」

男「こんなことになって、誰に話を聞いてもらえばいいのか・・・。
 「確かに言い方は悪かったけど、あの時忙しくて・・・」
 「頭が悪くて、非常識かも知れないけど・・・」言い訳をくどくど。

あきれる私です。
私「今までの数多くの店の応対の中で、あなたは最悪!」
 「一回や二回でなく三回も同じような対応をしたでしょう。覚えている?」
 「ここにそんなことを言いに来たこと、社長は知っているの?」
男「いや、知らない。」 男の独断で来たらしい。

・・・(中略)・・・

男は社長に告げ口されたと感じ、うっ憤を晴らしに来たのでしょう。
店に恨みはなく、同じ店の別の支店に取引を変えたと言っても、男は無関心。
(次に経営者になる後継ぎなら、感謝の言葉位あるかと思いましたが・・・)
また 店を訪問し、名前を名乗り、いきさつを説明した意図もわかってない様子。

私の職場を訪問し、上司を煩わせたこと。
私にも責任の一端があると匂わせたこと。「強要」と感じたとの発言。
何より、職場を訪れ、上司に話すと私がひるむと思って「報復?」しようとしたこと。
どれをとっても許せません。

再度の抗議や、名誉棄損などでの法的措置も頭をよぎりましたが、止めました。
こんなどうしようもない男のために、自分の時間を取られのはもういい と。

これを書いていて、思い出しても腹が立ちます。
久しぶりの感情表現。私もこの男と同じレベルの人間になってしまいそうです。
くだらない内容の日記になってしまいました。
 
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自分が「消した」年金

2009年09月15日 | お金、投資
週末 社会保険庁から封書。
開封前に嫌な予感がしました。

再就職に伴い、年金額のカットの予想をしていたから。
案の定です。「年金50%カット」のお知らせ。

失業給付が終わり、厚生年金を受給し始めて数カ月。
新しい職場の給料が加われば、何とか生活できるかもと思っていました。

しかし そうは問屋が卸しません。
年金と給料の合算が、ある基準を上回ると年金が減らされます。

「仕事をしていない」社会保険庁もとるものは抜け目ありません。
「しっかり仕事をして」います。

でも この職場と給料を選んだのは自分です。
「消された」のでなく、自分で「年金を消した」わけです。

今は、年金の繰り上げ(前倒し)をしなくて良かったとも。
満額支給前にカットを承知で受け取る手続きをしていたら、後悔するはめに。
三女・四女の学資のため、本気で前倒しを考えていたのです。

条件の良い再就職先があることなんて、想像もしていませんでした。
60歳を超すと応募した企業では、書類選考でほとんど落とされます。
その現実をまさに、今の職場でいやというほど見ています。

「年金カット」を嘆くより、その収入があることに感謝をしなければならないのかも。

画像 社会保険事務所(新見を管轄する高梁。職員はいい人が多いのですが)
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別所帯

2009年09月13日 | 娘達・家族
週末 岡山の家族の家に。
私の誕生日の祝いと四女のミニコンサートのためです。
母親は「赤飯」を炊いて、持たしてくれました。

岡山では、ささやかなケーキでお祝い。
61歳ともなると誕生日の感慨も薄れるというもの。
大きなケーキで祝うほどではありません。
ケーキもメタボの私は、「ケーキ怖い」状態。

翌日 四女の通う高校の「文化祭」での吹奏楽を聴くために出かけます。
久しぶりに四女のミニ演奏会。
ユーフォニユウムを小学校から吹いていて、自信もある様子。

この高校、先日のコンクール予選では、ゴールド金賞受賞。
ただし 全国出場組ではありませんが、音楽系のコースもあるとか。
ピアノ専攻生の中には、図抜けた生徒もいるようです。

生徒の「自主性を重んじる」と娘が選択した全県一区のこの高校。
どうしてもこの高校に通いたくて、岡山に住む家族です。



ユーフォは、クラシックのオケしか経験のない私にはなじみの薄い楽器です。
ホルンやトロンボーンと重なると音がよく聴こえません。
でも吹奏楽には欠かせない楽器。
四女は、同じころ始めたチェロより好きなんだとか。

かみさんや娘と離れて暮らしていると、共通の話題は少なくなります。
高校卒業までの限られた時間だからいいようなもの。
単身生活の続くサラリーマンは、関係力強化に努めないと・・・。

しかし家族は、「頑固おやじ」と暮らすより気楽な岡山の生活かも知れません。

画像  ささやかな誕生日のケーキ
     文化祭で演奏する吹奏楽部(体育館は音が悪い、演奏も今一)
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「リフォーム」を肴に

2009年09月11日 | 住まい、場所
先日 変わった会合に出席。

知人の医師に誘われ、初めて出席。
福祉協議会の人や建築屋さん、医師、行政とバラエティに富んだメンバー。

リフォームの実例をテーマに様々な視点で討議。
この日は、出席者の一人のリフォーム案について。
「おもてなし」を考える同年代の女性の自宅の具体例。

退職後の生活に料理でお客様を迎えたい様子。
私の母親と同じように、来客がある日の高揚する気持ちを感じます。
簡単な図面を見ながら、みんなでワイワイと楽しそうです。

私の家のリフォームについてアドバイスをもらえるかも?
地元で、こんな勉強会があることを知りませんでした。

そのあと、有志で近くの沖縄料理の店で打ち上げ。
こんな店の存在も知りませんでした。
前の会社で全国出張した私ですが、沖縄は行ったことがありません。
見たことのない食材にこわごわ手を出します。

この会合にお誘いいただいたのは、真庭のさとう医院の院長。
本人は岡山の自宅に帰るため、アルコールなしで食事。
家まで迎えにおいでいただき、帰りも。
奥さんには「ワンマン?」な口調の先生も、サービス精神旺盛。

楽しい会合と食事の夜でした。

画像  昨年の我が家の「離れ」の改築
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トラブル

2009年09月09日 | 日常
一昨日の夕方 「怒り」の体験を。

新見市内のある店(本店でなく出先の店)でのできごと。
(狭い町なので、店が特定できないよう業種・具体的内容は伏せますが)

きっかけは些細なことから。
この店発行のサービス券の扱いをめぐって勃発。
私の依頼を男性店員が「強要」か「物乞い」であるかのような暴言です。
そのあと見下したような態度。許せません。

Uターン後、たびたび利用している客の私に対する信じられない言動。
しばし 唖然とし、そして猛烈な怒りがふつふつと沸きます。
周りにほかの客が居たため、声を荒げることをせず、店を離れました。

昨日、友人たちにそのことへの意見を聞きました。
ほかの人も、その店で同じような経験をしていることも判明。
自分の非ではないことを確認しました。

昨晩、この店の本店の経営者を訪問。
名乗ったあと、感情を抑えながら、顛末と改善を要求しました。
応対した男性社員が社長の息子とわかり、驚きました。

経営者も思いあたる節があったらしく、率直に詫びてくれました。
本人への指導と再発防止も。
頭を下げる経営者に、親としての苦悩も感じました。

過疎の進行防止のため、地元の商店の活性化も重要と思っている私です。
こんなつまらない接遇で、大手チェーンの店に客が取られることは悔しいのです。

私の苦情申し立てで、後継ぎの息子がさらに荒れる可能性も。
でも、黙って見逃すことは、もっと悪い状況を生むのではと思い、訴えました。

久しく忘れていた感情です。

高校時代の謹慎処分を招いた喧嘩。
電車内で「刑事」をかたり、若者をいじめていた「やくざ」との対決。
テーマパークで列を乱す輩や、新幹線内での声高な携帯電話の主との口論数知れず。

この年になって、いまだに血の気の多い私を再認識した出来事です。
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「家を守る」?

2009年09月06日 | ふるさと
昨日 近くの友人が訪ねてくれました。
数日前も、自分で獲った「アユ」を塩焼きにして届けてくれた友人です。

話がこどものことに及びます。
「息子を家に帰したいので、就職口の情報提供の協力を」とのこと。
できることはするとの返事をしました。

「ところで、なぜ帰したいの?」と聞くと、彼は怪訝な顔。
「長男だし、家を守るため」と当然のことをなぜ聞くのかと不思議そうです。

「家を守る」という意味が私には、よく理解できないのです。
いなかでは、よく使われる言葉ですが・・・。
母親も当たり前に話します。「私も家を守ってきた」と。

物理的に「家を守る=文字通り、先祖伝来の家のメンテナンス」に加え、家名(かめい)の継承?
生まれた土地を離れると「家を守った」ことにならないようなのです。

このことが私には、いまだに理解ができません。
「どこで生活していても、先祖を敬っていれば・・・」
「都会で成功し、名を成しても、家を守ったこと」にならないの?
田舎に帰った私は「家を守り」、帰らない私は「家を守ってない」ことになるの?

過疎化の進むふるさとは「家を守れない人たち」のせい?
本当は、仕事のないことや医療制度の不備が「家を守れなくしている」のであって、
社会基盤の整備の遅れを、個人の責任にしていることに納得できません。

     

大げさに言うと「人間の生きる目的」は、「DNAの連鎖のため」と考える私です。

私が生まれたのは、両親や多くの先祖の存在のおかげです。
私につながる「逆三角形」の膨大な人数が居てくれたから。
先祖の一人が欠けても、私は生まれてないのです。その意味では「奇跡」です。

四人の娘初め、生まれるであろう多くの子孫の「三角形」の頂点にいる私の責任は重大です。

画像  我が家の屋根(手前左が母屋、中央下が小屋、右手前が離れ、今はイチョウは短く)
     塩焼きのアユ(友人が炭火で焼き、届けてくれたものです)
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新種

2009年09月04日 | 農業
農業で小さなチャレンジ。

1990年に生まれた野菜があります。
その名は「プチヴェール」(「ちいさな緑」の意のフランス語)
国産の野菜ですが。

青汁で有名な「ケール」と「芽キャベツ」の交配種。
結球しない芽キャベツです。高さが80センチになるとか。
一本の木から50~80個も。

栄養価が高く、甘いそうです。(食べたことはありません)
ゆでたり、サラダでそのままも。
青物の少ない真冬に採れるそうです。

遠い親戚筋の友人の勧めで植えてみることに。
苗を数本いただきました。(まだ高価らしい)

農業を60年もしてきた母親も当然見たこともない野菜。
はたして無事に育つか?
「農業1年生」の私には、高度な応用問題です。


自然の力に驚くことも。
年末 丸坊主にしたイチョウの木に多くの葉っぱが。
丸太のような木が、盆栽風の庭木になったのです。

このイチョウを見ながら晩年をおくるために帰郷した私。
色づいたイチョウの木を見ることができそうです。


 

画像  プチヴェールの苗(どうか 無事に育ちますように)
     葉っぱを付けたイチョウ
     昨年末 短くし、枝も落としたイチョウ
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一年経過

2009年09月02日 | ふるさと
今月 誕生日を迎えます。
昨年の誕生日が定年退職でしたから、もう1年経ちました。
激変した私の生活。

40年ぶりに、生まれたふるさとに帰り再出発。
87歳の母親との生活。
ずいぶん歳をとり、足も悪くなっていました。
親孝行のまねごとをと思っていましたが、なかなか・・・・。

「毎日が日曜日」を半年以上も。
もっと早くに再就職を考えながらも、その「壁」は厚かったのです。
「素」の自分の実力を思い知らされました。

農業1年生は全くのまねごと。
いまだに作業の目的や工程が見通せません。野菜の名前や種まきの時期も。
ただ 体を動かすことの充実感は早々に体感。



「音楽村」開村を夢見ながら、遅遅として進まず。
というか、「自己満足的な構想」を見直さざるを得ません。
「ふるさと」活性化と自分の趣味の「二兎」を追っていたことに、
かすかに「迷い」も生じました。

「六文銭ライブ」や病院訪問ミニコンサートを実施したのも、模索のためのチャレンジ。
シニア層の喜びや元気を目の当たりにして、考え込みます。
本物の音楽とは何か?音楽通じての社会貢献とは何か?
新たな「音楽村」構築が必要です。。固定家屋の固定事業でいいのか?と



臨時雇いの「国家公務員」の仕事で社会の現実も知ったことで迷いに拍車も。
多くの人の「人生」に関わる重さと社会貢献の大切さ、喜びを知ったからです。

今までのサラリーマン生活は、一面的な社会経験だった?とも。
恵まれた会社と特定分野の経験だったことを認識しました。
でもその経験が、今の仕事に大きく寄与してくた事は事実。

60歳にして「道半ば」と感じています。
世間は「悠々自適」を言いますが、そんなものは「絵空事」。
自分の人生スケジュールにはありません。

未知の「荒野」が目の前にあり、期待はますます高まるのです。

画像 昨年の稲刈り(今年は10月初旬予定、雨の影響で作況は?新米は最高)
    プロムナードコンサート(永年住んだ浜松では、いつも町かどコンサートが)
    東京 大門付近(仕事でこの近くでよく会議を。今は懐かしい景色)
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