◎呉清源さんと世界紅卍字会
先月三〇日、棋士の呉清源〈ゴ・セイゲン〉さんが亡くなられた。一〇〇歳だったという。このことが報じられたのは、その翌日、すなわち一二月一日だったと記憶する。
それから一週間たった一二月八日(土)、高円寺の古書展で、『歴史読本』第五巻第七号(一九六〇年七月号)を手に取った。目次に、「道院と世界紅卍字会 囲碁九段 呉清源」とあったので購入。古書価一〇〇円(税込)。
呉清源さんは、敗戦後の一時期、元横綱の双葉山らとともに、「璽宇」〈ジウ〉という新興宗教の信者だった。そのことは昔から知っていたが、呉さんが「道院」という宗教あるいは世界紅卍字会という組織に関わっていたことは、初めて知った。
この記事を一読したあと、インターネットなどで調べてみると、世界紅卍字会というのは、道院という宗教団体に付属する慈善団体であり、世界紅卍字会自体は、宗教団体というわけでもないようだ(同会の設立趣旨、あるいはそのネーミングは、世界赤十字社を意識していたはずである)。ただし、呉清源さんは、記事の中で、世界紅卍字会を、「宗教啓蒙運動を行なう慈善団体」と規定している。
新興宗教「璽宇」は、戦中の一九四一年(昭和一六)に成立した。この成立には、世界紅卍字会の呉清源さんも関与していたという。この詳しい経緯、あるいは、世界紅卍字会と「璽宇」の関係などについては、まだ調べていない。ちなみに、新興宗教「大本」の出口王仁三郎〈オニサブロウ〉、黒龍会の内田良平、合気道の植芝盛兵〈ウエシバ・モリヘイ〉らも、世界紅卍字会の会員だったという(ウィキペディア「世界紅卍字会」)。
そのあたりのことは暫く措き、呉清源さんが半世紀以上前に書いた「道院と世界紅卍字会」という文章を紹介してみよう。
道院と世界紅卍字会 呉 清源
大正十二年〔一九二三〕関東大震災の時のことである。当時南京駐在領事をしていた林出〔賢次郎〕氏の許に、「世界紅卍字会」という慈善団体から約一千石の救援米がとどけられたことがあった。
話をよく聞いてみると、これは「道院」の乩示〈フウチ〉というもので日本の天災を救えというお告げによるものであったという。
林出氏は直ちに救援米を日本に送ると共に、この不思議な、しかも奇篤な贈主について疑問をもってたずねてみた。よく調べてみると、それには次のような事情が秘められていた。
山東省、浜県〈ヒンケン〉という町に一“尚真人”(唐の時代の人)を祭った祠〈ホコラ〉があった。今から四、五十年前、信仰心の厚い二人の役人が、この荒れ果てた祠を修理し、神壇を設けて神仙の降臨を祈っていると、或る日この“尚真人”を通じて、老祖(宇宙の創造神)の降臨があった。
老祖はいろいろと神託(教え)を授けたが、その通りことを運ぶと、みな好結果をもたらして、県政も大いに上るようになったのである。
やがて二人は職を辞して、この老祖の教えを一般民衆の中にひろめようと決心した。これがそもそも「道院」のはじめである。
後にだんだん信者が増して、一つの宗教啓蒙運動を行なう慈善団体として発達した。その活動団体を「世界紅卍字会」といっている。
戦時中は中国全土に二百カ所以上の支部があり、政・財界の一流人が各地の慈善救済運動で華々しく活躍した。また、終戦時の混乱期における彼らの活躍は、赤十字をしのぐものがあったようだ。現在は香港に本部を置き、台湾・マレー・シンガポール・タイなど、東南アジア一帯の広い範囲にわたって支部をもっている。【中略】
私は昭和十年〔一九三五〕当時、宗教というものについていろいろ考えるところがあって、たまたま天津を訪れた折、庸法(新聞社)の社長李氏から、道院について聞かされた。
以来各地の道院の支部をも訪ねて、実際にその乩示の奇蹟もみているが、現在は東京に壽備処(道院準備会・会長は大島豊氏)があり、そこに属している。
会員は宗教、民族、人種の差別はないが、老祖の教え(もちろん漢文体)を理解できる学識を持ち、慈善をほどこせるだけの財産を持っていなくてはならない。
壽備処では、乩示を受けるべき事柄(政治および私事に関することは許されない。主として慈善事業問題)を会員間で相談し、結論が出ると香港の本部に送る。神様に伺いをたてるわけだ。そこで例の乩示が行われてお伺いに対する解答がつけられて送り返される。
宇宙の創造神老祖は、四五十年前に、今のような世界の混乱を予想し、末世の時代の来ることを憂えて霊となって現われたわけである。
人々がみな正しい心を持ち、真理の大道がわかると争いも起らず、現代の危機も救われる。
世界紅卍字会の主旨は、各人が修業し自分の心を清めるとともに、マコトをもって慈善事業を行なうということにある。
関東大震災の時の救援米も、道院の精神を理解して、初めてうなづげる出来事であった。
老祖はこうした場合、人間の修業するための一つの対象となって現われるのである。
ゆえに「世界紅卍学会」の活動に関して、神霊現象のみに興味を注ぐのは誤りも甚だしいといわねばならない。 (囲碁九段)
*昨日のコラム「伊藤尚賢が関わった医学通俗書79冊」に対して、「尚賢の孫」様から、再びコメントをいただきました。ありがとうございました。コメントのご紹介は、数回のちに。