玄関先にクマゼミがいた。
いや、「落ちていた」と言ったほうが正確だろう。
大阪市は自然環境が豊かだとは到底言えないが、
蝉だけは実にたくさんいる。
近年、特にクマゼミが多い。
私のマンションでも、
7月になるとクマゼミは早朝6時前からジイー、ジイジイジイーと大声?で鳴き散らかす。
虫取り網とカゴを持った子どもの姿を見て、
遊びに来た留学生が珍しがっていたが、
大阪では珍しくも何ともない日常的な夏の風物詩である。
そういうわけで、マンションの廊下によく蝉がひっくり返っている。
力尽きて死んでいるのかと思って拾い上げると、意外とモニモニと這いだしたりする。
今日の玄関先のもそうだった。
買い物に行くときだったので、そのままシャツの腕にくっつけて、
マンションの外で放してやろうと思った。
しかし、シャツにしぶとくくっついて、引っ張っても取れない。
仕方なく一緒に買い物に行った。
大阪のおじさんやおばさんは、
腕や背中に蝉を這わせている人間を見たからとて、全く動じない。
ただ一人、箸が落ちても笑い転げる年代の若いお母さんが
大いに反応を示したのみである。
家に戻っても蝉の散歩はまだ続く。
ひたすら腕を登ってくる。蝉の足の先が肌に食い込んで、ときどきチクチクする。
バルコニーに出した。やっぱ外が好きだろう。
彼女(終始沈黙しているのでメスだと判断)は上り続ける。
ふと、我が孫のハイハイ姿を想起する。
とうとう、ハンガーの付け根まで到達。
さあ、どうする?
おっとー!
「とおくまで行くんだ、ワタシの好きな人々よ」ということか。
こうなると、がんばれ!チャチャチャ!と応援するしかない。
この物干しざおは古い。
しかし、蝉にしてみればとっかかりがつかめるほどザラザラしてはいない。
この状態で数分。もはやこれまでか。
どうせ死ぬならこんな人工的でツンツルテンなベランダより、
フワフワな草の上がいいに決まっている。
5分後、
私はそう思って、及ばずながらお手伝いをすることにした。
彼女を掴んで、空中に投げたのである。
(こういうの、以前も何度もしたなあ)
彼女は飛んで行った。
飛べるなら、さっさと飛べばいいものを。
もう、体力的にスタートの馬力がないのだろうか。
バルコニーの下は、折りしもさっき草刈をし終えたばかり。
まだ大阪は暑い。
どこかで蝉が鳴いている。