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Brugge Style
「おもてなし」とは何か考えてみた
友人とのメールのやりとりの中で、「寺島しのぶさんが、フランス人の夫から「おもてなし」って何? と聞かれて説明できなかったそうだ」という話を聞いた。
そこで、あのスピーチで一挙に時の言葉となった「おもてなし」について考えてみた。
結論から言うと、「良きに計らえ」と客に言わせることこそ接客業の目指す究極だとわたしは思う。
そういう接客形態を「バトラー道」と申しましょうか(笑)。
バトラー道にマニュアルはなく、すべて対個人、融通、融通、融通で処理して行く。
例えば現代某国某所では、接客のプロが自己裁量で臨機応変に決定するよりも、マニュアル通りの接客、分からなければ上司に確認、というやり方が採用されて来た。それは大量の客を差別なくさばいて行くのには有用だったのだろう。クレーマー予防にもなるし。
しかしそういう接客を受けると、話が通じないもどかしさを感じることがある。
一方、好みや癖をすぐに覚えてくれ、融通をきかせてくれ、気のきいた例外的な接客をしてもらうと、客側は「もてなしてもらった」と「感じる」のではないか。何を持って「感じる」のかは人によって様々だから、それこそ接客側は、目の前の人を名無しのっぺらぼうの一般的な客として扱うのでなく、それぞれニーズの異なる個人として接する必要がある。
うむ、優れた接客業者には、コールドリーディング的な技術が備わっているのかもしれない。
まとめると、「あなたは特別ですよ、あなたにはマニュアルにはない例外的で個人的なサービスをさせて頂きますよ」と「感じさせる」、最終的には「良きに計らえ」という信頼関係にまで持って行く、そういうことが「おもてなし」なのだと思う。
言い替えれば、「お客さん一人一人が『特別扱いされたと感じる』個別のサービスを即座に読み取り、臨機応変に融通をきかせながら対応すること」だ。
だからこそマニュアルに載せることなどは不可能、という。
これを常連にだけでなく、1時間、2時間の間、バアで一杯の間に完璧にしてこなす接客のプロも実際存在するのだから、そのトータルな技術には舌をまく。
また、もちろん「おもてなし」やサービスを受け上手なお客さんというのもいて、そういう人に対しては接客する側もプロ魂を燃やされるのか、もっと何かしてあげよう! と思うだろう。
うちの夫の話で恐縮だが、日本人の友人が「おもてなし」を説明してくれた際、ホスピタリティという英訳なしですとんと理解した。それは彼が滝川クリステル言うところの「おもてなし」の舞台になっている日本で、「あなたは特別です」「あなたは○○でXXがお好きですよね?」という個人的なサービスを何度も受けていて、よく喜んでいるからだと思う(寺島しのぶセレブの旦那さんならいい扱いを受けているでしょうに、なぜ理解できなかったのか不思議)。
実際、うちの夫だけでなく、日本へ行ったことのある外国人友人知人は例外なく、「王様のような扱いを受けた」「言葉が通じないのに通じる」「気になっていたことが知らない間に解決していた」と日本のおもてなしを絶賛する。
日本の、そして世界の「おもてなし」術、万歳。
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