安倍政権退陣のニュースは多くの海外メディアも競って取り上げました。余りにも無責任な退陣の仕方も含め、今までが今までだったので、メディア論調の中には辛辣な批評も少なくはありませんでした。その中で私が一際目を引いたのが、中国政府筋による意外なまでの安倍政権に肯定的な評価です。私たちの目から見たら安倍も麻生もゴリゴリの靖国派・改憲派なのですが、中国にとってはまた違うようです。麻生に対しては露骨に警戒心を示す中国が、こと安倍首相に対しては、「右翼政治家」というよりは寧ろ「小泉時代の冷え切った日中関係を立て直した功労者」として見ている様なのです。
安倍政権が成立後にまずやった事は、中国・韓国訪問による両国との関係正常化でした。だから、「安倍政権は、実は言われているほど『右翼的』な政権ではなく、意外と『親中国・韓国・北朝鮮』なのだ」とか、「『戦後レジームからの脱却』というのは、あくまでもグローバルなレベルでの海外派兵・対米追従志向を指すのであって、ことアジア地域に限っては中国・北朝鮮などの『特定アジア』とも適度に『対話と圧力を使い分けて行こう』としている」という見方も、実は少なからずあります。
では実際はどうなのか。私も含めてボロクソに貶しまくった安倍政権ですが、本当に「それほど右翼的な政権ではなかった」のかどうか。この事については、左右からそれぞれ特徴的な意見が出されています。
まず右の方からの一例として、下記の荒木和博ブログの見解を示しておきます。これは特定失踪者調査会代表の荒木氏のブログですが、そこで述べられているのは「安倍政権は、確かに拉致問題への取組みを売りにしてきたが、それは決して『拉致を隠蔽してきた構造』との闘いの中で揉まれてきたものではない、表向きの売りとは裏腹に、その構造にうまく乗る中で誕生してきたのだ」「だから最後に『拉致を隠蔽してきた構造』に足元を掬われたのだ」というものです。
この『拉致を隠蔽してきた構造』には様々なものが含まれているようです。「戦後レジーム」もそれに含まれるでしょう。「憲法9条が愛国心のない国民を生み北朝鮮の拉致を許してきたのだ」という理屈です。その中では小泉構造改革や格差社会への批判も見られますが、それは「弱肉強食の新自由主義やワーキングプアへの搾取に対する怒り」というよりは寧ろ「古き良き日本をぶっ壊した者への怒り」という形で示されている様な気がします。
これはこれで面白い見方だと思いますが、私はこの見解には組しません。寧ろその次のブログ「きまぐれな日々」の見解を基本的に支持します。これは、「政治右派の安倍・靖国派は、最後には日本を実質的に支配している経済右派の財界・新自由主義派に飲み込まれたのだ」とする見解です。
戦後日本の、取り分け80年代以降の日本の保守政治には、大きく分けて二つの流れがあります。一つは、右翼・国家主義的・復古主義的な流れ。今の平和憲法を変えて「戦争の出来る国」にしようという、新保守主義(ネオコン)に近い流れです。もう一つは、アンチ福祉国家で市場万能・弱肉強食・競争至上主義の新自由主義(ネオリベ)の流れです。かつてはこの他に第三の、福祉国家や軍縮を志向する流れも少数ながらありましたが(石橋湛山・宇都宮徳馬・三木武夫など)、残念ながらこの流れは、保守派の中では遂に日の目を見る事はありませんでした。
後者ネオリベの「民営化・自由化」推進の流れと、前者ネオコンの国家統制を強める流れとは、一見すると互いに対立するように見えます(実際に対立を演出したりもします)が、根本的な所ではネオコン・ネオリベの両者は同じ立場に立ち、相互に補完し合っています。それは、ネオリベの言う「自由」とか「規制緩和」というのが、誰にとっての物であるかを考えれば直ぐに分ります。それはあくまでも一握りの大資本家や国際資本にとっての「自由」でしかありません。それ以外の中産階級やもっと下のワーキングプアからの自由・人権の要求に対しては、ネオコンが説く愛国心や奴隷道徳の力を借りて、それを抑え込もうとするのです。
ただ、大資本・国際資本・ネオリベの考え方はあくまで「カネ儲けが全て」なので、儲けの為にはどこの国や勢力とも取引をします。基本はあくまで米国とですが、それだけでなく中国・北朝鮮・その他の国とも取引をします。そういう中においては時として、ネオコンや靖国派の余りにも復古的で時代錯誤な路線が自分たちの商売の邪魔になる場合も出てきます。今回の安倍政権崩壊も、自業自得とも言える自身の度重なる失策や選挙での惨敗で力の弱まったネオコン・靖国派に対し、米国・国際資本・ネオリベが仕掛けた内ゲバ・クーデターであるというのが、この見方です。
この「経済右派に対する政治右派の敗北」という捉え方の方が基本的には正しいと思いますが、但しその中の、「より警戒すべきなのは政治右派であって、それと比べれば、どちらを取るかと迫られたらまだ経済右派の方がマシ」というくだりについては、私はちょっと賛成しかねます。
確かに言いたい事も分らないではありません。なるほど「ルペンとシラク、石原と浅野、戦前日本と今の米国の、それぞれどちらを選ぶ?」と言われたら(どちらも嫌、もっと別の道があるという正論はここでは一旦度外視する)、私もしぶしぶ後者の方を選ぶかも知れません。しかし、それはあくまで個々の選択肢の内容によります。「日本独自の核武装か日米軍事一体化か、どちらの軍事国家・監視社会を選ぶか?」「ギロチンか電気椅子か、どちらの処刑を望むか?」なんて問いに対しては、「どちらかを選ぶ」なんて事などは出来ません。そんなもの「どちらも嫌」に決まっています。
今のポスト安倍の自民党総裁選レースにしてもそうです。小泉・ネオリベ派の福田か、安倍・靖国・ネオコン派の麻生か、そのどちらを選ぶと言われてもねえ。単純に「しぶしぶ福田を選ぶ」とか「福田の方がまだマシ」とかいう理屈にはなりません。消費税の問題一つ見ても、両者の立場は共に「増税止む無し」で、同じ穴のムジナなのですから。逆に麻生が首相になっても、参院選で示された民意を悉く踏みにじって一瀉千里に改憲へまっしぐらといくら当人が思っても、そう簡単に問屋が卸さないのは福田の場合と同じで、それならば突っ込み所の多い麻生の方が寧ろやり易いとも言える訳で。
それで「政治右派vs経済右派」の話に再び戻します。「安倍政権は実は親中国・北朝鮮だったのか?」という最初の問いですが、これは「何を以って親中国(北朝鮮)とするのか」という事が一番肝心なのであって、それ抜きにして抽象的に「親か反か」を議論しても全く意味が無いでしょう。経済右派も政治右派も、本音では中国・北朝鮮の低賃金・無権利労働者は喉から手が出るほど欲しいのです。環境規制も、今と同じ緩々の方が良いのです。その方が自分たち国際資本・財界が彼の地にも進出して勝手放題出来るし、ODAや地球温暖化ガス排出権取引に見られる如く、それを商売や利権山分けの具にしたり出来ますから。それで裏でツーツーの取引をしながら、表向きは相手はあくまでも「人権蹂躙の社会主義国」「悪の枢軸」として、自国民を国内の人権蹂躙から目を逸らせ排外主義を煽り盲目的な政府支持に回らせる事の出来る、そういう存在でなければならない。それは政治右派も経済右派も基本的には同じです。
つまり、小泉・福田=経済右派・ネオリベも安倍・麻生=政治右派・ネオコン・靖国派も、「中国・北朝鮮の低賃金・無権利労働者は喉から手が出るほど欲しい」場合には「親中国・北朝鮮」であり、「自国民を国内の人権蹂躙から目を逸らせ排外主義を煽り政府支持に回らせる」必要がある場合には「反中国・北朝鮮」と、TPOによって立場を使い分けているだけなのです。
そうであるならば、それに対する政治左派(反ネオコン、平和・民主主義志向)・経済左派(反ネオリベ、人間尊重・生存権重視)の本来的立場は明快です。例えばこの強制労働紛いの事例に見られるような中国・北朝鮮の人権蹂躙には、平和・人権や社会主義本来の立場からもっと抗議の声をあげつつ、同時に政府・財界の排外主義扇動や搾取合理化の企てをも許さないようにする事。これに尽きます。この見地が、今まではまだまだ言葉倒れで終わり甚だ不十分だった事は否めませんでした。
しかし、それはまた同時に右派にも跳ね返ってくる言葉でもあります。右派が本心から中国・北朝鮮の人権状況を憂いているのであれば、日本国内での年金問題、政治とカネ、格差社会に対する人間としての当然の怒りに対してまで「おカネ三点セット」として貶めて恥じないような醜い立場には、少なくとも立つべきではないでしょう。北九州市の生活保護遺棄餓死事件やグッドウィルのデータ装備費ピンハネ問題などへの怒りを、単なる我執・欲得話としてしか見れないネットウヨクの戯言など、誰が聞く耳を持ちますか。
(参考記事)
・「甘やかされた子供」=仏ラジオ局-安倍首相辞任で(時事通信)
http://news.goo.ne.jp/article/jiji/world/jiji-12X916.html
・安倍政権1年、ひどい1年は辞任で幕(フィナンシャル・タイムズ)
http://news.goo.ne.jp/article/ft/politics/ft-20070913-01.html
・海外メディア+韓国メディアがみるアベシ辞任。(メディアは流石だなぁ、と思っています。今!)(晴天とら日和)
http://blog.livedoor.jp/hanatora53bann/archives/51054583.html
・安倍退陣を巡る中国マスコミの論調(NNAより)
関係改善を評価、外交部報道官
http://nna.asia.ne.jp/free/tokuhou/070912_tyo/07/0912h.html
関係改善は評価、「次は麻生」
http://nna.asia.ne.jp/free/tokuhou/070912_tyo/07/0914a.html
・日本の姿勢は「建設的」 北朝鮮の宋日昊大使が会見(共同通信)
http://www.47news.jp/CN/200709/CN2007090801000611.html
・安倍総理の辞任表明について(荒木和博BLOG)
http://araki.way-nifty.com/araki/2007/09/post_f21c.html
・「経済右派」が「政治右派」の安倍晋三を征圧した(きまぐれな日々)
http://caprice.blog63.fc2.com/blog-entry-446.html#comment2057
・自民総裁選:消費税率引き上げは検討課題 共同会見(毎日新聞)
http://www.mainichi-msn.co.jp/today/news/20070916k0000m010079000c.html
・北、モンゴルに労働力 外貨狙い1000人規模も(産経新聞)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070910-00000900-san-int
・安倍辞任に思ふ(福田 逸の備忘録―独断と偏見)
http://dokuhen.exblog.jp/m2007-09-01/
(拙ブログの過去の関連記事から)
・安倍政権異聞
http://blog.goo.ne.jp/afghan_iraq_nk/e/e09e1b859a242847ca7e0a060fa4cb7d
・安倍と御手洗が説く愛国心の反人民的本質
http://blog.goo.ne.jp/afghan_iraq_nk/e/29ff0419eee71cf4ed589d052b293b47
・酷い言い草
http://blog.goo.ne.jp/afghan_iraq_nk/e/843f1180b662b2e3f735149640922bef
・北朝鮮問題にどう向き合うか―私なりの結論
http://blog.goo.ne.jp/afghan_iraq_nk/e/728fd979e94b77924f2727909ff6bfc4
・空気が読めず自分の身に即して考える事の出来ない人たち
http://blog.goo.ne.jp/afghan_iraq_nk/e/1241212f1f136e43a7f5b3816ab6fa7a
安倍政権が成立後にまずやった事は、中国・韓国訪問による両国との関係正常化でした。だから、「安倍政権は、実は言われているほど『右翼的』な政権ではなく、意外と『親中国・韓国・北朝鮮』なのだ」とか、「『戦後レジームからの脱却』というのは、あくまでもグローバルなレベルでの海外派兵・対米追従志向を指すのであって、ことアジア地域に限っては中国・北朝鮮などの『特定アジア』とも適度に『対話と圧力を使い分けて行こう』としている」という見方も、実は少なからずあります。
では実際はどうなのか。私も含めてボロクソに貶しまくった安倍政権ですが、本当に「それほど右翼的な政権ではなかった」のかどうか。この事については、左右からそれぞれ特徴的な意見が出されています。
まず右の方からの一例として、下記の荒木和博ブログの見解を示しておきます。これは特定失踪者調査会代表の荒木氏のブログですが、そこで述べられているのは「安倍政権は、確かに拉致問題への取組みを売りにしてきたが、それは決して『拉致を隠蔽してきた構造』との闘いの中で揉まれてきたものではない、表向きの売りとは裏腹に、その構造にうまく乗る中で誕生してきたのだ」「だから最後に『拉致を隠蔽してきた構造』に足元を掬われたのだ」というものです。
この『拉致を隠蔽してきた構造』には様々なものが含まれているようです。「戦後レジーム」もそれに含まれるでしょう。「憲法9条が愛国心のない国民を生み北朝鮮の拉致を許してきたのだ」という理屈です。その中では小泉構造改革や格差社会への批判も見られますが、それは「弱肉強食の新自由主義やワーキングプアへの搾取に対する怒り」というよりは寧ろ「古き良き日本をぶっ壊した者への怒り」という形で示されている様な気がします。
これはこれで面白い見方だと思いますが、私はこの見解には組しません。寧ろその次のブログ「きまぐれな日々」の見解を基本的に支持します。これは、「政治右派の安倍・靖国派は、最後には日本を実質的に支配している経済右派の財界・新自由主義派に飲み込まれたのだ」とする見解です。
戦後日本の、取り分け80年代以降の日本の保守政治には、大きく分けて二つの流れがあります。一つは、右翼・国家主義的・復古主義的な流れ。今の平和憲法を変えて「戦争の出来る国」にしようという、新保守主義(ネオコン)に近い流れです。もう一つは、アンチ福祉国家で市場万能・弱肉強食・競争至上主義の新自由主義(ネオリベ)の流れです。かつてはこの他に第三の、福祉国家や軍縮を志向する流れも少数ながらありましたが(石橋湛山・宇都宮徳馬・三木武夫など)、残念ながらこの流れは、保守派の中では遂に日の目を見る事はありませんでした。
後者ネオリベの「民営化・自由化」推進の流れと、前者ネオコンの国家統制を強める流れとは、一見すると互いに対立するように見えます(実際に対立を演出したりもします)が、根本的な所ではネオコン・ネオリベの両者は同じ立場に立ち、相互に補完し合っています。それは、ネオリベの言う「自由」とか「規制緩和」というのが、誰にとっての物であるかを考えれば直ぐに分ります。それはあくまでも一握りの大資本家や国際資本にとっての「自由」でしかありません。それ以外の中産階級やもっと下のワーキングプアからの自由・人権の要求に対しては、ネオコンが説く愛国心や奴隷道徳の力を借りて、それを抑え込もうとするのです。
ただ、大資本・国際資本・ネオリベの考え方はあくまで「カネ儲けが全て」なので、儲けの為にはどこの国や勢力とも取引をします。基本はあくまで米国とですが、それだけでなく中国・北朝鮮・その他の国とも取引をします。そういう中においては時として、ネオコンや靖国派の余りにも復古的で時代錯誤な路線が自分たちの商売の邪魔になる場合も出てきます。今回の安倍政権崩壊も、自業自得とも言える自身の度重なる失策や選挙での惨敗で力の弱まったネオコン・靖国派に対し、米国・国際資本・ネオリベが仕掛けた内ゲバ・クーデターであるというのが、この見方です。
この「経済右派に対する政治右派の敗北」という捉え方の方が基本的には正しいと思いますが、但しその中の、「より警戒すべきなのは政治右派であって、それと比べれば、どちらを取るかと迫られたらまだ経済右派の方がマシ」というくだりについては、私はちょっと賛成しかねます。
確かに言いたい事も分らないではありません。なるほど「ルペンとシラク、石原と浅野、戦前日本と今の米国の、それぞれどちらを選ぶ?」と言われたら(どちらも嫌、もっと別の道があるという正論はここでは一旦度外視する)、私もしぶしぶ後者の方を選ぶかも知れません。しかし、それはあくまで個々の選択肢の内容によります。「日本独自の核武装か日米軍事一体化か、どちらの軍事国家・監視社会を選ぶか?」「ギロチンか電気椅子か、どちらの処刑を望むか?」なんて問いに対しては、「どちらかを選ぶ」なんて事などは出来ません。そんなもの「どちらも嫌」に決まっています。
今のポスト安倍の自民党総裁選レースにしてもそうです。小泉・ネオリベ派の福田か、安倍・靖国・ネオコン派の麻生か、そのどちらを選ぶと言われてもねえ。単純に「しぶしぶ福田を選ぶ」とか「福田の方がまだマシ」とかいう理屈にはなりません。消費税の問題一つ見ても、両者の立場は共に「増税止む無し」で、同じ穴のムジナなのですから。逆に麻生が首相になっても、参院選で示された民意を悉く踏みにじって一瀉千里に改憲へまっしぐらといくら当人が思っても、そう簡単に問屋が卸さないのは福田の場合と同じで、それならば突っ込み所の多い麻生の方が寧ろやり易いとも言える訳で。
それで「政治右派vs経済右派」の話に再び戻します。「安倍政権は実は親中国・北朝鮮だったのか?」という最初の問いですが、これは「何を以って親中国(北朝鮮)とするのか」という事が一番肝心なのであって、それ抜きにして抽象的に「親か反か」を議論しても全く意味が無いでしょう。経済右派も政治右派も、本音では中国・北朝鮮の低賃金・無権利労働者は喉から手が出るほど欲しいのです。環境規制も、今と同じ緩々の方が良いのです。その方が自分たち国際資本・財界が彼の地にも進出して勝手放題出来るし、ODAや地球温暖化ガス排出権取引に見られる如く、それを商売や利権山分けの具にしたり出来ますから。それで裏でツーツーの取引をしながら、表向きは相手はあくまでも「人権蹂躙の社会主義国」「悪の枢軸」として、自国民を国内の人権蹂躙から目を逸らせ排外主義を煽り盲目的な政府支持に回らせる事の出来る、そういう存在でなければならない。それは政治右派も経済右派も基本的には同じです。
つまり、小泉・福田=経済右派・ネオリベも安倍・麻生=政治右派・ネオコン・靖国派も、「中国・北朝鮮の低賃金・無権利労働者は喉から手が出るほど欲しい」場合には「親中国・北朝鮮」であり、「自国民を国内の人権蹂躙から目を逸らせ排外主義を煽り政府支持に回らせる」必要がある場合には「反中国・北朝鮮」と、TPOによって立場を使い分けているだけなのです。
そうであるならば、それに対する政治左派(反ネオコン、平和・民主主義志向)・経済左派(反ネオリベ、人間尊重・生存権重視)の本来的立場は明快です。例えばこの強制労働紛いの事例に見られるような中国・北朝鮮の人権蹂躙には、平和・人権や社会主義本来の立場からもっと抗議の声をあげつつ、同時に政府・財界の排外主義扇動や搾取合理化の企てをも許さないようにする事。これに尽きます。この見地が、今まではまだまだ言葉倒れで終わり甚だ不十分だった事は否めませんでした。
しかし、それはまた同時に右派にも跳ね返ってくる言葉でもあります。右派が本心から中国・北朝鮮の人権状況を憂いているのであれば、日本国内での年金問題、政治とカネ、格差社会に対する人間としての当然の怒りに対してまで「おカネ三点セット」として貶めて恥じないような醜い立場には、少なくとも立つべきではないでしょう。北九州市の生活保護遺棄餓死事件やグッドウィルのデータ装備費ピンハネ問題などへの怒りを、単なる我執・欲得話としてしか見れないネットウヨクの戯言など、誰が聞く耳を持ちますか。
(参考記事)
・「甘やかされた子供」=仏ラジオ局-安倍首相辞任で(時事通信)
http://news.goo.ne.jp/article/jiji/world/jiji-12X916.html
・安倍政権1年、ひどい1年は辞任で幕(フィナンシャル・タイムズ)
http://news.goo.ne.jp/article/ft/politics/ft-20070913-01.html
・海外メディア+韓国メディアがみるアベシ辞任。(メディアは流石だなぁ、と思っています。今!)(晴天とら日和)
http://blog.livedoor.jp/hanatora53bann/archives/51054583.html
・安倍退陣を巡る中国マスコミの論調(NNAより)
関係改善を評価、外交部報道官
http://nna.asia.ne.jp/free/tokuhou/070912_tyo/07/0912h.html
関係改善は評価、「次は麻生」
http://nna.asia.ne.jp/free/tokuhou/070912_tyo/07/0914a.html
・日本の姿勢は「建設的」 北朝鮮の宋日昊大使が会見(共同通信)
http://www.47news.jp/CN/200709/CN2007090801000611.html
・安倍総理の辞任表明について(荒木和博BLOG)
http://araki.way-nifty.com/araki/2007/09/post_f21c.html
・「経済右派」が「政治右派」の安倍晋三を征圧した(きまぐれな日々)
http://caprice.blog63.fc2.com/blog-entry-446.html#comment2057
・自民総裁選:消費税率引き上げは検討課題 共同会見(毎日新聞)
http://www.mainichi-msn.co.jp/today/news/20070916k0000m010079000c.html
・北、モンゴルに労働力 外貨狙い1000人規模も(産経新聞)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070910-00000900-san-int
・安倍辞任に思ふ(福田 逸の備忘録―独断と偏見)
http://dokuhen.exblog.jp/m2007-09-01/
(拙ブログの過去の関連記事から)
・安倍政権異聞
http://blog.goo.ne.jp/afghan_iraq_nk/e/e09e1b859a242847ca7e0a060fa4cb7d
・安倍と御手洗が説く愛国心の反人民的本質
http://blog.goo.ne.jp/afghan_iraq_nk/e/29ff0419eee71cf4ed589d052b293b47
・酷い言い草
http://blog.goo.ne.jp/afghan_iraq_nk/e/843f1180b662b2e3f735149640922bef
・北朝鮮問題にどう向き合うか―私なりの結論
http://blog.goo.ne.jp/afghan_iraq_nk/e/728fd979e94b77924f2727909ff6bfc4
・空気が読めず自分の身に即して考える事の出来ない人たち
http://blog.goo.ne.jp/afghan_iraq_nk/e/1241212f1f136e43a7f5b3816ab6fa7a