小さな旅、大きな旅の写真物語(Virtual trips/travels)

京都や東京を本拠地として、自然の中や町を歩きながら、撮った写真をどんどん掲載します。いっしょに歩いているように。

檜原湖の紅葉  その2

2015-10-28 18:04:14 | 旅行
檜原湖の紅葉  その2

吉岡ペンションの続きから


Sony α7R + Sony/Zeiss Vario Tessar FE16-35mm


Sony α7RII + Sony/Zeiss Sonnar 135mm F1.8


Sony α7RII + Sony/Zeiss Sonnar 135mm F1.8


Sony α7RII + Sony/Zeiss Sonnar 135mm F1.8

雨の中、色と形の収集を行う。光が無いと、インプレションが落ちる。光が強すぎると紅葉の色が飛ぶ。難しいところである。当方はやはり光が好き。色と形の収集で得た写真それぞれからは絵画を生むことが出来るはず。


Sony α7RII + Sony/Zeiss Sonnar 135mm F1.8


Sony α7RII + Sony/Zeiss Sonnar 135mm F1.8


Sony α7RII + Sony/Zeiss Sonnar 135mm F1.8


Sony α7RII + Sony/Zeiss Sonnar 135mm F1.8


Sony α7RII + Sony/Zeiss Sonnar 135mm F1.8


Sony α7RII + Sony/Zeiss Sonnar 135mm F1.8

⑤中津川渓谷

Sony α7RII + Sony/Zeiss Vario Tessar FE16-35mm


Sony α7RII + Sony/Zeiss Sonnar 135mm F1.8


Sony α7RII + Sony/Zeiss Sonnar 135mm F1.8


Sony α7RII + Sony/Zeiss Sonnar 135mm F1.8


Sony α7RII + Sony/Zeiss Sonnar 135mm F1.8


Sony α7RII + Sony/Zeiss Vario Tessar FE16-35mm

⑥ ペンションくらんぼーん

Sony α7RII + Sony/Zeiss Vario Tessar FE16-35mm

我々グループが5名、それ以外のグループが6,7名がプロさんの指示でポイントを撮り始めると、込み合ってうまい位置をとれない。すぐ前に入ってくる。みんなが去ったあとに撮影していると、今度はプロさんの案内に遅れて、ポイントを聞き逃す。結局、一人はずれて勝手に撮ることになる。


Sony α7RII + Sony FE90mm macro

この赤い実と池を撮りたかったのだが、前に人(グリーンの服が見える)がいて絞りこめない。帰り際に撮りなおそうと思ったら、この赤い実は、グループの面々に荒らされて、一個も残っていない状態となっていた。しかし、グリーンの服を頭の中でカットして、この写真から当方には一枚の絵画が描ける。色とパターンの収集にはなっているのである。皆さんには写真としてまったくつまらないものに違いないが。色とパターンの収集と面白い写真とはなかなか一致しないのである。


Sony α7RII + Sony/Zeiss Sonnar FE 135mm


Sony α7RII + Sony/Zeiss Sonnar FE 135mm


Sony α7RII + Sony/Zeiss Sonnar FE 135mm


Sony α7RII + Sony/Zeiss Sonnar FE 135mm

湖面に浮かぶ葉っぱの上の水滴を狙えとプロさんがおっしゃる。皆さんはそれを一杯撮っているのだが、遅れて行った当方には撮る時間が無い。結局、葉っぱの水滴写真は使える物が無い結果となってしまった。このように団体行動のなかで当方はいつもはぐれてしまう。


Sony α7R + Sony/Zeiss Sonnar 135mm F1.8


Sony α7R + Sony/Zeiss Sonnar 135mm F1.8

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

檜原湖の紅葉  その1

2015-10-27 19:06:19 | 旅行
檜原湖の紅葉  その1

2015-10-21~23
関東の紅葉撮影は失敗続き。関東の紅葉が悪いのか、タイミングが悪いのか、撮影の腕が悪いのか??? またまた紅葉の季節がやってきました。今年は、ある連中と一緒に檜原湖の紅葉撮影に出かけました。泊まるペンションが紅葉撮影をサポートしてくれるところがいつもと違います。この連中は車好き、車であっちゃこっちゃ動き回ります。ペンションのサービスも車で撮影ポイントまで連れて行ってくれます。ということで、車での撮影旅行という、当方にはめずらしい旅になりました。
  風景写真というのは、以前も言ったかもしれませんが、良く考えると当方の装備は風景写真撮影用ではないのです。今回の件で、当方は風景を撮るということをあまり真剣に考えていないことにあらためて気が付いたのです。持って行った機材は
Sony α7RII + Sony/Zeiss Sonnar 135mm F1.8が中心で、こいつは、F1.8の望遠ボケを武器にしています。むろんSony FE90mm macroも付けましたが、だんだんSony/Zeiss Sonnar 135mm F1.8が多くなりました。撮る場面が広角中心とわかっている時は、Sony α7RII にSony/Zeiss FE 16-35mmを付けています。 もう一台この機材の補佐として、Sony α7R + Sony/Zeiss FE 16-35mmを主軸として、時々Sony α7RII とSony/Zeiss Sonnar 135mm F1.8を入れ替えています。ザッパクに言えば、Sony α7RIIは望遠で色と形のサンプリング、Sony α7Rは補佐的に広角領域を受けもつ。
  Sony α7RがSony α7RIIの補佐が出来るか見極めるというのも、今回の撮影の目的です。あまりに性能が違い過ぎて、補佐にならないとしたら、万難を排してでもSony α7RIIゲットに走らないといけなくなります。
  撮影した絵をブログ用に選んだら83枚になりました。多すぎるので、気に入ったのだけ残そうと思ったら、なんと2枚だけになりました。これじゃブログにならないので、気を取りなおして、70枚くらいに縮小。3回に分けてアップします。



今回訪ねた所は、
一日目:栃木県、日光の近くの龍王峡を目指しましたが、紅葉がまだ早かったのでパスして、日塩もみじラインの2つの滝(太閤下ろしの滝、白滝)、ついで大内宿を見て、吉岡ペンションへ着きました。近くの湖(沼?)で撮影、ついで吉岡ペンションの案内で秋本湖か檜原湖(どっちだかわからず)で日の入りを撮影。
二日目:吉岡ペンションの案内で日の出を見て、吉岡ペンションを後にし、中津川渓谷を撮影、ペンションくらんぼーんへ。くらんぼーんの案内で、周辺の湖(沼?)で撮影さらに秋本湖か檜原湖(どっちだかわからず)で日の入りを撮影。
三日目:くらんぼーんの案内で、檜原湖の日の出、さらに檜原湖で撮影。くらんぼーんを後にして、五色沼自然探勝路を歩き、ついで達沢不動滝によって一路東京へ戻りました。
くらんぼーんのオーナーは黒原範雄さんはプロカメラマンで、現場での撮影ポイントのサゼスチョンや夜には撮影セミナーがありました。

① 太閤下ろしの滝

Sony α7RII+ Sony FE90mm macro


Sony α7R + Sony/Zeiss Vario Tessar FE16-35mm

②白滝

Sony α7RII+ Sony FE90mm macro


Sony α7RII+ Sony FE90mm macro


Sony α7RII+ Sony FE90mm macro


Sony α7RII+ Sony FE90mm macro


Sony α7RII+ Sony FE90mm macro


Sony α7RII+ Sony FE90mm macro

③ 大内宿

Sony α7RII+ Sony FE90mm macro


Sony α7RII+ Sony FE90mm macro

④吉岡ペンション

Sony α7R + Sony/Zeiss Vario Tessar FE16-35mm


Sony α7RII + Sony/Zeiss Sonnar 135mm F1.8


Sony α7RII + Sony/Zeiss Sonnar 135mm F1.8


Sony α7RII + Sony/Zeiss Sonnar 135mm F1.8


Sony α7R + Sony/Zeiss Vario Tessar FE16-35mm


Sony α7RII + Sony/Zeiss Sonnar 135mm F1.8


Sony α7RII + Sony/Zeiss Sonnar 135mm F1.8


Sony α7RII + Sony/Zeiss Sonnar 135mm F1.8


Sony α7R + Sony/Zeiss FE 16-35mm


Sony α7R + Sony/Zeiss Vario Tessar FE16-35mm


Sony α7RII + Sony/Zeiss Sonnar 135mm F1.8


Sony α7RII + Sony/Zeiss Sonnar 135mm F1.8


Sony α7R + Sony/Zeiss Vario Tessar FE16-35mm

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

京都の紅葉案内 2015

2015-10-20 19:17:38 | 旅行
京都の紅葉案内 2015
白金自然写真クラブの方が京都の紅葉を見に行くというので、かつての京都暮らし時代のブログから推薦コースを書きました。当方はいつも遅めに紅葉見物に出かけます。11月末から12月初旬です。どっとくる観光客が減った頃です。よって少々見ごろを過ぎた紅葉の写真かもしれません。紅葉は、静かに一年を振り返り、懐かしいこと、懐かしい人を思う為にあるのです。


プラン1 洛中・洛東コース
8時以前に出発がすがすがしい
三条大橋→鴨川ほとり歩く→丸太町通り(三条より1.5km) →御苑(南から北へ)(金、土曜は茶室、拾翠亭に入れる。月曜以外は閑院宮邸跡に入れる )約2km  (念入りに手入れされた紅葉は少なく点在する被写体を探し回る感じとなるが、自然教育園同様に自然体の魅力。なにしろ天皇の本拠地、御所がある雰囲気が重要)→今出川通り→ バス (時間があれば、バスにのる前に出町ふたばで大人気マメ大福を買う)→上賀茂神社 山から冷気が下りてくるので数はすくないが真っ赤なモミジが魅力的 →(参道前のすぐきや六郎兵衛or御すぐき處京都なり田でスグキを買う)→ 興味あれば上賀茂紳家町を散策、西村家庭園などにはいる→ 参道前か賀茂川ほとりで昼食, たとえばサバ煮定食今井食堂、 神馬堂 、甘いもので一休みなら葵家やきもち総本舗 → 賀茂川ほとり歩く1.5km ただのんびりとこれが京都であると感じながらぶらぶら歩く サギやかもめ類が遊んでいる →(京都府立植物園)ここを入れるのは時間的、体力的に無理でしょう → 賀茂川にあきたら適当にタクシー → 真如堂 紅葉は有名だがそれほど人が多くない → 坂を下って、 哲学の道 ここからは観光地の人ごみが始まります→ 法然院、安楽寺等 小さなお寺に入ります。 疲れたらお茶するところは一杯ある。→ (永観堂)希望が多ければ入りましょう。有名だからきっと混んでいるでしょう、できればパスしたいが紅葉はきれいでしょう → 南禅寺 三門に上がってもわるくない (ここまで真如堂から2km) →タクシー又はバス→ 祇園・御茶屋のおばんざい料理 又は 先斗町・ハモ料理・よしみ又は 隠れ家・極楽とんぼ、ちょっと高いが先斗町らしいおばんざい居酒屋ますだ 先斗町のほうがベターでしょう。

おそらく少なくとも8km、20000歩の歩行となるでしょう。


京都御苑の大銀杏


京都御苑




上賀茂神社


上賀茂神社


真如堂


法然院


安楽寺


南禅寺

プラン2 洛南編
朝7時ころ出発
三条→ バス → 東福寺 紅葉人気No1 朝8時から10時くらいまでが勝負 時間があれば方丈の庭は必見 → 宇治 → 興聖寺 紅葉のトンネルが有名 → 宇治川沿いに天ヶ瀬ダムまでぶらぶらと歩く 片道 1.5km → (平等院)素晴らしいお寺ではあるが、紅葉はどうでしょうか? 参道で昼食 → 宇治 → 深草 → (石峰寺)伊藤若冲設計の石像群が圧巻。あいかわらず撮影禁止なら訪ねる意義が半減だが、トライしてみてはいかが → 清水五条 → (河合寛治朗記念館)月曜休館 16:30 までに入館 陶芸作品と全くユニークな彼の彫刻や調度品に唖然とする → 茶碗坂 やきもの店をぶらぶら、一服するところもいろいろ → (清水寺ライトアップ)定番ではあるが一度はトライしても悪くない → 祇園 お茶屋おばんざい料理にトライ

7km 15000歩くらいの旅


東福寺


東福寺


興聖寺


宇治川


石峰寺


石峰寺

プラン3 洛北編
7時出発
三条京阪 京阪電車 → 出町柳 (7;30、土日7:40) → バス 1時間 → 大原 三千院は呂川、津川に囲まれ、いずれも小さいが趣のある川。ところどころにビューポイントの表示があるので、小まめに行ってみる → 三千院 8:30 奥が深いので、充分時間をかける → 実光院  坊さんが窓枠を額として庭を見ろとかごちゃごちゃウザイことをいうのが面倒だが、行って損は無い → 寂光院 紅葉が綺麗なはず 往復2kmあるが → 大原 昼食、三千院の門前がいいか?  → バス → 一乗寺付近でバス下車 → 詩仙堂 → 円光寺(金福寺は誤り) モミジが綺麗な穴場 → まだ元気と時間があったら、バスでそのまま南下 三条を過ぎて 東山、清蓮院門跡へ入る、ここはハイセンスのお庭、エネルギーがあるなら知恩院の迫力に触れて、 にぎやかな八坂神社をすぎて、白川・新橋界隈をうろついて、<いづう> の鯖寿司をちょっと食べてもいい → 中心地、四条河原町へ 錦市場でお買い物 → 先斗町の居酒屋<ますだ>へ、ここでお腹いっぱいにするとお金がかかるので、その前にちょこちょこ食べておいて、ここは飲むだけ。 

8km 20000歩の旅


三千院は紅葉の写真が無いので、8月15日万灯会(まんとうえ)の写真を載せます。そのうち三千院の紅葉の写真に入れ替えます。


三千院


三千院


詩仙堂


円光寺

プラン4 洛西編
善峰寺は京都・西山・四国第20番札所ということで、山の上にありながら立派な、大きなお寺で、紅葉は有名です。十輪寺、金蔵寺は小さな山寺で、それが趣になっています。金蔵寺は紅葉の穴場として知られています。山の上だからモミジが赤い。花の寺、石の寺は大原野ウォーキングで皆が寄るそれなりのお寺。花の寺は結構、紅葉がある。
長岡京はもと遷都した都があったところで由緒ある地域、長岡天満宮が面影を残す。善峰寺から金蔵寺はほとんどヒトが通らない東海自然歩道。このコースは京都に住んでいる方も行ったことがないかもしれないディープな洛西です。靴などトレッキングシューズがベター、ウォーキングのスタイルが必要です。昼は善峰寺周辺で、夕食は特に食べるところもないので、京都に戻ります。こんな時は、気軽に三条の安居酒屋<伏見>がいいかも。



洛西編で心残りなのは、仁和寺です。紅葉でもサクラでも仁和寺、龍安寺(石庭)のコースは外せません。仁和寺は<宇多天皇は寛平9年(897年)に譲位、後に出家し仁和寺第1世 宇多(寛平)法皇となってから、皇室出身者が仁和寺の代々門跡(住職)を務め、平安〜鎌倉期には門跡寺院として最高の格式を保ちました>とあるように、皇室とのつながりが大変密なお寺です。御所は事あるごとに(天皇が代わったり、御成婚があったりしたとき)、内装や調度品をリニューする決りとなっており、価値ある調度品、場合によって建造物はお寺に流れます(代わりに資金をお寺より調達している)。仁和寺は現在の御所よりよっぽど価値ある絵画(例えば狩野派の絵)や調度品を保有していると思われます。それらに裏打ちされた落ち着きとセンスが仁和寺に流れています。

仁和寺、龍安寺コースは午前中一杯をかけることが望ましい。とすると上述の洛西ウォーキングコースに向かうなぞ不可能です。一般には嵐山に向かうのでしょうが、嵐山は当方の推薦すべきスポットが思い浮かびません(保津川下りとかトロッコ列車はいいと思いますが、この時期待ち時間が大変)。考えを変えて、この際、午後は西陣にいって、織成館、西陣織工芸美術館・松翠閣、西陣織会館の着物ショー(見る価値のあるのは無料の着物ショーだけ、会館自体はアジア系観光客向けお土産屋に堕落の一途をたどっています)、堀川通り一条の楽美術館などで、京都の伝統工芸に浸ってみるのもいいとおもいます。一条堀川といえば<とようけ屋山本>の豆腐をいっぱい買い込みたくなります(北野天満宮前にも出店があります)。



十輪寺


善峰寺


善峰寺


金蔵寺


勝持寺


仁和寺


龍安寺


プラン5 番外編 比叡山から坂本へ

比叡山延暦寺は驚くべきお寺です。① 延暦寺を開いた最澄は渡来人の流れをくむ。先祖は後漢からの渡来人で応神天皇の時代に日本に渡来した。最澄の出身地、近江国(大津)は渡来人系の人々が集まっていたと考えられる。② 日本を作った名だたる僧侶のほとんどが延暦寺の卒業生である。京都にくると、日本文化の根っこに存在する渡来人の力に驚くのである。あの日本やきもの心髄と思っている楽茶碗を生み出した長次郎の父は唐から来た渡来人である。等々、京都には渡来人から日本文化が生まれてゆく歴史がいたるところに転がっており、これは東京人が全く理解していない世界である。

延暦寺には直接バスで行った方が便利かもしれないが、八瀬ケーブルを使いましょう。朝9時ころから動いています。 八瀬の雰囲気を感じるのもわるくない。京都から30分の通勤圏内にこのような自然があることにびっくりして、ここから職場に通う人を羨ましく、京都を羨ましく思うのである。鴨川の源流、高野川が美しく、紅葉も美しい。紅葉時には光明寺瑠璃光院の一般公開があるかもしれない、ここによるのもいい(時間的には苦しい)。延暦寺は膨大であるが、ここはその権威を理解したら早々に坂本ケーブルで日吉大社に向かいましょう。坂本ケーブルは日本最古のケーブルカーといわれており、レトロに面白い。日吉大社は紅葉で有名で、その規模は京都の田舎の神社と思ったら大間違い。いっぱい生じる皇室の血筋も、京都の中心に残れる人はわずかであり、大半は琵琶湖沿いの裏京都に住むようになる。よってこの一帯は権威ある神社仏閣が存在するのである(京都中央のお下がり移築もいっぱいある)。昼食も含めてなんとか、14時までに比叡山坂本駅に着く必要がある。比叡山坂本から石山寺門前までは1時間はかかる。途中に大変有名な三井寺があるが、紅葉的にはあまり魅力的でないので、時間も無いしカットする。石山寺の閉門は16時30分であるから、15時には入る必要がある。石山寺は紫式部が執筆活動したとして有名である。広い内部は充分時間をとりたい。この計画はかなり時間的にきつい、行きはタクシーを多用して時間を稼ぐ必要があるかもしれない。石山寺をでたら、あとはのんびりと瀬田川にそって歩き、途中で瀬田の大橋に寄るのもいい。琵琶湖から流れ出る川はなんと瀬田川一本であり、この瀬田の大橋を挟んで、都を攻める軍勢と都を守る軍勢がぶつかる歴史を何度もくりかえした地点である。瀬田の大橋は改修工事が終わってきれいになっているに違いない。琵琶湖や瀬田川をみる料亭で夕食もわるくないだろう(当方は適当な所は知らないが)。石山駅から三条までは30分もかからないだろうから、帰りはゆっくりすればいい。今回は駆け足であるが、裏京都の魅力を知ったら、またゆっくり訪ねればいい。




八瀬


日吉大社
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ベルリン・フリー旅行 その15 (最終回) 後記2

2015-06-08 20:27:55 | 旅行
ベルリン・フリー旅行 その15 (最終回) 後記2

以下の問題はベルリンに行く飛行機の中から、そしてベルリンを旅しながら、考えざるを得なかったのです。こんなことブログに書くのはめったにないことで、恥ずかしいし、とってもいやのですが、これがベルリン旅行記の集大成なので、書かないとこれまた心残りになってしまう。

憲法9条改正/安全保障関連法案、集団的自衛権、日本の国防に関する、戦争に関するスタンスに転機が近付いています。

1、最近思うこと、<起承転結>ということばです。当方根っからの研究者ですから、<目的、方法、結果、考察>のレポートを書くことを40年以上やっているわけで、生き方の全てがこの<起承転結>で出来上がっています。一線から大幅に足を引き抜いたこと、年取ったこと、そして現代のSNS時代のことから、<起承転結>の生き方は捨てた方が生きやすいのでは、とまで追い詰められています。世界中を覆っているSNS、たとえばFace BookやTwitterはいってみれば、これまで主婦の間で交わされてきた井戸端会議が世界規模で行われている、<起承転結>の無い会話です。この<起承転結>の無い会話で日常が動いていると思えるのです。ずっと家で仕事をするようになると、家内との会話が増えます。<あなたはなんで、会話に起承転結を求めるのですか?私たちの会話には起承転結はないのです。 あってはいけないのです>というのです。

2、国会の与党さんと野党さんとのやりとりには<起承転結>がないのです。テレビのコメンテーターの発言も<起承転結>がないのです。ほっといたら、当方はこういうたぐいの番組は見ないのですが、なぜか家内はこの手の番組が好きで、<朝までテレビ>などという番組の大ファンです。この番組のコメンテーターも<起承転結>がありません。政治家はマジに<起承転結>をいったらまずいから言わないのだという考え方もあり、確かにそうでしょう。でも、どっかで誰かが真面目に<起承転結>を考えないといかんのです。それが何本かの路線(違う考え方)があって、それは違う、こちらの方が正しいとか真剣に論戦しないとこまるのです。一本の<起承転結>を誰かが作って、あとはうやむやに論戦とはいえない時間つぶしをしているようなのです。この誰かが作った一本の<起承転結>がちゃんとしているか? それすらちゃんとしているとは思えないのです。


3、
1)憲法はアメリカが作ったから気に入らない、改正しなければ日本がない
→ これは感情論で目的がない。井戸端会議のバカ議論だ。

2)現状では、アメリカを支援出来ない、これでは同盟国として申し訳ない。とにかく何とかアメリカさんが最低満足する線を決めて、体裁をつくろう。
→ これは、これまでの現場のフラストレーションを解消することが目的で、国家の目的とその解決手段というまじめな<起承転結>となっていないのだ。高次の目的が無いから、幾つかの建設的案が生まれない。現場フラストレーションを解消の話をああだこうだ聞いたって、国民が解るわけない。丁寧な説明とか、説明不足とか何度叫んだって、意味ない。

3)世界の戦争は抑止力によって抑えられている。これを高め、こぼれ出るテロを封じ込めれば世界は平和になる。
→ 世界平和を達成するということは、まっとうな目的である。その解決法が<抑止力>一本しか示されていないが、それでいいのか? 戦争はしたくないとか、戦争にまきこまえるから怖いというのは感情論で、それは井戸端会議の範疇だ。<抑止力>に具体的対案は無いのか? なければしょうがない。あとは実害をどれだけ抑制できるかという順番になる。

4)アメリカの作った世界平和戦略以外の対案を考えもせずに、一方で、アメリカの言いなりにはならないという<起承転結>がバラバラな方がいっぱいいらっしゃる。
→ アメリカさんのやり方だから否定する必要は無い。いいとことは取り入れて、しかしその上で、日本独自のやり方を作ってきたのが日本である。そこには必死に考えてきた人たちがいるのである。 考えなければならない。
エライ人は上から目線であることに、これが下から見ると滑稽であることに一向に気がつかない。さらに、上から目線の人は、もっと上に盲従する性癖があり、そのことに一向に気が付かない。 目線が上でも下でもいいから、結果的に上手くゆくように誘導できることと、上から目線であることを下から悟られないように出来るエライ人以外は必要ない。安倍内閣は<上から目線の権化の集団>にきまっているのだが、それを下から悟られないようにする努力が急速に減少している。しっかりしてくれ。それを悟られたら、政権は消滅するのだ。

5)自民党に対抗するに、共産党は与党が存在しないと生きて行けない(真っ向から反対しないと成立しない)党であるから、対立するようで結局、同じ船に乗っている。民主党は<起承転結>なし、井戸端会議の集団にすぎない。何でもいいから格差をなくして平等な世界を作りましょうという大義で<起承転結>をつけようとしたが、すでに失敗が明らかになったのである。あとは上げ足をとることにより、自民党に食べさせてもらっているに過ぎない。大阪都市構想は賛成反対が分かれたが、良し悪しは別として<起承転結>はあった。

6)世界平和への日本貢献がお金しかできなかった。これははずかしい。
→本当にそうだろうか? 積極的平和主義のやり方は安倍さんの言うやり方(実体はよく解らないが)しかないのか? これまでの日本の平和主義がいかんと世界中がいっているのだろうか(アメリカはいかんといっているにちがいないが)? 世界は<日本が唯一の世界の希望>と思っているのではないか? もし、世界中が日本の戦争しないことを非難しているなら、しょうがない、戦争するしかない。
アメリカに守ってもらうには、アメリカの言うことを聞くしかないというのは、なにか、悪がきボスににらまれるのが怖いから、川に飛び込ませて、仲間を殺してしまった悪がき集団のシタッパとどこが違うのか?

4、いろいろ文句をいったてまえ、当方の<起承転結>を述べなければなりません。当方はこういう分野には詳しくない、40年間研究生活をしてきた人間です。しかし、なんとか<起承転結>をやってみるしかない。

1)国防に関して、日本だけで日本を守るのは不可能であり、得ではない。日米同盟を中心に置いて、<抑止力>とやらを頼りに、そうならごたごた言わずに徹底してやりましょう。これで、人が死んだり、戦争に巻き込まれたりするかもしれないが、覚悟を決めましょう。 そうならないように最大限の努力をしましょう。

2)専守防衛に徹する。これを逸脱する可能性のあるグレーゾーンはカットである。それが<唯一の世界の希望である日本>の積極的平和主義である。よって憲法9条は変えない。文言や、整合性の不備を直すことは結構であるが。
せっかく人が作ってくれた理想の憲法をなぜ変えるのか。アメリカさんが文句をいっても、お前たちが作った憲法でしょうがと言っていられる間は、その言い訳を最大限に利用しましょう。かっこをつけないで、のらりくらりとやりすごしましょう。もう限界だ、どうしてもだめだというならしょうがない、憲法解釈の変更でやりすごしましょう。

3)世界平和の推進に対する貢献に関しては、アメリカ路線を唯一の方法と考えない。
といって国連や国際司法裁判所に頼ることは意味ないとは言わないが、結局<抑止力>の上に乗っている組織であるから、アメリカ路線と変わりない。
<人は戦争する>→<抑止力で抑える>→<大国が核兵器をもってバランスさせる>これが現在の現実路線であるが、考えてみればこの方向で<滅亡>以外の選択肢があるように思えない。その方向しかないなら<滅亡>もしょうがないと思っている。
<人は戦争しない>→<人の貧困と災害を解消するには>→<日本は何が出来るか>という議論が積極的平和主義のなかで全く伝わってこないということはおかしい。
百歩譲って、アメリカさんや世間がうるさいから、ぎりぎりのところで、戦争のお手伝いする態度を見せようというなら、しょうがない、やるしかない。でもこの逆向きの方向もちゃんとやっているし、もっと積極的にやるのだと言ってほしい。<人は戦争する>→<抑止力で抑える>→<大国が核兵器をもってバランスさせる>路線にしかないというのはどうしても嫌なのだ。意地でもそれ以外に選択肢はあるといいたいのだ。

当方のアイデアは
i) 国際災害救助隊を結成する。日本が音頭をとって、世界規模で作るか、日本独自で作って世界中に派遣する。これは以前にも提案した。おそらく後者から始める方が現実的である。日本では現在戦争で死ぬより災害で死ぬ人の方が圧倒的に多い。世界規模でも災害で死ぬ人は増え続けるであろう。現在の自衛隊や警察のバラバラ派遣ではなくて、現在の派遣人数の10倍以上の規模で、それ専門の国際災害救助隊を結成し、世界に派遣するのである。現在やっている国際災害救助活動は、世界に大きなインパクトを与えていないだ。やっている人は大変であるのだが、現実にはインパクトが足りないのだ。

以前書いたから(2014-9-06たまには違うことも書きましょう)話をすっ飛ばすが、公海の機雷排除は国際災害救助隊の活動範囲に入るのかという議論を展開したいのである。現在の自衛隊の世界規模での活動の容認を議論するより、もともと他国侵略はありえない、国際災害救助隊がどこまでリスクをおって活動できるかという議論の方がましと思うのである。国際災害救助隊のほうが自衛隊より隊員のリスクが少ないと言うことは無い。リスクをとらないで世界に貢献することは無理だ。しかし、そのリスクの意義が違う。
作家あがりの元政治家、今コメンテーターが同じことを言っていた。当方のあまり好みで無い人物であるのが残念であるが、同じ考えのヒトもいるのである。

ついでに、災害増加の一つの大きな原因である温暖化にも真面目に対応するべきだ。

ii) 核エネルギーの今より10~100倍安全な利用法の開発に資源投資する。現状では原発は無理だから、代替エネルギーへ転換する。しかし、核エネルギー技術開発はもっと積極的に行うべし。単に核エネルギーに反対しても上述の<逆向きの流れ>は起きない。ベネフィット/リスクを考えるなら、現状で原発は無理だ。一発の大地震で日本は壊滅してしまう。一発の大地震は近々起きるに違いないのだ。 しかし、ベネフィット/リスクこの比率を上げる努力をしないで核エネルギーを完全否定するのはバカである。核エネルギーでお湯沸かして、電気をつくる、核の捨て場のアイデアは無し、などという原始的技術は笑っちゃうよ。人間はそんなバカなわけはない。
力なくして、世界を救済できるわけはない。技術開発は力だ。テクノロジーの発展が人の生活を阻害するとしたら、それは使い方が間違っているからだ。

この2つは、世界貢献とともに、日本技術の発展と日本経済・貿易の発展、国際発言力の向上を伴うもとがとれる話なのだ。今日のニュースで、災害対応ロボット世界大会で、日本は韓国に惨敗したそうだ。日本はグローバル・ビジネスチャンスを真面目に考えていないのでは。

<起承転結>になっていますか?
目的を自国防衛と世界平和貢献の2つに分断するのです。両方をこちゃごちゃに混ぜない。
それぞれに対する手段を日米同盟と国際救助隊とするのです。双方相反しないのだから、実現可能です。

もう一ついいわすれました。
歴史認識、戦争責任の問題です。これはベルリン旅行で随分と勉強しました。
これはドイツに見ならうべきところがあります。
歴史を、事実を教育する。これが戦争責任として最もやるべきことです。当方は戦後すぐの人間で、戦争に関してもっとも知らされていない世代の人間です。当時、戦争を語ることはタブーだったのです。これはまったくいけません。ちゃんと教育して知らしめないと。いまの若い人はあまりに戦争歴史を知らな過ぎる、これは異常だ。
戦争の歴史だけではありません。古代日本と大陸の関係を、中国、韓国がいかに日本に影響を与えてきたかを、知りうる限りのことは知らしめなければならないし、さらに研究をすすめなければなりません。 日本は大陸からの影響を大きく受けながら、独自の、もしかするとそのルーツより優れた文化を作ったことを、当方は京都での生活からやっとその流れを知ったのです。大陸に対する敬意とそれに並んで日本文化と日本人の優秀性に自信を持つことが出来たのです。人生の終わりになってやっとです。今日は長くなりすぎたので、この京都での人生の転換点に関してはまた後で述べましょう。

歴史を知る。大陸に対する敬意を持つ。日本文化を知りそれに自信を持つ。この3つがないと、中国や韓国との関係はスムースに進まないでしょう。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ベルリン・フリー旅行 その15 後記1

2015-06-07 20:19:55 | 旅行
ベルリン・フリー旅行 その15 後記1

ベルリン・フリー旅行とは何だったのだろうか? 特に当方の強い要望で始まった旅でもないので、ウワーという感激が伝わらなかったでしょうから、読む方の大半には面白くもない旅行記になってしまいました。 だいたいほとんどがダークツアーですし。でも、間違いなく記憶に残る、面白い旅でした。

さて、今回の旅の戦利品。


ベルリンの壁グッズ


アンペルマンお弁当箱 カメラ機材をいれる箱として使うつもりです。


ドレスデン城ショップで買ったガラスコップ。左が3000円くらい、右が500円くらい。


サンスーシ宮殿で買った小さなカップ


ユダヤ人博物館で家内が買った、ノアの箱船切り紙細工。

あとはバームクーヘンを幾つか。これで全部とは、ドイツにとってとんでもなく役立たずの観光客ですね。

カメラ機材について、今回の機材はSony alpha7R + Sony/Zeiss 16-35mm とSony alpha7S + フォクトレンダーVintage line 50mm F1.5 Aspherical VMでした。途中で交換しています。あとcoBORGも持って行きました。


Sony alpha7R + フォクトレンダーVintage line 50mm F1.5 Aspherical VM


Sony alpha7S + Sony/Zeiss 16-35mm (Vario-Tessar T* FE 16-35mm F4 ZA OSS SEL1635Z)


Sony alpha7S + coBORG(実質330mm)

(最近この組み合わせを多用しています。ISO10,000当たりを使っています。)


Panasonic Lumix GH4 + Olympus M.Zuiko 14-42mm

(この写真は上の機材を撮った、組み合わせ。最近Olympus Air とOlympus M.Zuiko 14-42mmのキットを購入。キットではOlympus M.Zuiko 14-42mmは単独購入の1/2ぐらいの価格。この豆レンズ、とっても良く撮れるし、寄れるし、Olympusレンズには脱帽ですよ。Olympus Airに関しては後程レポートします。)

最近、自然教育園でも、いつのまにかSony alpha7Sを使う頻度が増加しています。暗くても写せる、超広角でも周辺減光が無い、この2つのメリットから使い易い為にこうなったのです。暗い所ではSony alpha7Sしか使えない場面がでてくる、しかし、受光面の画素数が全然違うので、画質はSony alpha7S <1240万画素(総画素) 標準:ISO100~102400 拡張:ISO50~80、128000~409600>よりSony alpha7R<3680万画素(総画素)標準:ISO100~25600拡張:ISO50、51200>の方が間違いなくいいのです。Sony alpha7Sの使い方はまだまだ試行錯誤です。

最近の海外旅行の写真でいいものが無い反省から、フルサイズ広角領域を弱点と考えてSony/Zeiss 16-35mmを用意しました。その結果はどうだったのでしょうか? 旅行ではSony/Zeiss 16-35mmは使い易く、Sony alpha7Sと組み合わせれば、ほとんどのケースをカバーしてしまいます。しかし、残念ながら、心に残る絵は皆無。なぜだ?

低画素数のSony alpha7SにSony/Zeiss 16-35mmズームをつけた装備ではブログ上の見た目にはコンデジCanon IXYとなんら変わりないことになってしまいます。<なんてこったCanon IXY一台でよかったということか?>

今回の旅は、いい景色といえる所が無かった、展示写真をさらに写すという場面がとても多かった。なんだかんだで、絵を作るというより、情報を伝える写真になってしまったのか?  だいたい、ポルトガルからベルリンに変更したから、撮影の目的を見失って、ヒットラー、ベルリンの壁、ユダヤ人など、やったこともないのに報道カメラマンみたいなことをやろうと思ったのが間違いか。いや、それしかなかった。腕が悪かっただけだ。

もう一つ考えられることとして、当方はズームを使うといい写真が撮れない。これは毎度のことで、最終的にはズームを売りとばす結果に終わるのです。ズームは単焦点より画質が落ちるというけれど、仮にそうだとしてもそれが原因ではないと思う。ズームのような便利なものを持つと、いつのまにか<報道写真撮り>になってしまうのだろうか? ズームはどうしても無個性であり、心に残る写真があるとすると、それは単焦点の個性がたまたま作り出してきたというのだろうか?

フォクトレンダーVintage line 50mm F1.5 Aspherical VMはMFでの標準写角撮影として、大人の写真を期待したのだが、実際は大人の写真を撮る余裕が無かった。フリー旅は旅の計画を実行することにエネルギーの80%以上を使い、残りの20%で、やっとこ撮影している状態なのです。残りのエネルギーはわずかなのに、それでも色々な試みをやることはやっているのです。超低アングルで花を入れて建物を撮ったり、超広角のパースペクションを生かす撮り方はいつもですが、標準レンズ・街角スナップを試みたり。結局、思ったようにいかなかったのです。なんか、アイデアがワンパターンなんだよね。

どんなところでもいい写真がとれるのが、写真家だとか言って、ベルリン旅に同意したのだから、どんな言い訳も、自分として納得できません。ほんと、これから海外旅写真をいったいどう撮ったらいいのでしょう???

  また原点にもどって、Sony alpha7Rと単焦点レンズだけで勝負。これで撮れない写真は撮らない。(それで。結局、ポケットにCanon IXYをいれてゆくのかな?)

そうそう、白金自然写真クラブの先輩がペンタックス645Zを使って、感激していました。持てるうちに、使った方がいいというアドバイスです。残り少ない人生をポケット・Canon IXYに向かおうとするのか、真反対のペンタックス645Zに向かおうとするのか、645Zは最低レンズ一本と三脚を持つとして、5kgか。マクロレンズ一本持ちですら装備全体は6kgを超し、用意するお金は100万円。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする