遠州の遺跡・寺社・地名 113 浜北区の於呂神社(その1)
以前に 遠州古代史 6月6日 地名編1 浜北区「於呂(おろ)」 2011年06月07日 07時03分29秒 | 遠州古代史 を書きました。
そこでは「於呂」は「オロチ」、つまり「ヘビ」であって、宮沢賢治さんの「寒さの夏」に「オロオロ歩く」のは、ヘビがクネクネ歩くことから来ているという「名論」「迷論」を展開しました。
だって、古代の旧「天竜川」は、ヘビの伝説に満ちていますからね。
ようやく、その現地の「於呂神社」に行きました。
第2東名のすぐ南です。
かなり境内は広く、駐車場が、神社の近くで、遠くに鳥居があって、鳥居まで歩きました。神社は「南面」で、つまり鳥居から神社を拝むと北の方角です。
行って見てびっくりしたのが、祭られている「祭神」が「天津日高日子穂穂出手見命」、カタカナで書くと「アマツヒコホホデミノミコト」です。
別名の方が有名ですね。別名は「ヤマサチ」で,日向から進発して、ヤマトを征服した「神武天皇」の祖父です。
このあたりの古代史と神話史の交錯する時間を、いずれ書きたいですが。
問題は、なぜ「ヤマサチ」が、この遠州にいるの?
歴史への疑問はつきませんし、謎は、まだまだ続きます。