元ベース弾きの田舎暮らしは

60歳で田舎にUターン、素人の「米と野菜」作り
音楽が縦軸の人生
就職相談・紹介が「天職」

私の相談者たち(UIJターン分析)

2020年01月26日 | ふるさと

勤務先の引き出しにある大切なファイル。

市役所勤務を始めて、相談を受け付けた人たちのリストです。

そのリストを片手に、UターンやIターン者との相談が私の仕事。

 

人口減少対策として、設置されたセクションに採用されて2年半。

新設のため、マニュアルやノウハウが全くない状態からのスタート。

地元の事業所を回り、求人の有無の確認から始めました。

 

回り始めて、開拓をしなくても求人は十分にあることを実感。

それより働く人が欲しいとの、事業所の「求人氷河期」突入が切実でした。

そのため、事業所訪問活動を求職者情報収集に方向転換したのです。

 

事業所訪問で、社員や経営者の家族や知人の中に、Uターン者を探す毎日。

「地元に帰ってほしい」との市の本気度は、助成策実施に繋がりました。

故郷に帰り、就職した場合20万円の助成金を支給することに。

 

20万円は、他市に比べ破格の金額です。

しかし このお金があるからUターンやIターンするとは思えません。

この支給条件が、情報収集の「キーワード」になると考えました。

親や祖父母が、帰ってきて欲しいと思う時の「きっかけ作り」になれば・・。

 

         

 

UターンとIターン希望者の比率は70%と30%。男女比も70%と30%。

年齢は20~30代が60%、それ以上が40%。内 学生が15%。

親の介護などでふるさとに帰りたい人が、意外に少ないことも判明。

岡山や倉敷など県南からが35%、関西が30%、広島以西九州などが15%。

 

相談者の内、地元に帰って就職した人が50%。高い確率です。

検討中が30%、延期・中止が10%、相談が途絶えた人が10%。

 

相談が始まったきっかけは、様々。

本人から連絡があり相談開始が35%、家族からが35%、知人からが10%。

市の他セクションや議員から20%。

家族の内 実父母でなく義父母からが8%、娘や息子の配偶者の心配をしたのでしょう。

 

         

 

私自身もUターンで40年ぶりにふるさとに帰ってきた身。

独り暮らしの母親は、私に「帰ってこい」とは一言も言いませんでした。

しかし 周囲の人たちには「帰ってくる」と言っていたらしい。

 

独身者はともかく、配偶者のいる人にとって、「決断」は容易ではありません。

都市部で育った人に、田舎暮らしに不安がつきまとうのは当然。

そこで 私のような第三者、それもUターン経験者の相談担当が必要なのです。

 

高齢になり、疲れやすくなった私ですが、必要とされる間は、働くつもりです。

 

画像    引っ越し     定年時 浜松から岡山に引っ越し、依頼したトラック

      トンネル開通   市街地に通じるトンネル (30年ぶりの悲願達成)

               難所を避け、便利に 

      孫娘       2年前に帰省の孫娘 雪が珍しいらしい

               暖冬で、今年は一回も積もらず 

    

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おばあちゃんが差し出した130円とは・・

2020年01月18日 | ふるさと

昨日 市内の商工業者を回っていた時のこと。

山に囲まれた集落の小さな食料品店での出来事です。

89歳の店主のおばあちゃんから、小銭130円を手渡されました。

 

就職相談と事業所を訪問するのが私の仕事。

昨日も市内の食料品店を訪問。30分ほど創業の話や体調などを聞きました。

お礼を言い、帰るためのご挨拶をしたとき、突然おばあちゃんの取った行動は・・。

 

レジから、小銭を取り出し、私に渡してくれたのです。

意味が分からず、思わず「このお金は、何?」と聞き返す私。

おばあちゃんの言った言葉が、胸に響きました。

 

「このお金で、店の外の自販機でコーヒーを買ってくれる?」

「あんたが、そのコーヒーを飲む間だけ、もう少し話をしてくれないかなあ。」

あと少し店に滞在し、話し相手になってほしいとの意味だったのです。

 

89歳のおばあちゃんの大切な売り上げのお金をもらうわけにはいきません。

認知症でもなくしっかりしていても、その申し出をすんなり受け取るわけには・・。

固辞しながら見ると、おばあちゃんの顔は真剣そのもの。

 

根負けし、いただいた130円で自販機で缶コーヒーを購入。

再度 店に入りなおし、おばあちゃんの近況と想いを聞きました。

 

四代前に創業した食料品店。その店に嫁にきたとのこと。

その店を、元気なうちに閉めるわけにはいかないのだとのこと。

デーサービスに行くことも断り、店番をすることが自分の生き甲斐だとも。

 

別棟に同居する息子夫婦や孫。あかの他人の私だから話し易かったのでしょう。

奇しくも、おばあちゃんの手術をしたのが私の知人の医師だったことも。

共通の知人がいたことも、心を許す理由だったかもしれません。

 

     

 

市内には、法人が500社、個人が500社の事業所構成。

大手・中堅のスーパーに押されて壊滅状態の食料品店です。

私が訪問中も、この店にはお客はなし。わずかに郵便配達の人の訪問のみ。

 

「三世代 一緒に住む高齢者は少ない中で、幸せですね。」

「89歳にしては、顔の色つやがいいね」と勇気づけるのが精一杯でした。

 

私の母親は97歳。認知症ではないものの、脳内出血のため、近くの施設に入所中。

サッカー観戦と生花を見ることが唯一の楽しみです。

夕方 仕事帰りに施設に寄り、「ただいま」と声を掛けます。

「お帰り」と笑顔の母親。毎日の出来事を報告すると、うなずきながら聞いています。

 

     

 

「130円」のおばあちゃんに、自分の母親の姿が重なり、他人事とは思えませんでした。

しかし 自分にできることは、ほとんどありません。無力感です。

10~15年先、どんな自分になり、何を考えているのでしょうか。

 

画像      夕方     

        新見市の位置  平成の大合併で一市四町が合併し新しい新見市が誕生

        畑の雨除けの傘  10年以上前 母親が畑にさした「生存証明」の傘群

 

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「健康」と「不健康」の間

2020年01月15日 | 日常

今朝 久しぶりに血圧を測ってびっくり。

上の数値が130台前半、下がなんと90台。

下の数値が高すぎるのが気になります。

ここ2ヵ月間の「暴飲暴食」と「運動不足」のせいでしょう。

 

好きなものを「無制限」に食べてきた「つけ」が来ました。

味付けは「濃いめ」が好きで、薄味をできたら避けたい食生活。

残り少ない人生だから、「好きなものを自由に食べさせてくれ!」と言い放つ昨今。

 

秋から体重も4㌔増加。

農作業がひと段落の冬の今、労働の汗をかくこともなし。

そうかといって、ウォーキングやランニングは考えたこともありません。

 

仕事の終わる夕方、体が重く、けだるい感じがあることもしばしば。

しかし 朝起きるとその倦怠感が消えているのも事実。

人間ドックで指摘された肝臓の「フォアグラ化(脂肪肝)」が原因かも?

 

     

 

生命保険は掛けているものの、預貯金はなし。

厚生年金と企業年金、4勤3休の勤務の給料が全収入です。

(かみさんは、いまだに正社員で勤務中)

贅沢は出来ないまでも、何とか生活できているためか、危機意識もなし。

 

しかし かみさんの言葉に耳を傾ければなりません。

「私より、早く死なないでくれる?困るから・・」

心配してくれているのか、冗談なのか本気なのか?

農作業のこと、宅地や田畑や山林などの存在も知らないためなのか?

年齢から考えると、私が早く逝くのは当たり前なのに・・。

 

私に介護が必要になった場合の、入所希望の施設名はかみさんに告げてあります。

入所中の費用は、何とか年金で支払えることも確認済。

宅地内の古い建物の処理と農業の引継ぎ、墓地の移転も考慮中。

これが「終活」の始まりでしょう。

 

片方で「あなたは100歳以上必ず生きるはず、長生きの家系だから」

と矛盾の発言もするかみさん。勇気付けるためなのか?

 

確かに、小学校から高校まで忌引きを除いて皆勤、今まで入院経験なしの私。

予防注射はしたことがないのに、インフルエンザも近寄りません。

かみさんも寝込んだことも、入院経験もなし。夫婦とも今までは元気です。

 

     

 

今日近くのクリニックで、知人の医師に診てもらいます。

そして軽度高血圧と中性脂肪用の薬を調剤してもらう予定。

「暴飲暴食」「運動不足」の日常を過ごしながら、クリニックに行く自己矛盾。

週半ばの休みの日のスケジュールです。

 

「ぴんぴんころり」が目標です。その線に沿っていれば嬉しいのですが・・。

 

画像   勤務先の3Fから     雪のない霧の新見市内 

     血圧計          長い間使っています

     風呂           明るい昼間に入るのが好きです    

 

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「割子(わりご)そば」 at 「出雲」

2020年01月12日 | 食べ物、飲み物

昨日 かみさんと出雲に「そば」ドライブ。

急に「そば」が食べたくなりました、それも、近隣にはない「割子そば」が。

歳を重ねると「せっかち」になり、「食い気」優先の「急ぎ旅」です。

 

ネットで検索した時、気になる店名がありました。

その店は、以前は「うどん」の老舗だったはず?

40年以上前、私の担当エリアが、山陰でした。

広島に配属後、出張で島根・鳥取の問屋、販売店を定期訪問の日々。

昼食に立ち寄った店の名前が検索に登場したのです。

 

古民家を改造し、隣に「そば打ち体験」や見学もできる「そば製造工場」も併設。

入店の順番を待つ人たちが10組以上。

出雲大社を訪ねた「一見客」相手の観光化した店ではないかと一瞬後悔の念。

 

     

 

しかし 出てきた割子そばは、絶品。4枚いただきました。

そばよりラーメンを好むかみさんも、美味しいと絶賛。

「ざる」や「盛」でない「割子」が、味を「演出」したかも。

 

入店した時、目に入ったのが「下足箱」、期待を抱かせるアプローチの手法。

東京の人形町の親子丼専門店の、下足箱と高齢の下足番の人を思い出しました。

ディズニーランドも、目的のアトラクションにたどり着く前に期待感を抱かせる手法を。

回り道をさせ、徐々に暗くしていき、「非日常」の世界に誘導します。

 

     

 

今回 もう一つ どうしてもゲットしたかったのが、昆布で〆た「鯖鮨」。

米子の名物のため、出雲では空港しか販売してないとか。

空港では売り切れ、結局米子駅まで50分、直営店でようやく手に入れました。

 

我が 新見地方でも鯖鮨は、秋祭りに各家庭が作る郷土料理。

地元以外の人は、昔からの作り方の鯖の「尾頭付き」にギョッとします。

しかし 昆布で〆た鯖鮨の作り方はありません。

 

     

 

出雲大社には、当然参拝。

家内安全と独身の娘たちの縁結びを祈願。

近くの島根ワイナリー訪問も。定番のルートです。

 

私たち夫婦は「食べたいときに食べ、出かけたいときに出る」ことがモットー。

お金はなくとも、体が動くのは今しかありません。

「ゴールデンエイジを生き抜くこと」が私の目標です。

 

画像  出雲 斐川町    そば庄たまきの入り口の下足箱

    割子そば

    吾左衛門鮓 鯖   昆布で巻いた鯖鮨 2000円(税込み)

    出雲大社 参道

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出汁(だし)屋の即席「にゅうめん」

2020年01月08日 | 食べ物、飲み物

最後の晩餐は「うどん」ときめている私。

麺好きを知っている次女から「お父さん、『にゅうめん』って食べる?」の電話。

送られてきたのが、なんと即席「にゅうめん」。

 

数分で茹で上がる素麺を、わざわざインスタント仕様にした「にゅうめん」。

熱湯を注いで待つこと3分。これが素晴らしく美味しい。麺の量もたっぷり。

そのはず、「だし」の専門店が、贈答用に作った商品らしい。

 

我が家でも、この店の「だし」は日常的に購入。あらゆる料理に使います。

その店が、まさかこんな商品を出しているとは驚きました。

湿気を防ぐ袋入りで、昔風のロゴがレトロな感じの表装。

価格を調べて驚きました。一袋500円。素麺が何束も買える価格設定です。

 

こんな商品をどんな人たちが買うのだろうかと不思議です。

味に凝る人なら、自分で調理をするだろうし、即席めんに500円を払うのはセレブ?

しかし セレブは自分で熱湯を注ぐような即席ものは買わないだろうし・・。

 

     

 

1円でも安いガソリンを求めるかみさん。

そのガソリンで、300円のパンのみ購入で往復130㌔を走破する矛盾。

ネットで買ったエアコン・冷蔵庫・冬用タイヤ・大型家具などなど。数万円も得だとか。

コピー用CDは50枚まとめて1枚25円で送料無料で購入。量販店でもお手上げの価格設定。

 

反面、年に数回 飛行機でライブ目的で東京に出かけるかみさん。

2時間駆けて、隣の県の回転寿司で、中トロ・生エビ・炙りものをぱくつきます。

ケーキやお菓子用の食材・包装用資材は岡山・倉敷の業務専門店に。

ゼラチンは業務用を使うと、ゼリーの口当たりが違うのだとか。

 

節約志向(別名 ケチ)とこだわり(別名 浪費・散財)の性格が同居するかみさん。

多分 こんな人たちが、500円の即席にゅうめんを買うのかもしれません。

200グラム500円から3000円までのコーヒー豆を味わう私も他人のことは・・。

 

預金もなく、その日暮らしの、似たもの夫婦です。

残された時間を考えると、こんな生活もいいのかもしれません。

 

画像   茅乃舎のにゅうめん

     安価購入のCD50枚

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10年後に聴いている曲は?

2020年01月04日 | 音楽

元日に宅配で届いたのは、タイトル「青春の詩」の3枚組CD。

かみさんが契約している「定額レンタル」にリストアップしていたもの。

今から40年ほど前にヒットした「ニューミュージック」集です。

 

昔 大学の「ロックアウト」経験の学生時代に、聴いていたのはクラシックが大半。

音楽の総合企業に就職してから、聴き始めたニューミュージック。

フォークソングから政治性を排した新しいジャンルでした。

社会的メッセージのない「荒井由実」や「伊勢正三」などは、新鮮でした。

そして さだまさし・アリス・松山千春・陽水などなど。

 

最近 クラシックを聴く時間が減りました。

手元にあるレコードは、10年間 梱包を解いてないものも。

手軽に聴けるCDが、私の音楽手段になり、ジャンルも変わりました。

 

     

 

10年後 80歳を超えた自分が何を聴いているだろうか?

新しいジャンルや曲を求める意欲が無くなり、聴力のダウンが予想されます。

聴こえない高音を想像力で補うには、今まで聴いてきたものが一番。

 

昔 父親や祖父は、三波春夫・春日八郎・美空ひばりや浪花節が好きでした。

いわゆる「懐メロ」をラジオで、また叔父の組み立てた「電蓄」で数少ないSPを。

生活に追われ新しい曲を口ずさむ余裕も、音楽を楽しむ時間もない時代です。

 

    

 

昨日 帰省した三女とかみさんと倉敷に出かけ、夕食を。

その席で、アラサーの娘に父親の音楽観を話すと、なんと娘も同感だとか。

幼稚園時代に母親に聴かされた「米米CLUB」が思い出のメロディだとか。

若い世代にも、「懐メロ」はあるものだと、驚きました。

 

私と娘やかみさんとの大きな違いも発見。

歌詞の意味を考え、時に涙腺が緩む私。メロディだけではない私。

歌詞の意味を深く考えたこともない娘とかみさん。曲は総合イメージだとか。

さだまさし・小椋佳・谷村新司の歌詞には、推敲の跡を感じます。

 

かみさんの「強要?」するXJAPAN・B'z・福山雅治・嵐は、「新しい風」。

私にとって、文化の窓口「出島」かもしれません。

新しい曲を拒否するつもりはないものの、私に残された時間はわずかです。

 

     

 

倉敷への往復の車の中で聴く「青春の詩」は、娘やかみさんにも響いた様子。

「名曲だな。」との私の言葉に、素直にうなづく二人です。

音楽の素晴らしさを再認識した小ドライブ。ハッピーな夜でした。

 

画像   六文銭リハーサル  地元新見市の旧家でライブを主宰(新聞社の従弟が協力)

               10年前 フォークの神様 小室等さん が来てくれました。

               吉田拓郎や陽水の師匠的存在 フォーライフの初代社長。

               「出発の歌」 がヒット

 

     地元新聞      ライブを報道

     青春の詩      CDと内容の一部

     オーディオ     10年前 聴いていたアンプ他

              

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私が「坂の上」に見るものは?

2020年01月01日 | 本・雑誌

元旦の今朝、今シーズン初めて外気温がマイナス。

フロントの霜を溶かして、コンビニに新聞を求めて早朝の運転。

数紙の新聞の今年の展望を読むためです。

 

昨年末、喪中欠礼で年賀状を書かなかった40年ぶりの年。

年賀状を書きながら、1年を振り返り、併せて次年度を考えることがなかった年。

けじめのない年明けの印象です。

 

今年も地元の市役所の就職相談員として、勤務は続けるつもりです。

4月以降も、私の人件費の予算を組んでもらったため。

今年「年男」で前期高齢者の私にとってありがたい話です。

就職相談は私の「天職」。IJUターン者増加が目標です。

 

     

 

随分前、司馬遼太郎の「坂の上の雲」を正月に読んだ記憶が。

この本のことが気になりながら、なかなか読めなかった時代も。

冊数に圧倒され、明治という時代背景にも、少し「距離感」があったからです。

 

国を憂い、先進技術を身に付け、合理的に大国と戦ったヒーローたち。

片や精神論に終始し、多くの犠牲を顧みなかった指導者たち。

様々な人間像に夢中になりました。

 

日露戦争には勝利したものの、この戦争を境に、太平洋戦争まで暗い時代に。

この間に一時期 若干輝いた時代もあったのですが・・。

 

本を読まなくなって久しい私です。

晩年 ハウツーものより、小説に生き方を学んだ気がします。

 

     

 

民間の製造業を退職後、国家公務員・地方公務員を経験。

国は単機能で深掘りし、地方は総合サービス業としての幅広さを痛感。

共通するのは、相手を選べず、拒否もできないこと。

民間は、「利益」という御旗に適う選択ができること。

 

最近のこころがけは、「粗にして野だが卑ではない」ことが目標。

かつての国鉄総裁 石田禮助の名言です。

審判のいない唯一のスポーツであるゴルフの精神にも共通点が。

そのスタンスは「判断が難しいときは、自分に有利にしない」こと。

そして あるがままに打つこと。

 

弱い自分が、「卑しい言葉や態度」を取りそうになる時、この言葉を反芻。

高齢者になった時、より一層求められるものを感じます。

今が一番ハッピーな仕事人生だからでしょう。

 

     

 

昨年4月より、働き方改革で4勤3休。体力ダウンのカバーをするためです。

かみさんの「叱咤?」や娘・孫たちとの交流も支え。

「坂の上の雲」を目指して、ゆっくり前進したいものです。

 

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