この間、書かなければならないと思いつつも、なかなか書けなかった沖縄その他の米軍基地の問題について。最初は「最低でも県外、出来れば国外」と言っていた鳩山首相が、やっぱり最後は「辺野古に移設するしか無い」と、かつての自民党政府と同じ事を公然と言い出しました。そして、わざわざ徳之島や沖縄にまで出かけていって、一握りの基地利権派を前面に押し立てて、アリバイ作りに狂奔しています。
それをまた、ここぞとばかりに、自民・米国べったりの「財界準機関紙」産経新聞が、「不偏不党」の仮面もかなぐり捨てて、ネトウヨ・勝共連合・幸福実現党レベルの記事で、鳩山首相をこき下ろしています。普天間問題が、単に鳩山民主党の変節だけに止まらず、それ以前の自民党政治による結果だという事には、一切頬かむりしながら(下記参照)。
・【揺らぐ沖縄】児童の安全より反対運動優先か 基地隣接の小学校移転(産経新聞)
http://sankei.jp.msn.com/politics/policy/100109/plc1001092327012-n1.htm
・米紙「オバマ政権の勝利」 首相の辺野古移設表明(同)
http://sankei.jp.msn.com/world/america/100524/amr1005241831002-n1.htm
・自分で作った“辺野古反対”の世論 踊る首相に嘲笑(同)
http://sankei.jp.msn.com/politics/policy/100523/plc1005232040016-n1.htm
・【普天間問題】社民党に深まる溝 連立残留目指す党執行部 福島氏は日々暴走(同)
http://sankei.jp.msn.com/politics/situation/100527/stt1005270134002-n1.htm
もう「アホか」と言いたいですね。
仮に産経が言うように、読谷村の県民集会が9万人ではなく実際は1万人規模で(それでも県民の1%、東京では10万人規模となる凄い数だが)、一部左翼過激派による本土からの動員組が中心だった(公共交通機関が殆どバスだけの沖縄では、同じ本島からの移動だけでも大変なのだが)としよう。では、何でそんな集会に、保守系知事や県内全市町村の首長・行政関係者もこぞって参加し、県議会が何度も全会一致で基地撤去の抗議決議を挙げてまで入れ込むのか。実際に集会参加者の表情や、青年団や婦人会の名前も多数混じった手書きのプラカードを見れば、それがお仕着せの官製集会ではない事なぞ、直ぐに分かるのだが。
実際は、普天間基地(ひいては在日米軍そのもの)が、―
(1)「北朝鮮・中国から日本を守る」為ではなく、アフガン・イラクでも何処へでも、米国が好き勝手に乗り込む為の「殴り込み」部隊でしか無い。だから米国にとっては、別に駐留先が沖縄であろうと徳之島・グアム・テニアンであろうと、大した違いはない。それでも米軍基地が沖縄に居座り続けているのは、偏に「思いやり予算」や治外法権で至れり尽くせりの日本は、居心地が良いからにしか過ぎない。
(2)沖縄には基地犯罪しかもたらさず、経済的にも「足かせ」でしか無かった。それは、国による「アメとムチ」の基地振興策が、結局は地元自治体を更なる補助金漬けに追い込んだだけで、企業誘致や雇用確保も基地撤去によってしか実現出来ない事が、名護市の失業率推移や北谷町・那覇新都心における再開発事例によっても、具体的に裏付けられた。
(3)歴代自民党政府は、その矛盾を沖縄だけに押し付ける事で、日本本土の沖縄に対する差別を温存してきた。それは、日本の現実政治や日本人の政治意識にも、計り知れない悪影響を与えてきた。
(4)しかも、それは単に沖縄だけの問題ではない。岩国や厚木の問題でもあり、ひいては日本人全体の問題でもある。
―と、軍事的にも経済的にも政治的にも破綻した存在でしか無く、従って基地の県内「移設=たらい回し」ではなく「無条件撤去」でしか解消し得ない事や、それに逆らう産経記事は悪質なデマ以外の何物でもない事は、下記の記事や、上記の4月25日読谷村での県民集会の様子を報じた琉球新報号外を読めば、たちどころにはっきりするのだが。
●「最低でも県外」要求 「抑止力信仰」に異議 普天間緊急フォーラム・詳報(琉球新報)
>沖縄の海兵隊は、海外で紛争や暴動、天災があった際に在留米国人を避難させるためにいる部隊だ。数日間、飛行場や港を占領して、そこへ米国人を連れてきて輸送機で連れて逃げる。沖縄や日本を守るためにいるのではない。
80、90年代にかけて、米国が(経済的に)日本に追い越されて反日感情が強かったころ、米議会では日本に海兵隊を置いて日本を守る意味があるのか、という質問がよく出た。そのたびに国防当局者は「日本を守っているのではない。西太平洋、インド洋全域に派遣するために沖縄に待機させている」と正確な答弁をしていた。海兵隊内からも堂々と沖縄撤退論があった。
http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-160873-storytopic-3.html
●自衛隊幹部が激白―「沖縄・海兵隊に抑止力なし。沖縄に止まる必要性はまったくない!」(アクセス・ジャーナル:追記資料)
>「米国が海兵隊を沖縄においている理由は3つ。一つは、わが国が米国と交戦状態になった時、その政権を制圧させるためです。(中略)有事の際、沖縄の海兵隊がわが国を守ってくれるなど夢物語。それどころか、海兵隊がわが国にいる理由の一つは、わが国が逆らわないように抑えとしてあるのです。第2は有事になった際、在日アメリカ人を保護するためです。日本人を守るためではむろんありません。そして3つ目は確かにいち早く地上戦の現場に上陸するためです。しかし、これは抑止力とは関係ありません。抑止力をいうなら、世界の海に展開している核搭載の米攻撃型潜水艦こそそのもの。何しろ、例えばいざとなればいつでも北京には6分で核を落とせるんですから。したがって、海兵隊が現場に展開するのは徹底的に空爆した後です。例えば、イラク戦争の時には2週間も空爆したわけで、その間に行けばいいのですから沖縄からグアムやサイパンに移動して不都合なんてことは何らないわけです。(以下略)」
http://www.accessjournal.jp/modules/weblog/index.php?date=20100519
●普天間と振興策/アメとムチもはや通じず 経済発展阻むのは基地(琉球新報)
>来県した鳩山由紀夫首相と懇談した県経済団体会議が、経済状況の報告を拒否した。首相の思惑に肩すかしを食らわせた格好だ。
首相は、沖縄側から「県経済の状況は厳しい」と言ってもらい、さも沖縄の願いを受け止めたかのように装って、振興に取り組む姿勢を示すつもりだったはずだ。そしてその映像を全国に流し、「沖縄は実は基地を望んでおり、県内移設はそう悪い話ではない」という誤った印象を国民に植え付けたかったのだろう。
経済団体側はその思惑を察知した。知念栄治議長は冒頭、「経済問題を話し合う環境ではなさそうだ」と述べて、基地と振興策とのリンク論をけん制した。
>政府の言う「振興策」は地域を振興などしなかった。北部振興策は市町村財政を極端な国依存型にしたにすぎず、名護市の失業率は10年前に比べむしろ悪化した。
市民はもう「振興策」の幻想性に気づいている。姑息(こそく)な工作にもはや効果はない。直ちにやめた方が政府のためだ。
問題は、考え方を改めるべきなのは政府だけではないということだ。沖縄経済は基地がなければ成り立たない、経済のためにいずれは受け入れる、という誤った見方が今も国民の間に根強くある。それを払拭(ふっしょく)しなければならない。
http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-162577-storytopic-11.html
●普天間と民主主義/県内移設は権力の暴走だ 「改革」の原点に回帰を(同)
>銃剣とブルドーザーによる土地収奪、「基地の中に沖縄がある」とまで言われた過酷な米軍支配の歴史をほとんどの国民は知るまい。
占領下からの日本の独立および「戦争放棄」をうたった日本国憲法の制定と、天皇制存続、米国による沖縄の軍事要塞(ようさい)化が密接に関係していることを戦後史は刻む。
>沖縄への不公正、不公平な安保政策の継続は「差別」であり、平和学が言うところの「構造的暴力」にほかならない。
日米両政府は、ことあるごとに「基本的人権、自由、民主主義、法の支配」の普遍的な価値の共有を確認する。そのような理想を掲げる両政府が辺野古移設の強行で民主主義を破壊するのか。差別的な対沖縄政策によって、両政府は民主主義を語る資格を失いつつあることを自覚すべきである。
http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-162671-storytopic-11.html
●岩国 米艦載機くるな4000人/痛みは分け合うのでなく取り除くもの(しんぶん赤旗)
>集会では、実行委員会の代表世話人の井原勝介さんが主催者あいさつをし、普天間爆音訴訟団の宜野座晃さん、徳之島の自然と平和を守る会の幸千恵子さん、第4次厚木爆音訴訟原告団の野口豊さん、元東京都国立市長の上原公子さんが連帯のあいさつをしました。
幸さんは「徳之島では島を守ろうと島民がたたかいにたちあがっている。沖縄の痛みは分けるものではなく、取り除くものだ。全国のたたかいと共同して平和な日本をきずこう」とよびかけました。
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik10/2010-05-24/2010052401_03_1.html
方や、普天間問題を、単に「オバマ政権の勝利」「鳩山内閣の無能」とだけ捉え(その米紙記事を無批判に持ち上げ)、「誰が民主党から天下をもぎ取るか」といった皮算用に終始する、産経などの御用メディア。「銃剣とブルドーザー」による米軍の沖縄支配や、米軍基地がベトナム・イラク戦争で果たした侵略的役割には頬かむりし、それを取り除くのではなく逆に「本土の沖縄化」に話を摩り替えようとする橋下徹・反動知事。
もう方や、それを「民主主義・人権」の問題として真正面から捉え、「日米両政府が、抑止力・日米同盟絶対視の立場から辺野古への基地建設を強行し、これ以上、沖縄の民意・人権を平然と踏みにじるなら、そんな両政府には、もはや民主主義を語る資格が無い」と警鐘を鳴らす、「琉球新報」などの一部良心的メディア。
この両者の「格の違い」は、一体どこから来るのでしょうか。沖縄では、後者の流れがようやく多数派になろうとしているのに対して、本土では、まだまだ前者の流れがのさばり返っています。だから今度の参院選でも、「自民にも民主にも騙された」人々のうちの少なくない部分が、また性懲りも無く、「民主党の劣化コピー」でしか無い「みんなの党」や、同じく「自民党の劣化コピー」でしか無い「立ち上がれ」以下のウヨク新党に惑わされ、同じ轍を踏もうとしているのです。次回の記事では、この問題について、もう少し考えてみたいと思います。
※【追記】
この記事を書いた直後に、鳩山政権がとうとうその本性を現しました。日米合意で普天間基地の辺野古移設(県内たらい回し)を正式に表明し、それに反対した福島みずほ消費者相を罷免してしまいました。この事によって、鳩山政権は、これまで公言してきた「反自民」「政権交代」「格差社会批判」等の仮面をも完全にかなぐり捨てて、「自民党政治」と全く同じ立場に転落してしまいました。
この情勢の急展開を受けて、当初のブログ更新予定を変更し、次回以降もこの普天間問題を優先的に取り上げる事にします。
もちろん今の政権が崩壊れば、辺野古に軍艦まで派遣した実績のある自民党が政権に返り咲き、基地建設強行・大量弾圧なんかが起こるかも知れない。しかしその当時も、代わりの民主党に何も期待できなかったにもかかわらず、運動の側は「自民党政権を許さん」と打倒に燃えていました。しなやかに、かついろいろ工夫して…
「草加さん」のところにも同じように書いたのですが、今、沖縄の闘う意志ははっきりしています。しかし政権は過去の「容認派」もとりこみ、沖縄の闘いを分断しようとしている。問われているのは「本土」側の取り組みの強化です。
これからますます、「本土」の運動が苦しまなければならないと思います…が、意気揚々とやっていきたいと思います。