滅多に愚痴を口にすることのない横綱が、酒の席で行司の判定に異を唱えたというので、いつまでもそれに食い下がる執念深い記者がいます。
親方が謝っても本人が謝らないのが気に入らないらしいのです。
悪いと思わないことについて、悪いと思っていない本人から謝罪の言葉を無理やり引き出させ、溜飲を下げようという、なんとも意地汚い根性にも見受けられます。
それが一人二人ならまだしも、次の場所前の記者会見に、団体交渉のような雰囲気を作り上げて迫るというのは、嫌味を通り越して集団下司行動としか言えません。
まあ仕方がない、謝る形だけでも見せておこうかと、よくある謝罪会見のような格好にもっていければ、よくやったと社に帰って褒められるかもしれないという、サラリー・ジャーナルのけちな考えなのでしょうか。
行司の軍配は絶対と声を強める人もいます。
しかし、絶対であるのはその判定に限ってのことで、星の色分けが決まるまでの権限でしかありません。
絶対はそのとき限りのものです。
軍配が大間違いであれば、勝負審判の協議によって、行事差し違えという判定もされます。
勝負審判からも控え力士からも物言いがつけられなければ、行事の軍配どおりに星の色は決まります。
ただ、星の色がそう決まっても、実際に負けでなかったかどうかは、力士同士がよくわかっています。
何百回という勝負を通して積み上げてきた力士の判定眼でみて、もし、仮に負けでない勝負に黒星がついたら、謝る人はそのときの行司と勝負審判ではないのかと思うのですが、いかがでしょうか。