日本人は面と向かってはっきりものを言わない、それがつつましさのあらわれということが定説とされてきました。
ものの言い方はつつましそうでも、ほかのことには結構ずうずうしい人をよく見かけます。
もの言いのつつましさと言っても、それは、ことをわけて話すのが面倒なのなのかもしれません。
電車の中で3~4歩ごとに「バカヤロー」を連発しているおばあさんがいました。
どこまで続くのかと思っていたら、空席が見つかって座ったとたんにおさまりました。
何かわかって欲しい気持を抱えていて、それを誰かに話すのも面倒、そうなると捨て独白しかありません。
「バカヤロー」の連発は、捨て独白どころか撒き散らし独白です。
話は面倒で嫌でも、おしゃべりには別の空間ができますから、そちらは際限なく続きます。
この別空間は、時代劇によく見られる人払いのように、聞こえないかのようにしておいて立ち聞きさせるという、巧妙な手段にも利用されます。
聞かれないためには、人が近づきにくいように障子を開け放っておいたほうがよいのに、わざわざ閉めて、すぐ近くまで忍び寄れるようにしています。
話があると言わずに話をしたいとき、壁の耳で仕切られた別空間を活用すると、バラバラの話からでも、気持を伝えることができそうです。
まあ、あまり心地よいことではありませんが。