小さな旅、大きな旅の写真物語(Virtual trips/travels)

京都や東京を本拠地として、自然の中や町を歩きながら、撮った写真をどんどん掲載します。いっしょに歩いているように。

コロナ対策 2021-8-5

2021-08-07 11:14:16 | 日記
コロナ対策 2021-8-5

1、変異株対応が今後の世界の中心課題となるだろう
変異株のでき方に関する基本的理解
1)変異は、子孫を作る為の親(ウイルス)の分裂回数に比例する。子孫を作る為の親(ウイルス)の分裂は感染者数に比例する。すなわち、変異頻度を下げるには、感染者数を下げることが必須である。
2)変異の結果の99.9%は親より出来が悪い。99.9%は淘汰されるが、最適な変異株が生き残って他を排除して全体に入れ替わる。すなわち、生物界では多様性の全てが生き残ることはあり得ない。必ず淘汰がある。

このように、自然は多様性を積極的に使うが、淘汰が前提である。しかし、驚いたことに完全に淘汰されずに結果的に多様性が一部残る。多様性を裏に残す。いつでも表舞台に立てるように残すのである。この絶妙なバランスが自然である。

人間は多様性を容認することを主張することはいいが、すべての多様性がイーブンに共存するというルールは自然の生物界には無い。ヒトは多様性を議論する時に生物界のルールをポジティブであろうがネガティブであろうが心すべきだ。ヒトは神様ほど完璧でない。

3)ワクチンは感染の重症化を抑制するだけで、感染の完全な防止はしない。ということはワクチン接種者が自由に行動することは無症状者をどんどん増やすということになる。感染者数の増加は変異株の発生を助長する。ワクチンが効きにくい変異株の増産をしていると言うことだ。これが世界中で起きる。この変異が、軽い症状に向かうか、重い症状に向かうかは神のみぞ知る。感染が若い人に向かっていることだけは確実だ。軽い症状に向えば新型コロナはインフルエンザと同じになる。大局的には変異が軽い症状に向うことは間違いないのだが、それがいつかはわからない(人を皆殺したら、ウイルスも絶滅する)。

世間は防疫体制を強化して、変異株の侵入を阻止せよという、それはそうすべきだが、結局は完璧には出来ないと思う。しかし、侵入を遅らせることは重要だ。全てはall or notではない。やれることをやってゆく攻めぎ合いの積み重ねでことは決まる。

当面の急拡大する感染者数をどう抑えるかは重要だが、こんなことはクレア―して、次の課題変異株対応に傾注する必要があるのだが、現状はメチャクチャな状態だ。

2,ワクチン接種後の世界
アメリカやイギリスでワクチンが広まって、マスクをはずして騒いでいる図面は政府が意図的に容認していることだ。マスクをはずして騒いでいる図面は欧米の医療専門家は良しとしていないことは明らかで、まずはワクチンを広めるための政治的決断と思われる。すなわち、科学的観点と、政治的観点のバランスを理解の上で決断している。マスク嫌い、および強固なワクチン拒否集団の存在する欧米の決断であり、日本が、欧米でやっているからと言ってそのままマネする話ではない。政府も国民も日本人全体が欧米の真似するのが好きであるから、あえて言っておく。

秋口には、日本人の大半がワクチン接種が終わるはずだ。そうするといかなる宣言をしようが、爆発的に旅行や飲み食い会合が始まる。
ヒトのことはどうでもいい、我々家族は如何に行動するかを考えている。上記を総合的に考えると、抗原検査とワクチン接種証明を持つ人に限定した旅行ツアーに参加するのが最も安全、リーズナブルという結論になる。無論100%安全ではないが、抗原検査とワクチン接種証明を持つ人に限定した旅行や飲み会が当面の<withコロナ体制>であることは明らかである。政府がこの方向を支持して、この資格を持つ人にGoToキャンペーンしてくれればいうことないのだが、どうせ、ワクチンを受けられない人に不公平だという反論を怖がって、ハナから考えないだろう。

3、中等症以下は自宅療養などと恐ろしいことを言い出した
ところが政府は、次の日にこれを撤回した。申し訳ないが、菅政権は気が狂っているとしか思えない。多少、冷静に言うと、菅政権の物事の判断基準が現実に対して全く狂っているということだろう。
1)ワクチンが出来た、これにより重症者を抑えられる。
2)抗体薬が出来た、これにより重症化を阻止できる。
3)緊急事態をいくら発出しても、感染者数は抑えられない。
4)オリンピックを今更やめられない。

これらを総合的に考えると、入院者数増加を1か月抑えられれば、なんとかなる。よって、入院患者を重症者に限定すればいい。ワクチン投与拡大と抗体薬治療導入で何とかなる。と菅総理は考えた。俺の決断だと胸をはった。昨日までは。

Ⅰ)現在のワクチン投与は最終兵器ではない。変異株の発生があるからだ。
2)抗体薬は色々な制限があり、現状は全面的に寄りかかれる武器ではない。(当方は、抗体薬が世に無いときから抗体薬の開発を試みてきた。結局は断念し、当方の人生における大きな失敗の一つである。よって大きなことは言えないが、何も知らない人よりはましな判断が出来るはずだ。) 抗体薬は作るのが大変で、その分コストはかかるし、供給も制限される。これをバンバン使うと、国費はかかるし、金持ちの買い占めだといって世界中から非難されるだろう、第一これまで使ったこともない薬を、医者の管理が十分できない状態でバンバン使うなどということは当面不可能だ。医者はわからんとも言えずに、わかったようなことをいっているが、使ったこともない薬を、在宅でどう使うかなどわかりようもない。半年もすれば可能になるかもしれないが、しばらくは無理だ。
3)オリンピックが人出を増加させているというが、ではオリンピックがなかったら、今の人出が減っていると言える人はいるのか? オリンピックがあるから息抜きになり、家でテレビ観戦するから人出増加が抑制されるという意見を否定できるのか? オリンピックをはなれて、現在の感染者拡大を止める方法を生み出す必要がある。結局は感染者数が増えると、皆が危機感を感じて、自動的に抑制がかかるのかもしれないが、為政者は神頼みというわけにはいかない。

4、当方は以下の2つを主張したい。この考えはオリンピックバブル体制の推移を見で、こう思うようになった、オリンピックバブルのたまものである。 
1)中等症以下の希望者を収容する大規模施設を用意する。なんとかアリーナにオリンピック村の段ボールベットを持ち込んでもいい。手持無沙汰な医者がいっぱいいるのだから、なんとか医者や看護師を集めよう。完璧でなくても自宅療法よりはましだ。野党は腹を据えて、この一点にかけて、完遂すれば、存在価値が初めて生まれるのに、こんなチャンスはないのに。なにを揚げ足取りばかりしているのだ。

2)抗原検査とワクチンパスポートを持つ人だけが遊べる特区を全国に作ろう。店が開けないで手が空いている人はこの特区に集まって、店を開く。巨大フードコート、巨大歓楽街だ。
ワクチンを打てない人は毎日の抗原検査をすればOK。罰則の無い宣言しても効かないのだから、無駄な規制より息抜きの場を作ってあげる方が効果がある。抗原検査とワクチンパスポートは完璧でない。完璧でなくてもいいじゃないか。抗原検査とワクチンパスポートは確実に感染者を減らせるだろう。特区が魅力的なら、若い人もこぞってワクチンを打つだろう。これはこの特区の成り行きをきちっとフォローすることが前提だ。実証実験をするのだ。社会における実証実験をけしからんという人が少なくない。では、未知の危機に対する対応をどうやって見つけるのか? 全て、海外の情報を見て動くのか? 自分たちでリスクを負わずに、自分たちで未来を切り開かないことが当方には最も気に入らないことだ。やることをやらなければ、いずれはつけがまわると。これが当方の主張の根幹だ。

政府は投げ出している。これは民間に頼るしかない。民間が打って出るチャンスではないか。上記2点は、民間でやろう。政府が出来ることはこれまでしてきたこと(これをよくやってくれたとリスペクトするが)、それ以上は出来ないなら、野党も動かないなら、あとは民間でやるしかない。

また突然、本質論にはいる。自民党も、野党もどうしようもないなら、総理大臣を国民投票で決めるしかない。当方は専門家でないから、具体的システムはわからないが、アメリカ式にするのか、韓国式にするのか。無論問題が生じるだろう。小池百合子氏のような大衆扇動のうまい人が総理大臣になる可能性も大いにある。しかし、失敗して学ぶことも必要だ。国民は、なんとなくそれほどバカでないような気がする。

こういうことだ。コロナ対策は半分は科学的判断が不可欠であり、一般の政治手法では対応できない。ワクチンにせよ抗体治療薬にせよ、最終兵器にはならない。やれることをコツコツ積み上げてwithコロナの世界を開拓する必要があるのだ。アイデアと試みが必要なのだ。科学は99%の失敗の上に前に進んでゆく。失敗は当然であり、乗り越えて行くことが必然なのだ。現政権はコロナ対策において、もっとコツコツとやることを積み上げてくるべきだった。これからでも遅くない。もうすぐ終わりだなどと思ってはならない。科学的判断が不可欠な世界では人気取りは意味ない。コツコツとやり、失敗し、さらにコツコツやる。指導者の資質も同じ部分が必要だ、人生の中でいかに自ら、経験し、試み、多くの失敗をし、それを乗り越えてきたかが、その人の器として見えてきてしまうのだ。国民はバカではない、それを見透かしてしまうのだ。
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コロナ対策 2021-7-30

2021-08-02 20:44:15 | 日記
コロナ対策 2021-7-30

最近思っていること
1, ワクチンを打てば事は終わるという思い込みが、新型コロナ対策に知恵を絞ることを国民も政府もマスコミも放棄してしまった。
2, 菅総理の記者会見は、ロボットで代替できる。
3,尾身会長の狡かつさは反吐が出る。メディアはなぜこの人の実体を暴かないのか?
4,国民とマスコミは<政府はインパクトのあるメッセージを発信せよ>という抽象的主張でなく、<事実に基づいた詳細な解析を発信せよ>と主張すべきだ。
5, 新型コロナに関する問題点を全てオリンピック開催批判という安易な方向に終始する、国民、マスコミのいい加減さに反吐が出る。

感染研、およびその関係専門家(尾身会長も含む)に関して、
これは当方の現役時代に感染研との研究者としてのインターラクションの経験に基づくもので、それは限定されたものであり、実態を反映していないかもしれないことを言っておく。
しかし、分かっている範囲で意見を言うしかしょうがない。
感染症に関する専門家の中心である、感染研は新型コロナに対してこの1.5年間なにをしてきたのか全くわからない。新型コロナの電子顕微鏡写真しか記憶にない。
現役時代に感染研との研究者としてのインターラクションの経験によると、感染研とは10年論文を書かなくても生きて行ける研究者が給料をもらえる国家研究機関(税金で賄っている機関)という驚くべき国立研究所という認識だ。尾身会長は1報しか書いていないと誰か言っていた(本当のところはわからない)。

危機的状態だと毎日連呼すること、変異株は若い人も感染すると連呼すること、緊急事態宣言をダラダラ出すこと。この効果が無いことはご承知の通り。

当方は、現状を批判するのでなく、打開策を述べることを毎回やってきた。この策が当たっているかどうかはやってみなければわからないので、ご随意に批判してください。ただ批判するなら代替案を提示してください。




変異株は低年齢の方にも感染します。10才未満にも確実に感染し、10才未満の感染者は確実に増加しています。

毎日、若い方の感染が広がっているから若い方は行動を自粛せよ連呼するばかりでなく、マスコミは次のことを連呼しましょう。50才台、40才台問題とか言ったって、この世代はやることはやっているのですからこれ以上言っても意味ありません。小さな子供のいる家庭の父親、母親は若い方です。若い方は、自粛する人としない人にはっきりと分かれています。自粛しない若い人の行動が子供に危機を及ぼすこと、ひいては社会全体の感染拡大を爆発させることを主張しましょう。視点を中年ではなく若い子供中心にシフトしましょうと言っているのです。
ワクチン接種により高齢者を守るという主張が意味うすれて、次に中年を守るという主張に終始しても効果は低い。子供を守るという視点にした方が効果があるという主張です。

毎日登場するお馴染みの専門家コメンテーターは若い子供は心配しなくていいとお茶濁すことに終始しています(同じコメントを繰り返す専門家を使い続けているマスコミは怠慢以外の何物でもない。現在毎日テレビに出てくる専門家は皆、立ち回りがうまい、感染症専門家になってしまった。おそらく暇なのでしょう、真剣に研究している人はあんなに暇なわけがない)。当方と同じ意見(若い子供の感染に真剣に危機感を持つ)専門家もたくさんいるのです。

低年齢の子供を持つ親は全く貧弱な情報の中で、楽観論に従うか、無視して毎日を過ごすかしかやりようがない。毎日生きて行くためには不安になることは考えないようにすることしか選択の余地はないのです。

上図の太い矢印はインフルエンザの主要感染拡大経路です。新型コロナ変異株でこの経路が起きるのか、起きないのかが最も重要なことです。しかし、この図面の詳細な実体を逐次報道することが全くなされていません。実体を把握できていないのか、政府が報道を抑制しているのか、マスコミがその重要性を認識しないために報道しないのか。いずれかわかりません。
東京の10才未満の感染が100~150名/日を越して、確実に増加しています(10才台が200~300名/日)しかし、その実態の詳細がちっとも伝わってきません。この100名が家庭内感染なのか、学校や保育園でのクラスターなのかわかりますか? 東京都感染者総数3000~4000名/日において、100名/日はたいしたことないと言っても、当事者にはとても重要なことなのです。しかも、小さい子には現状ワクチンは打てないのです。栃木県は100名/日を越えているから蔓延防止対策適用を政府に申請したそうですが、栃木県の総人口と、東京都の10才未満の人口はほぼ同じはずです。東京の10才以下の感染が100名/日で増加していることはだれも問題にしないのは不思議。

何故、10才未満にこだわるかというと、変異株はどんどん若い方への感染にシフトしているのが明白です。ウイルスは生き残りをかけて変異します。常に感染できる人をさがして変異します。デルタ株に注意と言ってから1か月もたたないうちにもう蔓延しています。デルタ株で終わりなわけはありません。次が始まります。新しい変異株に対応して、新しいワクチンは短期間でできるでしょう、それだけ現在のRNAワクチンはすばらしい。しかし、ワクチンは海外頼みです。今のようなゴタゴタが続く可能性が高い。10才未満の方が重症化するような変異株はそう簡単には生まれないでしょう。それをメインに心配しているのではありません(ただし、軽症だってきついんですこの新型コロナは、なんたって肺炎ですこれは)。世の中が注目していない若い人を媒介して感染が終息しない循環に陥ることを心配しているのです。実体を調査・解析して把握し、これを公表してゆかない政府と専門家集団が信用できないといっているのです。

感染経路の実体を詳細に解析して、逐次発信するのが、感染研の役目ではないでしょうか。感染経路の実体が分からないなら、分かるようにするのが感染研の役割ではないでしょうか。それは政府と保健所の役割であるというなら、感染研の存在意義はどこにあるのでしょう。
ただ政府の要望に従って、実態調査し、政府の都合のいいようなデータを作り上げるのが、あるいは、ただ回ってきた感染サンプルの変異株の種類を調べるのが感染研の役割なのでしょうか? 少しは研究者としての意地をみせたらどうですか。

感染拡大は人流拡大にある、酒を提供する飲食にあるという政府の主張が伝わらないのはその主張の根拠がない為に国民が反応しなくなったということです。
どういう世代のどういう行動が、感染拡大をまねいているかさっぱりわかりません。実体を淡々と報道してください。上記図面のどこが問題なのか、どこに重点をおいて対策をしたらいいのか全くわかりません。マスコミの大衆受け狙いオンリーの態度にはうんざりです。全ての番組とはいいません、どこかでは実体を淡々と報道してください。実体が分からないなら、分からないのは問題だと連呼してください。

当方の去年書いたコロナ対応シナリオには第5波などありえないことだった。ここまで為政者が無能だとは予測もしなかった。誰もが予測していた第3波に対する対応がいい加減だったことから、その後の対応は何もできなくなって、収拾がつかなくなった。政府と専門家集団は弁解の余地なく、無能だった。

感染研の体質の代表である尾身会長の立ち位置は何なのだ? 新型コロナ対策の専門家としての責任をもって1.5年やってきた専門家が、うまくゆかないとコロッと態度を変えて、うまくゆかないのは政府のせいだと、シャアシャアと言う。人流抑制だけではこれ以上もたない、全ての対策を行えと今頃いいだす。人流抑制だけやっていればいいと言ってきたのは誰だ。ただうまく立ち回っているだけではないか。

マスコミはオリンピックのメダル成果と、オリンピック批判を交代に流すばかりだ。ただうまく立ち回っているのはマスコミも同じである。 さらに、なんやかやいってもそのうち政府がどうにかしてくれるだろうと、観客席から眺めてビールやコーラを飲んでいるのが日本国民である。   オリンピックバブルは穴だらけと非難を続けていたマスコミは最近静かになった。オリンピックバブルが日本においてはもっともまともな感染対策をしていることが示されてきた。当方はオリンピック、コロナ対応が、日本でまじめにやる唯一のコロナ対策<実証実験>だから、ぜひオリンピックをやれと言ってきた。<実体の調査・解析と実証実験の重要性>は日を改めて述べる。

さて長くなるので、いきなり本質論に入ると、
このように立ち回りのうまい人間だけが偉くなり、本当のことを言う人間が淘汰されてゆくこの流れを作っているのは日本国民自身にある。日本国民全体は、<未来を切り開くこと>をすっかり忘れてしまったのか。

官僚も同じ、立ち回りのうまい人間だけが偉くなり、本当のことを言う人間が淘汰された結果、政府の行動に全くインテリジェンスの匂いが無くなった。菅総理は、霞が関の狭い世界を支配するに長けていることしか見えない。真実はもっと広い世界の現実で動いている。もっと広い意見を聞いて、本質を理解し、まとめる能力がなければ、現実は破綻する。その前の安倍総理も気に入らない人材を徹底的につぶして(裏情報によると、これはすさまじいらしいです)、確固たるお友達集団の世界を作り上げ、存続し続けた。この世界はなお続いている。

日本国民は世の中が完全に破たんするまでは嫌なことは目をつぶって、ぬるぬると生き続け、平和ぼけに入り浸っている。政府も国民も、日本中皆同じではないか。

日本国民全体は、<未来を切り開くこと>をすっかり忘れてしまったのか(唯一期待できるのは大企業からベンチャーにおける真剣な一部の企業集団だけである)。
先を読んで素早く、確実に対応することが生きて行くために必須のことだ。
問題が起きてから全てに文句が無いように、失敗することが無いように、すなわちノロノロと対応することが当たり前と思っている。これは平和な世界でしか通用しない。現実には、ずっと続く平和はあり得ない。もう限界だ、いい加減にこの平和ボケ世界を変えたい。

オリンピックをみればわかる、やることやった人がメダルを手にする、やることやってもメダルをとれないこともあるが、やることやらないでメダルをとることはできない。日本はやることやっているのか??

文句を言うなら具体策を提示せよ。長くなったので、これは次回にまわします。

2021-8-3 政府はまた、中等症以下は自宅療養だなどと恐ろしい事を言い始めました。 背景を探って、次回に議論しましょう。
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2021陶芸財団展 その2

2021-07-09 19:49:04 | 日記
2021陶芸財団展 その2
2021-6-23, 27
初日と最終日に2回訪れました。初日は中学高校の同期の方が2名見に来てくれました。





当方の作品は壁に掛けられず、寝かして置いてあり、これがとってもがっかりでした。
海物というのはなにを描いているかわからない方が少なくない。馴染み無いから、イメージが広がってゆかないのです。 寝かしておいてあると、見もしない方が多い。壁につるしてあると、否が応でも目に飛び込んでくるのですが。国立新美術館は平面作品をワイヤーで壁につるすのですが、後述の絵画展ではとても大きな絵がつるしてあり、少なくとも30kgはつるせると思います。陶器は大きな作品を壁につることが慣れていないので恐ろしかったのでしょう。



これは当方の小ぶりの陶絵画です。これも壁に飾ってくれなかった。机においても意味ないです。これでは、まるでバカです。つるしてバラバラになるのが怖かったのでしょうか?



入り口側から見ると、この列の一番奥に当方の作品が寝ているので、最初どこにも飾られていないとショックを受けたのです。 この写真は会場の半分です。





この2枚の写真の作家さんは同じ方で、当方が通っていた白金陶芸教室のスタッフをやりながら、ここを作成場所としていた若い作家さん、腰越さんです。上のシリーズはとても人気があり、デーパートやネットでよく売れる人気作家さんなのです。さらに下の写真のような超絶実写作品を作り続けています。この展示会ではこの作家さんが最も存在価値があると思います。現代は抽象より超具象が受けることと、アニメ的感覚が無意識にアートに侵入しているという流れを感じます。

この作家さん以外の作品はほとんど、未来の展開が見えません。

以下、前衛部門の作品をいくつか載せますが、よくできてますね、頑張ってますねという印象だけで、突き抜ける先が見えてこない。言い過ぎかな? 皆、大化けする可能性は秘めていると思いますよ。















以下の作品は当方の作品の横にならんでいて、関係者がいっぱい訪ねて来て、記念写真を撮ってわいわいしています。こういう方は当方の作品なぞ完全に無視です。一瞥もしない。





これも近くにあって、全く同じ。いっぱい関係者が訪ねて来て記念写真をとり、当方の作品は一瞥もしない。

実用食器部門は、当然ながら女性に人気です。






当方は陶絵画と銘打った作品を作っているのですが、以下の作品は正に陶絵画で、陶版に色付けした陶絵画です。この手の作品がかなりの数、展示されていました。どこかの教室の生徒さんが多量に応募したのでしょう。以前はこの手の作品は殆ど無かった。新しい流れかもしれません。 陶器で作る必然性があるのかな? とにかく、当方の陶絵画の方向とは全く異なる世界です。



インテリア部門の作品は結構多く、当方は以下の作品が気に入っています。



従来型の陶芸作品はどちらかというと以前より数が減ってきたかもしれませ
ん。皆さんロクロワークに反発するようになったのかもしれません。これは意外でした。









典型的大皿作品は本当に少なくなりました。





壺はまだまだ主流でありますが、みなさん色々新しい試みをしており、苦心の跡がありありと見えます。

茶器部門もかなりの数の作品が出ており、典型的作品に交じって、新しい試みをしている作品がちらほら見えます。もともと楽茶碗は前衛作家さんの好む対象なのです。







全体に、ロクロ離れ、伝統離れの流れではありながら、これまでの形から脱することが出来ない、どっちつかずの状態で、結局数年前の陶芸財団展より進歩しているとはいいがたい。しかし、この状態はある意味過渡期なのでしょう。これを受け入れている陶芸財団展は存在価値があると思います。


国立新美術館はいつも特別展以外に、いくつかの公募展が同時に開催されているので、ふらっと梯子するのも楽しいことです。全く異なるジャンルの展覧会に入り込んで、新しい発見をすることもあります。だいたい陶財団展も三宅一生の特別展を見たついでによって、面白そうだと思ってそれから数年後に応募したのです。

一階で2つの展覧会を見ました。ほんのちょっとだけ展示作品を載せておきます・

第60回記念 蒼騎展




第36回 日本水墨院展




さて、陶芸財団展の話に戻って。
見に来てくれた中高の同級生は、みな形にはまって面白くない、君の作品の満身創痍なところがいい、きれいにすることはない、そのままでいい。この展示会はやめて他の展示会に出した方がいい。ここは君の作品とは違う場所だよ。といいました。
家内は、ここの作品はみな破綻しないことを目指している。こじんまりしている。と同じようなことを言っていました。 
当方は、こう思います。アートは心が先にあります。絵画は心に従って何度でも描き直すことができます。 陶芸は、一発勝負です。破綻しないようにという心と、伝統という心が付きまといます。
アートは心を表現することが目的でしょ。この展覧会の作品は作品を作るが目的になっている。
当方は何度も表現を変化させることを陶芸に盛り込んでいます。釉薬も何種類も使い、焼成温度を変えて重層しています。ガラス技法も使い、入れ替えることが出来るようにブロック集合を使います。表現したい心は自然の実体にあります。まだ始まったばかりです。残りの時間はわずかですが、ただただ意欲が消えないことを祈るだけです。

腰越さんの作品は、陶芸大賞でした。賞の格の2番目です。一番目が文部科学大臣賞ですから、陶芸大賞は実質トップの賞でした。これを知らずに、当方は腰越さん以外は見てもしょうがないと上に書きました。ということはこの展示会の審査員は見るところは見ているのだなと思う次第です。しかし、見方によれば、これが陶芸財団展のトップですかということもできます。

さて、来年はまた陶芸財団展に応募するか、他の公募展にするか? まずは作品を何点か作ってから考えましょう。とにかくちょっと軽くすることとシッカリ壊れないように作ることを考えないと、壁に飾ってくれません。






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コロナ対策 2021-6-4

2021-06-04 19:35:35 | 日記
コロナ対策 2021-6-4
1,現在のコロナ対策には<仮説、実験計画、実験、結果解析、考察>というアプローチは存在していない
実業家は<調査、解析、戦略、決断>というアプローチを行い、研究者は<仮説、実験計画、実験、結果解析、考察>という異なるアプローチをしている。
現在の科学的為政者である感染症専門家集団は<調査、解析、戦略、決断>のアプローチで偉くなった方で、<仮説、実験計画、実験、結果解析、考察>のアプローチに長けてはいない。為政者(政治を行う人)は<仮説、実験計画、実験、結果解析、考察>というアプローチは考えたこともないし、全く考えることもできない。よって、現在のコロナ対策には<仮説、実験計画、実験、結果解析、考察>というアプローチは存在しない。新型コロナパンデミックは<未知の世界>が展開されているのである。<未知の世界>では<未知の世界>でずっと生きてきた研究者のアプローチも必要なのである。

2,<人流を止める以外に新型コロナ感染を止める手段はない>と心から思っている連中が科学的為政者として絶対支配していることが、問題の核心にあることをなぜ皆さんは気づかないのか!
新型コロナパンデミックは<未知の世界>が展開されているのである。現在の科学的為政者集団が、過去の経験と知識を頼りとする集団で排他的に寄り集まっていることが、その危険性を為政者が分かっていないことが最大の問題点である。彼らは本当に<人流を止める>ことしか考えていないのである。為政者は<人流を止める>ことと<経済的打撃>の天秤にかけて眺めているだけなのである。色々なアプローチで<未知の世界>を生き抜いてきた多様な人を集めて活用できない為政者はカタワである。

2,<未知の世界>に住んだことのない人々は<未知の世界>での生き方をしらない
周りで騒ぐ連中は<エビデンスを出せ><エビデンスを出せ>という。こういう数値になったら緊急事態宣言を出して、こういう数値になったら解除するか明確に基準を出せという。これが科学的アプローチだと叫ぶ。この連中は科学やエビデンスの本当の意味を知らないのである。
我々研究者の考えでは、本当の<エビデンス>は出せない。基準の数値は出せない。というのが答えである。未知の世界では《仮説、実験計画、実験、結果解析、考察》をやるしかない。
為政者は<こう考えるから、こういう戦略で行く。よってこういう試みを行う、皆さんついてこい。結果の解析はこう行う。そして実行し、結果を解析して、こういう結果になったから今後こう改良する。皆さんついてこい。> これがちゃんとできなければ、国民がついてこなければ為政者は交代する。
最初からエビデンスや基準があるわけではない。最初から答えがあると思ってはならないのだ。皆で答えを見つけるのだ。
未知の世界でエビデンスや基準を要求する人達は未知の世界に住んだことがないのである。ただ先が見えない不安で騒いでいる。

3,オリパラをやりましょう!
オリパラをやめろとnewsショウが大合唱している。
東京五輪組織委の橋本会長は「五輪の中止や再延期はない」、「選手の安全は私が守る」と明言した。発言に異論がある無しは別として、相手の立場に立ち、自分の命を賭けてやることをはっきりと言い切る。為政者のなかで初めて観客席からでなくフィールドで戦う人を見た。
他の為政者はどうやったら責任を回避できるかだけを考え、何ものかに守られていると勘違いし、自分は観客席で観戦しているだけであること自体に気づいていない。

菅政権は初めて血眼になってワクチン接種の加速を画策している。
為政者は本気になって、<感染症対策>と<オリパラ>の両立を実行しようとしている。こられは全て<感染症対策>と<経済活動>を両立させる手段となる。初めて真剣に<危機対策>を考えるようになった。
このようにオリパラという具体的目標を示されれば、為政者はどうしたらいいか頭が回るようになった。<未知の感染症対策>ではまったく頭が回らなかったのである。
政府は自衛隊だの大企業だの、オリパラ組織だのは自分たちがコントロールできるし、ワクチンというわかりやすい手段を手に入れて、これまでの自分たちのペースに引きこめるから頭が回るようになった。

4,このチャンスで日本の<未知の危機への対応能力>を獲得しなければならない。
ワクチンが広がったから、このコロナ禍が収まると思ったら大間違いだ。今後の危機対応が出来るようになるにはwithコロナの具体的方法を会得しておくことが必須なのだ。オリパラでの危険性という犠牲を払ったとしてもwithコロナの具体的方法を会得する方が今後にとって重要である。
オリパラの危険性は人流ではない、世界中のコロナ変異株の日本侵入に対抗する具体的方法を会得することが最も重要である。尾身会長の人流が増えると言うオリパラ批判を世間は後押ししているが、<人流を止める以外に新型コロナ感染を止める手段はない>という自分の信念を守り、どうやったら、この信念に基づく、これまでの、これからの対策の責任を回避できるか、およびオリパラで目が覚めた政府からコケにされた腹いせからの発言に見える。
彼にとっては正念場なのだ。緊急事態宣言でも人流は止まらない、人々は<人流を止める以外に新型コロナ感染を止める手段はない>という考えを支持していないのだ。オリバラで政府が<人流を止める以外に新型コロナ感染を止める手段はない>という考えに従わなくなり、彼の信念が否定されれば、ひいては経済的損失は全て彼の信念を押し付けたことに起因すると袋叩きに合う危険性を感じているのであろう。

いいですか、オリパラで数万人がうごくことは、毎日の通勤人口や若者の行動から見れば微々たるものだ。一番怖いのは、膨大な患者を有する国でワクチンが広まって、ワクチンをすり抜ける変異が起きて、それが日本に流入する危険にさらされる、これが何年もの間続くことにある。
さらに、将来<未知の危機>が再び起きた時に、日本はなにも学んでいなかった、相変わらず<未知の危機への対応できない>ままであることだ。

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Newアート考察 その5 ~天王洲アイルは東京のアート発信地となりえるか?~

2021-05-31 17:00:36 | 日記
Newアート考察 その5 ~天王洲アイルは東京のアート発信地となりえるか?~

<コロナ禍での風景>は偶然、天王洲アイルのアートに出会い、<Newアート考察>へ突入しました。

2021-5-25
新しい発見をしました。目黒駅発の都バスは当方の家の前のバス停、白金台駅前から品川駅を経由して大井競馬場までゆくのですが、その途中に<天王洲橋>というバス停があり、ここから天王洲アイルはすぐであることを発見したのです。バス一本、15分で天王洲アイルまで行かれます。 自然教育園に天王洲から毎日来て歩いている方がいますが、なんでそんな遠くから毎日来るのかと不思議に思っていました。自然教育園は白金台駅のつぎのバス停で降りればいいのです。

さて、今回から題名が付きました。<天王洲アイルは東京のアート発信地となりえるか?>という明確な命題をもってブログを書き始めます。

撮影はすべて、Fujifilm GFX100S + GF110mm。 特に機材を意図して撮影していませんが、とにかくこの機材に慣れることが目的です。

<天王洲橋>でおりて、ちょっと行くと天王洲運河に出あい、新東海橋を渡ると天王洲アイルです。今日は天王洲アイルの対岸のボードウォークを歩き、一昨日の天王洲アイル撮影地を対岸から撮影、さらこの近くにある大規模なギャラリービル、Terrada Art Complex I/IIを訪ねました。

このterradaというのが天王洲アイル地域の重要なポイントなのです。ネットには次のような説明がありました。
<天王洲アイルは1950年代に倉庫街として使われていた。この時に寺田倉庫という会社がこのエリアで倉庫を建てた。オフィス街、住宅街からは遠くてがらんとしていたと言われている。1980年代港周辺を中心に開発が進み、様々な娯楽スポットが誕生。1992年には東京モノレールの開通もあり、倉庫街から住める・働ける街に。このころから寺田倉庫が天王洲のまちづくりに関わりはじめるが、バブル崩壊後人々の足も遠のいてしまう。そこで1997年に寺田倉庫を使って、お洒落な高級アメリカンレストランT.Y.HARBOR BREWERYをオープン。様々な取組で天王洲の認知向上に貢献し、2013年にはTerra café Barがオープンした。>  (Terra café Barは保存食をつかったカフェだったのですが閉店したようです。)

寺田倉庫のビジネスモデル/主張は
<美術品保管を主軸に、美術品修復・輸配送・展示といった分野に加え、画材ラボ「PIGMENT TOKYO」・日本最大のギャラリーコンプレックス「TERRADA ART COMPLEX」などの芸術文化発信施設の運営を通じて、天王洲をアートの一大拠点にするための街づくりに取り組んでおります。>

当方のブログ、
Newアート考察その5 天王洲アイルは東京のアート発信地となりえるか?-1
Newアート考察その5 天王洲アイルは東京のアート発信地となりえるか?-2
Newアート考察その5 天王洲アイルは東京のアート発信地となりえるか?-3

では寺田倉庫が運営するアート拠点およびレストランとして、
集合ギャラリー/カフェ TERRADA ART COMPLEX I/II
美術館/美術品保管倉庫 WHAT(WAREHOUSE OF ART TERRADA)
ギャラリー/カフェ WHAT CAFE
画材ラボ PIGMENT TOKYO
レストラン T.Y.HARBOR BREWERY
を訪ねました。

寺田倉庫は地の利を生かして、これ以外にもいくつも新しいビジネス拠点ビルを運営しているようです。つまり天王洲アイル周辺のアートやnew businessの巨大な<パトロン>になっているのです。
当方は今回初めて天王洲アイルを探検しているわけで、寺田倉庫さんは無論それ以外のこの地区の構成やビジネス、地域振興の流れのほんの一部を知ったにすぎません。


新東海橋のたもとからボードウォークに降ります。


目黒川水門を裏から見ます。




対岸、東横INN立体駐車場 ARYZ(アリス)の壁画。“The Shamisen” Shinagawa 2019で描かれた。 鈴木春信の浮世絵 「見立芥川」を題材にしている。


対岸のボードウォーキング地域


この壁画のあるビルはパナソニックの有休施設の活用をパナソニック、三菱地所レジデンス、寺田倉庫がコラボしてリノベーションし、レンタルオフィス等で構成される複合施設としたらしい。さらにテレビ東京天王洲スタジオを通り越して、Terrada Art Complexに向かいます。

当方は1年間ボストンで暮らしたとき、チャールス・リバーにかかるハーバード・ブリッジのたもとのアパートに住んで、MIT(マサチューセッツ工科大学)に自転車で通っていました(ボストンの町は自転車で十分なのです)。 ここからのびるニューベリー・ストリートにはいっぱいギャラリーがあり、休みにはいつもここをうろついていました。ここのギャラリーは一点物の油絵が多く、割高なので、ニューヨークに出かけた折にソーホーでリトグラフ(石版画)やシルクスクリーンの量産物(といっても数量を限定した版画で(数百部以下)、刷った全枚数分のうち何番目か番号が記入されています)をいくつか買いました。ジャガールのリトグラフも買いました(値段から言って本物と思っていますが)。当時は、単身赴任でしたから、安い食事をしていれば、企業からの給与は余るので(家族には別口で給与が支給されるから、当方に支給される分は使い放題)、お金がいっぱいあったのです。

ギャラリーとは美術作品を展示するスペースのことで、以下の特徴をもっています。
1,美術館は入場料を取るが作品の販売は行わず、ギャラリーは入場料を取らないが作品を販売する。
2,ギャラリーはアーティストと契約を結び、その人物の作品を独占的に展示する。ギャラリーとアーティストが契約することについて、美術業界では、「アーティストにギャラリーが付く」「ギャラリーがアーティストを取り扱う」などと表現する。ギャラリーが付くことはアーティストにとっては自身のブランディングになるし、ギャラリー側としてもアーティストの飛躍に乗じて自館の知名度や価値を高めることを狙っている。
3、美術館や博物館(特に欧米)の展示物は、その後に美術の歴史に刻まれることが多いが、ギャラリーの展示物は、その手前のある種できたてほやほやの美術作品が多い。
4,ギャラリーの構造として一般的な四角く白い部屋には、「常識」という意味があり、中立で無味無臭というイメージも併せ持つ。

以上<現代美術家が選ぶニューヨーク・チェルシーで見るべき14のギャラリー現代美術家・伊藤知宏氏 | 朝日新聞デジタルマガジン&[and] (asahi.com) より引用>https://www.asahi.com/and/article/20190531/2613175/



Terrada Art Complex I/IIは2棟の大きなビルでその中に多くのGalleryが存在しています。Galleryですからほぼ通年何らかの展示会が行われています。あくまで当方の目にとまったGalleryとその展示のみをご紹介します。 天王洲地区のGalleryは全て撮影OKですので、
Fujifilm GFX100S + GF110mmでの撮影です。足りない分はネット情報として載せました。

MAKI Gallery
牧正大氏:1975年東京都生まれ。アパレルや画廊勤務を経て、2003年Sakurado Fine Arts(現MAKI Gallery)を設立。現在は表参道、天王洲、パリに展開。現代アートのコレクターで、数百点を所有。


牧正大氏 ネット情報

牧正大氏が約1000㎡という広大なスペースに、アートディレクターとして選んだ作品を紹介・販売する「MAKI Gallery」と、自身のコレクションを公開する「MAKI Collection」を設けた。



以下、MAKI Galleryにおける展示


鍵岡リグレ アンヌ
1987年神奈川県生まれの鍵岡リグレ アンヌは、東京藝術大学絵画科油画専攻を卒業後、同大学大学院にて壁画を研究。その後フランスに渡り、フランス国立高等工芸美術学校にてフレスコ・モザイクの技術を学び、現在は鎌倉にアトリエを構える。グラフィートという重ねた色層を削りとる古典的な壁画技法に布のコラージュを加え、そこに色層を重ねる独自のペインティング法を用いて立体感のある絵画を制作している。日常生活の中にある抽象的な風景に関心がある鍵岡は、世界各地で取材した水面の反射をもとに、彫刻的な造形性をもつ「Reflection」シリーズを2014年から描いており、その後「Reflection」から展開された水面に映る人物を抽象と具象の間で描写した「Figure」シリーズが加わる。さらに2019年のルクセンブルクでのアーティスト・イン・レジデンスをきっかけに、太古からの水の力により削りだされた壮大に連なる岩肌を繊細な生キャンバスに薄い層で描きだす「Element」シリーズが誕生。鍵岡の生みだす作品は、圧倒的かつ繊細な色彩で構成され、抽象と具象、平面と立体の合間を行き来し、絶え間ない変化と共に独自の世界観で観る者を魅了する。
主な個展に「A Moment of Immersion」Sakurado Fine Arts※(東京、2018年)、「Reflection: 2015-16」Sakurado Fine Arts※(東京、2016年)、「Anne Kagioka Rigoulet」Sakurado Fine Arts※(パリ、2014年)などがある他、フランス、日本、ラトビアなどでのグループ展や壁画プロジェクトに参加し、国内外のアートフェアにも数多く出展している。


ネット情報

この方の絵にであったのが最大の収穫でした。当方がやろうとしている水面の実写から起す陶絵画と同じ発想で描かれた絵画と思われます。先を越されたという感じですが、こちらは陶器ですから、また違った展開を生むことができるでしょう。


黒いのは手前に置いてある彫刻










アメリカ人気作家、ジョナス・ウッド「テニスコート・ドローイング」
テニス関連の絵のオンパレード。


トイレもテニス ネット情報


ギャラリー:「ANOMALY」(アノマリー)
ANOMALYとは、正論や常識では説明不可能な事象や個体、変則や逸脱を表す言葉

以下アノマリーでの展示

Aoki Noe個展「Mesocyclone」
青木野枝氏(あおき のえ、1958年 - )は、東京都出身の彫刻家、版画家。多摩美術大学客員教授。
武蔵野美術大学大学院修了。80年代の活動当初から鉄という素材に魅了され、工業用の鉄板をパーツに溶断し、溶接して組み上げるシンプルな作業を繰り返すことで完成する作品を制作。それらは素材本来の硬質感や重量感、さらには彫刻=塊という概念からも解放され、作品の置かれた空間を劇的に変化させる。主なコレクション先に国立国際美術館、豊田市美術館、愛知県美術館、文化庁がある。毎日芸術賞、中原悌二郎賞受賞、2021年には芸術選奨文部科学大臣賞を受賞。
青木 野枝(あおき のえ、1958年 - )は、東京都出身の彫刻家、版画家。多摩美術大学客員教授。

鉄を媒介にした空間表現が特徴とされる。 「重量感のある彫刻とは対照的に、軽やかで繊細、流れるような彫刻で知られている」[1] また、「鉄という見た目よりもずっと重い素材を使いながら、時には藤の籠のような、また時には草花のシルエットのような重量を感じさせない彫刻を作り出している。





Gallery : KOTARO NUKAGA額賀古太郎
東京天王洲に位置するTERRADA Art Complex内に、2018年秋、オープンいたしました。広々としたギャラリースペースは建築家、石田建太朗氏によってデザインされ、ここから国内外の先鋭的 アーティストの作品を発信いたします。
 現代アートギャラリーとして私たちの果たすべき役割は、一般化もしくは常識化された物事について、アートを通して改めて考えるきっかけを与えること、もしくはアートそのもののあり方について考える事です。そのような思いを共有できるアーティストと、ギャラリーが共に成長出来たら幸いです。

以下、Gallery : KOTARO NUKAGAでの展示
小林万里子「オーバーストーリー」
この方は自然の葉っぱや虫や鳥をモチーフに描いています。当方が今作っている海流渦巻に参考になると思って撮影。

小林万里子:多摩美術大学大学院テキスタイル研究領域修了。織る、染める、編む、刺す、といったテキスタイル技法を用い様々な素材を組み合わせていく方法でこの世界との結びつきを表現する。
人と動物を分ける境界線としての肉体が土へと還る長い時間や、死してから他の生き物として命が再生する道のりを描くことで、我々が「人」として生きる「今」という時間を繙くように制作を行う。
重層する形や色彩によって現れる混沌のイメージの中から、生命の本質的な姿を描き出すことを試みている


小林万里子 ネット情報


小林万里子 ネット情報

Yuka Tsuruno Gallery (ユカ・ツルノ・ギャラリー)

ネット情報
Yuka Tsuruno Gallery (ユカ・ツルノ・ギャラリー)はディレクターの鶴野ゆかが2009年に設立した現代美術専門のギャラリー。コンセプト、コンテクスト、クオリティーを重視し、独自の表現に挑戦し続ける国内の若手に加えて、ホセ・パルラ、ティム・バーバー、カンディダ・ヘーファーなど海外の注目作家も紹介。現在、天王洲のアートコンプレックスを拠点に国内外で活動。

以下Yuka Tsuruno Galleryでの展示



上田暁子Akiko Ueda 「A Walk of Broken Theatre」


上田暁子 ネット情報


TERRADA ART COMPLEX Iに向かい合ってTERRADA ART COMPLEX IIがあります。 いずれも4階だての大きなビルです。こちらにはカフェが併設されています。

Galery: Yukio Mizutani
〈YUKIKO MIZUTANI〉のオーナーは長年アートマーケットに関わる仕事をしており、若いスタッフと新しいアートを生み出す場を持ちたいと考えていた。その思いが結実したのが〈TERRADA ART COMPLEX II〉1階にある天井高6メートルもあるダイナミックな空間だ。現代美術全般を扱うが、木版画(浮世絵)の優れた摺り師と出会い、現代美術作家とのコラボレーションを企画する。ギャラリーのオープニングにあたり、声をかけたのが横尾忠則だった。その理由について、オーナーはこう語る。

「横尾さんは伝統から逸脱しているように見えて、伝統を活かすこともできる方です。横尾さんなら今までのものを独自の形で受け継いで、見たこともないものを見せてくれるに違いないと思いました」

以下、Galery: Yukio Mizutaniでの展示

横尾忠則 ネット情報


Masayoshi Nojo <Stillness>

この作家さんが絵画の作成法を訪ねてきた海外の方に説明している様子です。通訳さんがついています。 これは写真と絵画のフュージョン作品のようです。絵画のバイヤーがこうやって新人の絵を発掘し、世に出して、うまくゆくと大きな利益を得ることになります。

能條雅由氏:1989年生まれ、2015年に京都芸術大学(旧:京都造形芸術大学)大学院修士課程を日本画専攻で修了。コンテンポラリーな表現と日本美術の美学を融合した独自の表現方法で、人々の記憶や時の流れといったテーマを追求。大学在学中、社会における記憶(集団的記憶)に興味を持ち、様々なメディウムや技法でその追求を行ってきた。また、創作から恣意性を取り去るために、写真を取り入れたミクストメディアによる表現方法として、記憶のイメージを構成する最小単位としての色とフォルムを写真から抽出し作品に反映させている。
撮影した写真を分解・再構築し、銀箔の表現に落とし込むことによって、写真は持っていた事実性や具体性をなくし、誰もが何処かで見たことがあるようなぼんやりとした印象を作品に与える。このような独特な方法でつくられた作品は、鑑賞者の深くにある記憶と結びつき、心の中に“ある既視感”を生む。彼の絵はロンドン JD Malat Galleryなどでも扱われており国際的に活躍。


ネット情報


ネット情報

The ANZAI Gallery 東京・天王洲 TERRADA ART COMPLEX Ⅱ 3Fにて、2021年3月9日よりギャラリーをオープン。国内外から注目を集めるアーティストを発信してまいります。
以下 The ANZAI Galleryでの展示





Teiji Hayama INFLUENCERS
熊本で生まれ育ったHayama氏は、18歳でアートを追求しに渡英を決意。名門セントラル・セント・マーチンズでアートとデザインを学び、オイルペイントの道へと進む。これまでの主な個展に「Under Pressure」(Arsham/Fieg Gallery、ニューヨーク、2019) 、「Fame」(Unit Lomdon,ロンドン、2020) 、「Ethereal Icons」(GR gallery、ニューヨーク、2021)。
各年代のアイコンを再構築し、デジタル時代を表現した今回の個展「INFLUENCERS」は、現代社会への問いかけになっている。彼はこう語る。「古代エジプトのクレオパトラ、50年代はマリリン・モンロー、エリザベス・テイラー。いつの時代にも、影響を与えるアイコン的人物が存在し、現代ではSNSの誕生で誰もがインフルエンサーになれる時代になりました。生前アンディ・ウォーホルは「誰もが15分間なら有名になれる。いずれそんな時代が来るだろう」と今を生きる僕たちにメッセージを残しています。SNSを使って影響、競争し合い、また様々な画像や映像が溢れる。多く情報が発信されているこの世界は、今後どうなっていくのでしょうか?展示をするマリリン・モンローの作品は、多くの情報量などを彼女の誇張した体で表現しています。困った様な表情や、ブルーやグリーンの配色、また重なりあう色の組み合わせで表現したブレなどで、ネットワークや現代社会での人々の変化を表現しています。目、耳から自然に入ってくる情報。あなたは、その量の多さをどのように感じているだろうか。考える時間さえも与えてくれない情報量に圧倒されているのか、いや頭の中の整理整頓は出来ていると言い切れるのか。本個展が、現代社会(ネットワーク)内で生きることに対して今一度考える機会となるだろう。


まつもと こうじろう Kojiro Matsumoto

このような漫画チックな絵も少なからずありました。アニメと絵画の境が無くなってきているようです。 
略歴東京都生まれ。宮城県仙台市育ち。 東京都在住。 多摩美術大学大学院美術研究科卒業。 幼年漫画のようなルックスの少女と生き物を作品内に描きつつ、 日本の美術教育を経てこれまでに得た技法 をアリませることで、世界観を構築している。...
Gallery名不明


ネット情報

このように、写真とアニメが絵画の世界に入り込んでいることがわかります。も一つインスタレーションがあるのですが、今回は載せていません。


4F これからディスプレイする連中のようです。何もない空間を、自分の意識で埋め尽くすことはなんと素敵なことか‼

Terrada Art Complexの実体が分かりかけてきました。
寺田倉庫が入れ物を作り、Galleryに貸す。Galleryは契約した作家の絵を展示し、販売してワールドワイドに商売をする。こうやって寺田倉庫はこの地域の付加価値を上げることにより、この地域でビジネスを拡大する。Galleryも作家さんもハッピーになる。倉庫は大化けしたのである。といってこの循環は保証されたものではない。皆さんの情熱に支えられた循環である。

次回は、寺田倉庫の本拠地、天王洲アイルのアートを探ります。


コメント
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