勉強ができるようになることを考えるには、反対に
「こうすれば勉強ができなくなる」
または
「こうすると勉強ができるようにはならない」
ことをよく認識して、くれぐれもそういうことに陥らないようにすることも大切です。
そういうことを考えるのはネガティブなことのようにも感じますが、そうではありません。
敵を知らなければ戦いを有利に進めることができないのは古今東西人間が勝ち抜いて生きていくための基本です。
では、何をすれば勉強ができなくなるか、またはできるようにならないか、について、これまで見聞きしたり、自分自身が経験してきたことを基に書いてみます。
まず、保護者。
■子供の甘やかし
子供がいうことの多くは無j責任なもので、そこには「こうあるべき」などの確固たるものは多くありません。それを保護者が全部鵜呑みにして物事が正しい方向に進むはずもありません。
■方針がコロコロ変わるが、そうであることを当の本人は認識できない。
たまに、それまであちらこちらの塾を経験してきたが、どこもうまくいかなかったなどといって来られる方がいますが、その行動パターン自体が問題だということを理解するのも重要だと思うのですが。
■待てないこと
インスタント食品ではあるまいし、ちょこっと教えたくらいで瞬く間にに子供の頭が冴えてくるななんてことがあるわけないですよね。
■無関心
子供の様子、宿題の完遂状況などに全く興味を持たない場合、かなり高い率で子供の出来はよくありません。
■無知
ここでいう無知とは、成績が出される際の基準や、入試状況の実際や変化などを保護者自身知ろうとせず、子供にただ勉強しろというだけでどうにかなると思うこと、を指します。
次に、子供。
■嘘をつく
子供は大抵嘘をつくものです。「提出物?もうやったし」などと軽くいなして一度でも保護者がそれを信じたら、当然味をしめて何度でも同じ嘘を吐きます。
■言い訳ぐせ
他のどうでもよい理由をこじつけて「今やるべきこと」を常に先送りする子供のそもそもの出発点は、この言い訳グセの中に潜んでいます。
■時間にルーズ
これは計画性の無さにも通じます。これがなければ小中学校の9年間の長丁場を安定飛行することは不可能です。
■病的な要因
いわゆる学習障害などは、今でも定まった定義はないのだそうですが、常時落ち着きのなさ、極端な暗記能力の欠如などの現象は、素直にそれを認めて医師の診断を仰ぐなどの適切な行動を早めに取ることが後にとっても有効かと思います。
お気づきかもしれませんが、ここでは「具体的な勉強のワザ」はないですね。
あるのは、専ら周囲の行動、環境面のこと、子供自身の行動全般に関することであって、言い換えれば勉強するということはそういう大枠の中の一つでしかありません。
でも、これらが正しい姿、あるべき状態を維持していくなかで勉強していかれれば、個人差はありますが、誰でもその子に応じた伸び方はしていくものだと、これは自信を持って言い切れます。
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