南無煩悩大菩薩

今日是好日也

地平線。

2007-02-14 | なんとなく落書。

国連世界食料計画(WFP)という組織があります。
http://www.wfp.or.jp/
http://www.jawfp.org/

生命の根源である「食べられさえすえば」という人たちを直接支援しようとする組織だとお見受けいたしております。

戦後直下の日本も飢餓状態を経験しております。
今の62~3歳超の人の中には、ネズミに耳をかじられた方もいらっしゃる。
母親は母乳が出ず、脱脂粉乳を混ぜた。学校給食のミルクにもなった。
脱脂粉乳は家畜用にと米国などから送られたものと聞いております。


飢餓海峡や、ルワンダホテルといった映画が啓示するのは、本人の努力や意志に関係の無い所で、生きる地平線が決められてしまった人々の姿であります。


せめて食い物さえあれば。

努力する意志を持った人々が、不可抗力的な事情によってその場に落ち込んだならば、なんとしても必要な第一が食い物。その地平が見えることなしに、人は人とあることはできないでありましょう。

そして、それは、中間搾取者をみだりに肥え太らすことなく、直接的に支援されなければならないものでございます。

善人づらするつもりは、毛根はあっても毛頭ございませんが、これだけ情報の入る時代に、しまいこむ訳にはいかないと思うのであります。

せめて微力ながらも、忘れず学び想うことで、託すべきところに託せることが、大事だと感じております。


自らが動こうが、政府に委託しようが、そこにある惨悲を窺い知れば、支援にやぶさかな方はまずおりますまい。
ただ。
施して終わり。ではなく、支援するのであれば、その対効果にまで、思いをめぐらせる心がけは肝要かと存じます。

貢献するかしないかよりも、貢献できているかどうかの問題であります。

みだりに与えることが、よいはずもありません。

先般、善意とはなんぞやと思うような出来事も多く見受けられます。


金が動く世界には、ほっとけば必ず悪党がはびこるものと申します。


国際貢献に多大な支出をわが国が行っているのも確かでございます。

しかし、持ちうるものを潤すだけで使われることもなく、さび付き打ち捨てられる「井戸」を掘るような、まぬけな支援が多いように見受けられることも確かでございます。所謂、ばらまきまるなげ。

ちゃんとした使われ方を吟味せず、現場を見ず、噂ばかりの、いいかげんな会議で決めているのでありましょうや。

これがほんとの、井戸端会議と申します。

もとい。


支援の先にある希望。それが命を賭して支援を希求する方たちから、見えない地平線になってしまっていては、浮かばれないのは太陽でございます。

浄財という太陽。

篭ってしまう太陽は、身を焼き尽くします。

昔から言うではありませんか。乞食は三日やったら止められぬと。




見える地平に、昇る太陽。

助けるのではなく、支援する。

世界中の不条理の中で、生と戦わざるを得ない、勤勉で実直足りうる人たちがいる。

1日200円で家族4人が生を維持する為の食料がまかなえるという。

WHPが現在支援できている食料の年間総量は、今の日本の年間残飯量とほぼ同量だという。

支援を必要としている量の10分の1だともいう。



すくなくても、せめて、些細ながらも、食うことだけは、支援したいと思う由縁でございます。


限らず。
様々な支援活動を、現場でご活躍の方々に、心より畏敬と感謝を申し上げる次第であります。

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