元ベース弾きの田舎暮らしは

60歳で田舎にUターン、素人の「米と野菜」作り
音楽が縦軸の人生
就職相談・紹介が「天職」

私の「残日録」

2017年11月26日 | 日常
先日の夕方、突然 友人の医師が我が家を訪問。
お土産を一杯手に持って。
香川の名物「讃岐うどん」、「食べるいりこ」、チーズ菓子などなど。
先日送った私の作った新米「きぬむすめ」のお礼だとか。

彼は私の学生時代のオーケストラ仲間。
高校まで演奏してきたクラリネットからオーボエにコンバートされました。
大学の交響楽団の部員構成からやむを得ない楽器変更。
「リード」の異なる木管楽器変更は難しかったとのこと。
とは言えオケの花形の楽器演奏者です。

この友人が最近、死の一歩手前から生還したのです。
高速道路を運転中、胸に痛みを感じ、自ら病院に駆け込んだとのこと。
「あと30分遅かったら・・」と病院の医師から言われたらしい心筋梗塞。
「もう死ぬんだ」と意外に冷静で、思い出が頭を駆け巡ったようです。
退院後から医師としてのスタンスや勤務状況、人生感を少し変えたといいます。

「生涯現役だが、ストレスは極力減らす」
「自分にできる社会貢献を続けること」を決意したとか。

  

私も来年は70歳。
贅沢さえしなければ生きていける年金生活者。
でも市役所で、人口減少対策の活動をしています。
それは誰かの役に立ちたいため。自分が必要とされる間は働くこと。
そう決めているため、友人の生き方には共感します。

一昨日は、68歳で亡くなった親戚の葬儀。
誰よりも元気で、退職後も農業専従で野菜・米つくりをしていた男。
でも病魔に侵され、あっけない最後。やりたいことがいっぱいあったはず。
その無念さを考えると胸が痛みます。

昨日は集落の一斉清掃。軽トラ10杯以上の側溝の落ち葉をかき集めました。
5時間近い作業のため、足腰が痛みます。

私の好きな言葉。
藤沢周平の「残日録」の主人公の「三屋清左衛門」の心境表現。
「日残りて昏(く)るるに未だ遠し」
人生も終わりに近づいたが、まだ少し「明るい」間に何をするのか。

この歳になっても、まだまだ「迷い」ながらの田舎暮らしです。
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私の原点「イチョウの木」

2017年11月11日 | 住まい、場所
イチョウの葉が舞う秋本番。
少しの風でも葉がバラバラと散ります。

樹齢はわかりませんが、小さいころから見てきたイチョウの木。
このイチョウが在るため、故郷にUターンして帰った私。
母親の存在も、帰郷したもう一つの理由ですが・・・。

このイチョウを見ながら生涯を終わりたいと考えたことは事実。
寒くなるとともに、黄色が強くなります。
厳しい冬に向かう季節の最後の「鮮やかな色」。
物悲しい気がするのは、私の感傷。



春から市役所の臨時職員。
求人の依頼とUターン見込み者の発掘のため、企業回りを始めて六カ月。
昨日までに市内の350社を訪問しました。

もともと営業のため、経営者と話すのは苦ではありません。
むしろ多くの経営者の「経営哲学」や「人生観」に触れる喜びのほうが大きいかも。
ほとんどの経営者が、私より若い人たち。
もちろん二代目・三代目が多いから当たり前ですが。

過疎が急速に進み、最盛期の半分以下の人口になったふるさと。
そのため後継者不足に悩む経営者の多いこと。
息子・娘が跡を継がない会社、継がせるのは可哀そうと考える経営者も。
自分の時代で会社は終わりだと寂しそうに話す人も。

「Uターン見込み者は居ませんか?」と尋ねる私に、
「帰ったらどんないいことがあるの?」と逆質問されることもしばしば。
そんな時、自分自身の体験を話します。

「誰でもに、当てはまることではありませんが・・・」と前置き。
「実は今最高に幸せなんです。この年になって働くところがあり、週末は草刈りや
米つくり・野菜作りができるのですから」

「贅沢をしなければ生きていけるため、あとはリハビリのつもりの仕事と農業です。」
「健康で穏やかな生活が最高です。」と。

     

部屋からイチョウが散るのを眺め暮らす生活。
50年以上前に見た景色をもう一度見ることができるのは、ほとんど「奇跡」。
ただ 若い人には退屈な生活かもしれません。

今日は妹・姪・姪の子の3人が我が家に。
かみさん手作りの「芋羊羹」と裏庭の柿の田舎の「もてなし」です。

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