目の手術は5月15日と決定し、4月27日に入院手続きを済ませた。手続きの翌日のことである、昨年と同じ場所にニガウリの苗をこれまた昨年と同じ本数だけ植えた。今ではその苗は大人の背の高さほどに育ち、ネットに触手をからませてさらに伸びようとしている。週に一度の5月の公民館囲碁は最初の3回を欠席し、術後の1回は一局だけ打って早退した。二十四節気は4月20日が穀雨、5月5日が立夏、21日が小満である。節気毎の玉川上水観察会に欠席することはなかった。
入院は3泊4日だ。6人部屋でなく2人部屋だ。6人の方が暮らしやすいと思うのだが、おとなしく割り当てに従う。病名は「眼内レンズ亜脱臼」、手術内容は「眼内レンズ逢着術・硝子体茎顕微鏡下離断術」と病室のベッドで受け取った入院診療計画書には記されていた。眼科には女性医師が多い。普段の私を診ているのも女性医師だ。今回私の手術を担当するのは眼科部長である男性医師である。彼の説明によると私の場合は何千人に一人という珍しいケースで、体質によるとしか説明の仕様がなく、なぜか男性に多く見られるという。
血管部分に触れるために白内障手術にくらべて網膜剥離などのリスクが高い。手術時間は白内障の時は10分ほどだが今回は90分を予定している。麻酔も目薬でなく注射になる。現在のレンズを活かして1回の手術で終わらせたいが、ひとまず異物であるレンズを摘出して3カ月後に新しいレンズを装着する再手術もあり得る。どちらになるかは手術中に私が判断するとの宣告だった。後者の場合には3ヶ月間の見え具合はどうなるのかと問うと、焦点が合わなくなるというだけで具体的な話はない。私は手探りの不自由な生活を想像した。
手術はその日の一番最後の手術であるらしく夕刻に行われた。肌寒い手術室に車椅子で運び込まれる。自分でも驚くほど終始冷静でいられた。呼吸が早くなることもなく、終わって最後に深呼吸した。白内障の手術の時には明るく流れる液体が実際に見え続けていたが、今回は強力な麻酔のため全く明かりを感じることができなかった。暗闇の中で南の国の大海原で仰向けに漂う自分を思い描いていた。なぜかそのように思うと実際には見えていないはずだが、白内障手術の時のように水の中の明るい光が見えてきた。私は何の不安を感じることもなく南の海を漂い続けていた。手術は無事に終了し、とりあえず3カ月後の再手術は避けられた。ご心配をおかけいたしました。(写真は小平の小川寺)