■メイン写真
十二坊(岩根山)は、甲賀や鈴鹿の山々が見渡せるビューポイントだ
■今回のコース
不動寺⇒善水寺→十二坊温泉ゆらら→好運の蔓(ハート形の藤蔓)→十二坊(岩根山)→
ふるさと林道登山口→花園区の磨崖不動明王(車谷不動)→正栄寺→磨崖仏→
観音堂前の不動明王→善水寺
今月の「らくらく山歩の会」は、滋賀県湖南市にある標高405mの十二坊(岩根山)。
薄く積もった雪を踏みしめ、麓の寺と磨崖仏をたずねた。
まずは不動寺へ。懸け造りのお堂が印象的だ。延歴年間(782~825)、弘法大師が創立した。
今は黄檗宗の寺だが、もとは天台宗だったという。
えっ? 弘法大師が建てたのに、天台宗だったのか。
お堂の横に巨岩がある。
その岩の側面に、お堂に向かうように磨崖仏不動尊が彫られている。
像の右には「建武元年三月七日卜部左兵衛入道充乗造之」と刻まれている。
クルマを善水寺の駐車場に回し、拝観料を支払って境内へ。
善水寺は和銅年間、元明天皇の勅願寺として建立され、当初の名は和銅寺だった。
桓武天皇の病が、この寺の池水で平癒したことから、よい水の寺、善水寺と改称された。
ご住職が本堂を開けてくださり、中で寺のいわれや所蔵仏像を説明してくださった。
本堂内に十二神将が一堂に会するさまは壮観だったが、撮影は禁止。残念。
なお、善水寺周辺のエリアには、最盛期には二十六の坊(僧侶の住居)を数えたという。
そのうち寺に近い場所に十二坊あり、それが岩根山の別名となった。
駐車場の奥から登山道に取付く。
整えられた雑木林の道。うっすらではあるが、雪が積もっていていい雰囲気だ。
寺の裏手の医王山を越えて、いったん山を下ると、十二坊温泉ゆららに出る。
当初、下山後に入浴しようと考えていたが、2/13から空調機器の取替工事のため
臨時休館だと。ついてない。
車道を渡ったところが十二坊へ続く南西尾根ルート登山口だ。
最初は急坂で、ほどなく、尾根道に岩が散在するようになる。
やがてヤマフジがハート形になっている「好運の蔓」が現れる。
「幸運」ではなく「好運」なのがいい。
苦も無く到着する十二坊のピーク。
昔は岩根山の名のほうが通っていたが、今は「言わねぇ」のだかどうだか。
三角点はコンクリートの台座で固定されているが、まわりの風化花崗岩が侵食され、
なんだか浮き上がっているよう。次の測量改訂で、標高が低くなるのではないか。
山頂からは、鈴鹿山系が北から南まですべて見渡せる。
この日はやや雲がかかっていて、一度に全容を観ることはできなかった。
山頂の直下まで林道が通じ、NHKの鉄塔や公衆トイレがある。
甲賀側には、甲賀忍者が修行したと伝わる飯道山。
そして、阿星山。紫香楽宮の鬼門にあたる位置にあるため、阿星寺を置いた山。
十二坊遊歩道ルートで下山する。
雑木林の道を下っていくと、十二坊温泉ゆららへ続く車道に出る。
車道を横断し、車止めされている花園林道に入る。
風花がちらちら舞う中をしばらく下っていくと、沢をへだてた向こう側に、
巨大な磨崖不動明王が見える。なかなかの迫力だ。
高さ4.25m、顔幅だけでも80cmあるという。別名、車谷不動尊または花園不動。
本来は直下まで遊歩道があるのだが、現在は落石の危険のため道は閉鎖中だ。
いちど集落まで下りてから、クルマを回収するため、ふたたび善水寺へ向かう。
正栄寺の右手から谷道に入ると、沢の向こうにまた一つ磨崖仏がある。
台座が線刻だけになっていて、やや未完成感がただよう作りだ。
地元のパンフレットにも、写真だけ載っていて、謂れが書かれていない。
善水寺の直下にある観音堂に着く。堂の奥に、シダの一種のヒトツバが群生した
巨岩があり、その左上に目立たないが、小さく不動明王が刻まれている。
小さいからと言って「まがいもの」ではなく本物の「まがいぶつ」なのである。
十二坊(岩根山)は、甲賀や鈴鹿の山々が見渡せるビューポイントだ
■今回のコース
不動寺⇒善水寺→十二坊温泉ゆらら→好運の蔓(ハート形の藤蔓)→十二坊(岩根山)→
ふるさと林道登山口→花園区の磨崖不動明王(車谷不動)→正栄寺→磨崖仏→
観音堂前の不動明王→善水寺
今月の「らくらく山歩の会」は、滋賀県湖南市にある標高405mの十二坊(岩根山)。
薄く積もった雪を踏みしめ、麓の寺と磨崖仏をたずねた。
まずは不動寺へ。懸け造りのお堂が印象的だ。延歴年間(782~825)、弘法大師が創立した。
今は黄檗宗の寺だが、もとは天台宗だったという。
えっ? 弘法大師が建てたのに、天台宗だったのか。
お堂の横に巨岩がある。
その岩の側面に、お堂に向かうように磨崖仏不動尊が彫られている。
像の右には「建武元年三月七日卜部左兵衛入道充乗造之」と刻まれている。
クルマを善水寺の駐車場に回し、拝観料を支払って境内へ。
善水寺は和銅年間、元明天皇の勅願寺として建立され、当初の名は和銅寺だった。
桓武天皇の病が、この寺の池水で平癒したことから、よい水の寺、善水寺と改称された。
ご住職が本堂を開けてくださり、中で寺のいわれや所蔵仏像を説明してくださった。
本堂内に十二神将が一堂に会するさまは壮観だったが、撮影は禁止。残念。
なお、善水寺周辺のエリアには、最盛期には二十六の坊(僧侶の住居)を数えたという。
そのうち寺に近い場所に十二坊あり、それが岩根山の別名となった。
駐車場の奥から登山道に取付く。
整えられた雑木林の道。うっすらではあるが、雪が積もっていていい雰囲気だ。
寺の裏手の医王山を越えて、いったん山を下ると、十二坊温泉ゆららに出る。
当初、下山後に入浴しようと考えていたが、2/13から空調機器の取替工事のため
臨時休館だと。ついてない。
車道を渡ったところが十二坊へ続く南西尾根ルート登山口だ。
最初は急坂で、ほどなく、尾根道に岩が散在するようになる。
やがてヤマフジがハート形になっている「好運の蔓」が現れる。
「幸運」ではなく「好運」なのがいい。
苦も無く到着する十二坊のピーク。
昔は岩根山の名のほうが通っていたが、今は「言わねぇ」のだかどうだか。
三角点はコンクリートの台座で固定されているが、まわりの風化花崗岩が侵食され、
なんだか浮き上がっているよう。次の測量改訂で、標高が低くなるのではないか。
山頂からは、鈴鹿山系が北から南まですべて見渡せる。
この日はやや雲がかかっていて、一度に全容を観ることはできなかった。
山頂の直下まで林道が通じ、NHKの鉄塔や公衆トイレがある。
甲賀側には、甲賀忍者が修行したと伝わる飯道山。
そして、阿星山。紫香楽宮の鬼門にあたる位置にあるため、阿星寺を置いた山。
十二坊遊歩道ルートで下山する。
雑木林の道を下っていくと、十二坊温泉ゆららへ続く車道に出る。
車道を横断し、車止めされている花園林道に入る。
風花がちらちら舞う中をしばらく下っていくと、沢をへだてた向こう側に、
巨大な磨崖不動明王が見える。なかなかの迫力だ。
高さ4.25m、顔幅だけでも80cmあるという。別名、車谷不動尊または花園不動。
本来は直下まで遊歩道があるのだが、現在は落石の危険のため道は閉鎖中だ。
いちど集落まで下りてから、クルマを回収するため、ふたたび善水寺へ向かう。
正栄寺の右手から谷道に入ると、沢の向こうにまた一つ磨崖仏がある。
台座が線刻だけになっていて、やや未完成感がただよう作りだ。
地元のパンフレットにも、写真だけ載っていて、謂れが書かれていない。
善水寺の直下にある観音堂に着く。堂の奥に、シダの一種のヒトツバが群生した
巨岩があり、その左上に目立たないが、小さく不動明王が刻まれている。
小さいからと言って「まがいもの」ではなく本物の「まがいぶつ」なのである。