( 待ちに待った クリスマスの祝会 人数も増え ステージからはみ出す感じ )
諸人 こぞりて迎えまつれ、久しく待ちにし 主は来ませり 主はきませり !! と
賛美歌にあります。『主は来ませり』とは救い主が この地上にやって来られた ! ということです。
キリストは 小さな人々 弱い立場の人々 悩み 苦しみ 病の中にある人々に寄り添い 福音(良いニュース)を 告げられ
ました。そもそも馬小屋で生まれるなんて異常です。最初にお祝いにやってきたのも 羊飼いという当時では身分の低い人々でした。
痛ましい十字架の死で 日常を生きる私達の罪を負い 自ら死んで私達の罪を赦し 再び神様と私たちを和解に結び 神様と共に
生きる道を示されました。イエス様が3日後に復活されたように 私達も 永遠の命が約束されたのです。これが『新約』です。
『 いと高き所に 栄光が神にあるように 地の上に平和が 御心に か なう人々にあるように ルカ2:14 』
地球上に平和 そこに住む人々に平安がある世の中とは なんて素晴らしい世の中でしょう。私たちの願いです。
クリスマスイブ、 皆さんは どのように過ごされましたか ?
『 1年に1度は 家族で 教会へ! 』 というのが 私達の願いです。
救い主 イエス様の降誕を祝うクリスマス、 心を鎮めて 神様を賛美し
この1年の恵みを感謝する そんな静かな時を持ちたいと 私も願ってきました。
ヨーロッパでは 普段は忙しい家族も 一つに集まり、一人住まいの人々にも声をかけ 共に 救い主の誕生を祝う時を持つ・・・、
日本人が お正月に家族で集うのと 同じ習慣です。 ただ違うのは キリストの誕生を祝う祈りが 集まりの柱にあることで
しょうか? 日本でも大晦日に近くの寺へ鐘をつきに行き、明けてお正月には 神社へ家族揃って 1年の無事を願うよう
出かける・・、 信仰にたったしきたり(慣行)がありますね・・。
クリスマスはキリスト御降誕を祝う日です。日本では宗教色をなくすためか 『イエス様の居ないクリスマス』 が一般的です。
クリスマスにサンタクロースのプレゼントは習慣になっていますが 16世紀宗教改革を起こしたマルティン・ルターは偶像崇拝を
認めず クリスマスの始まりである聖ニコラウスの日も認めることも出来ませんが さすがに子供達の楽しみを奪うことも出来ず
クリスマス・イブにキリストの贈り物を天使に届けさせました。
天使も数百年経って 年老いたのか おじいさんがフード付きのコートを着て子供達にプレゼントを持ってくるようになりました。
国によってすこしづつ違った形をとって 現在のサンタクロースは19世紀アメリカで生まれました。太った髭のあるおじいさんが
トナカイのソリに乗って おもちゃの入った袋をかついで 屋根の上を飛び回り 暖炉の煙突から プレゼントを届けるようになり
ました。 今は暖炉の有る家も少なくなり 玄関先に置いたり クリスマスツリーのソバに置いたりします。
ともあれ 様々な課題に満ちたこの世で クリスマスという共通なテーマで 人々が集まり 楽しい時を持つことは素晴らしい
ことです。ドヴォルザークの『家路』に 『 今日のわざをなし終えて 心軽く安らえば 風は涼しこの夕べ いざや楽しき
まどいせん 』 という歌詞があります 』 まどうとは親しい人々 家族とか仲間が集まって楽しい語らいの時を持つという意味
でしょう。 どうぞ今夜のクリスマス 皆さん 楽しい時をお持ち下さい。
牧師からクリスマスメッセージ。 生け花は美子姉妹。
復活した 聖歌隊。
伝統の賛美フラ。皆さんとも和気あいあいで 踊りが進みます。
まさにまどい(円居)の時。 親しき人々と語らいの時。
祝会 久し振りぼエアロフォン演奏、 賛美フラの共演 !
エアロフォンを片手に 主にしゃべりで時間を稼ぎます。
夜はホテルで よさこいの楽宴! OMO7高知で ライブショウ !
人々の集まる所に美味しい食事有り ! 和洋中揃った さわち料理 !
高知といえば カツオのたたき。 藁を焚いて カツオの表面を焼いて塩で頂く塩たたき !
本物かと思いましたが どうやら木の彫刻 !?
クリスマスつりーも輝いて 救い主の誕生を祝っているようです。
お風呂には ゆずが浮かんで やわらかな香りが身近に感じます。
クリスマスのカレンダーも完成 ! 一番上に ダビデの星が輝く。
ようやく日本水仙を見ることが出来ました。 今年は2週間も開花がおそいのは 何故でしょうか ?