木綿街道の活動を始めてから
約15年が過ぎた
当初はイベント中心の活動で単発花火の様であり、そのイベントの成果の継続性や拡散性には問題があった
その中で、できるだけ早く重要伝統的建造物群指定を目指してきたが、ちょうど市町村合併の時期と重なり、平田市自体が出雲市に吸収されてしまった。我々の描いた青写真が色あせていった。市の合併はほとんど例がなかったそうだ
その後廃業の造り酒屋を利用した催しやカフェの開店等の継続的な取り組みが実り、行政も後押ししてくれたこともあり全国区になってきた。
ところが思わぬアクシデント。消防法の関係で酒屋という大きな活動拠点を失ってしまった
今では出雲大社を中心とした町造りにシフトされ、市民活動主体の町並み保全などは行政の目からは飛んでしまっている。
東京一極集中というが、出雲市も市内と大社という同じ現象が起こっている
しかし、メディアの取材は確実に増えてきているが、市民活動主体のソフトはかなりユニークな活動で注目され評価を受けているが、町並みが取材に耐えるハードなのかは不安がある。
春になると娘夫婦も新居に移る
再び夫婦二人の生活になるが、古民家をベースにした我が家独自の木綿街道振興の取り組みをしてみたいと思っている
何ができるのか考え中です
以前、谷村伸二さんが我が家に来られた時の写真です
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お茶のあと私が釣った鮎寿司を一緒に食べました
約15年が過ぎた
当初はイベント中心の活動で単発花火の様であり、そのイベントの成果の継続性や拡散性には問題があった
その中で、できるだけ早く重要伝統的建造物群指定を目指してきたが、ちょうど市町村合併の時期と重なり、平田市自体が出雲市に吸収されてしまった。我々の描いた青写真が色あせていった。市の合併はほとんど例がなかったそうだ
その後廃業の造り酒屋を利用した催しやカフェの開店等の継続的な取り組みが実り、行政も後押ししてくれたこともあり全国区になってきた。
ところが思わぬアクシデント。消防法の関係で酒屋という大きな活動拠点を失ってしまった
今では出雲大社を中心とした町造りにシフトされ、市民活動主体の町並み保全などは行政の目からは飛んでしまっている。
東京一極集中というが、出雲市も市内と大社という同じ現象が起こっている
しかし、メディアの取材は確実に増えてきているが、市民活動主体のソフトはかなりユニークな活動で注目され評価を受けているが、町並みが取材に耐えるハードなのかは不安がある。
春になると娘夫婦も新居に移る
再び夫婦二人の生活になるが、古民家をベースにした我が家独自の木綿街道振興の取り組みをしてみたいと思っている
何ができるのか考え中です
以前、谷村伸二さんが我が家に来られた時の写真です
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お茶のあと私が釣った鮎寿司を一緒に食べました