新・本と映像の森 252 広瀬正『マイナス・ゼロ』集英社文庫、1982年
518ページ、定価本体770円、原書1970年
1945年の東京。主人公・語り手の浜田俊夫は中学2年生。母と2人で小田急線・梅ヶ丘の借家に住む。隣りは大学の先生とその娘・女学校5年生のあこがれの美少女、啓子さん。隣には空襲よけかコンクリートの研究所「ドーム」がある。
物語は5月26日、B29の大空襲から始まる。
その日、空襲で隣の先生の死にたちあった俊夫は、先生から遺言を受ける。啓子さんは空襲で死んだのか行方不明になる。
「千九百六十三年五月二十六日午前零時、研究室へ行くこと」
その現在の及川さんというお宅に無理に頼み込んで、俊夫はその時間に、及川家で待つと現れたのは・・・・・・
タイムトラベルの傑作と思う。タイムトラベルの何重もの輪の見事さと戦前戦後の日本車会の歴史変容とがうまく融合している。
著者は工学部卒で器械への関心が高いのだろう。ラジオ、真空管、蓄音機、カメラ、電気冷蔵庫など・・・戦前の器械探訪が面白い。
タイムトラベルSFでは、人間の名前だけではその人間の実際はわからない。この『マイナス・ゼロ』でも小説の進行にしたがって思いがけない人物が思いがけない人間であることが現れてきます。それもすごく面白いです。
著者は1972年没。