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ノマドライフの実態とは

2012年12月17日 | ライフスタイル
ノマドライフスタイルへの憧れを抱く人は多い。

ノマド(Nomadの意味は遊牧民であるが


ノマドワーカーといったときに、大きく分けて二つのタイプがあると言える。


一つは、国内において会社や自宅などのオフィスを持たず

喫茶店やファーストフード店を転々としながらラップトップやタブレット型端末を使い

主にインターネットを駆使して仕事をこなす国内型タイプ。


もう一つは、国内外問わず数カ所のオフィスを持ちながら

それらを動きながら仕事をこなす海外型タイプ。


この場合もPCやタブレット、スマホを持ち歩き、

主にインターネットを使うことには変わりはない。



また、オフィスのあるなしにかかわらず、

国内外を流浪するスタイルは共通しており、

手段としてインターネットを利用することも同じである。


だから、インターネット環境の無いところではこの手法は使えないことになる。


逆に言えばインターネット環境さえあるところであれば

何処でも仕事ができるということになる。




また、何処へ行っても仕事ができるということは、

裏返せば、何処へでも仕事が付きまとう、ってことだ。


つまり、どこへ行っても仕事がついて回る。

仕事から解放されないことを意味する。


だから、仕事から解放されたければ

インターネット環境の無いところへ行くか、

自分の意志で繋がらなくしなければならない。



ところがところが、

ノマドライフ志向者は、意外とワーカホリック(仕事中毒者)が多い。


というか、インターネットがつながらないと不安で仕方なくなるのだ。


常にメールをチェックしなければ気が収まらない、

facebookのメッセージやタイムラインへの投稿、いいねの数などが気になって仕方がない。


Skype や Line でのチャット、電話がいつ入るか気になるので、

常につなげる状態にしておかなければならない。


つまり、ノマド生活者にとってはインターネットが命の綱であり、

スピード感を要求される仕事が多いのである。


つまり、繋がらないことは言うまでもなく、

返事が一瞬足りでも遅れることが命取りになるのだ。


そもそもフリーランスタイプ(独立起業家)なので

収入が一定せず、常に不安を抱えていることが多いのも特徴の一つだ。




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もう一つ、ノマドライフ愛好家は、旅好きである。

いや、旅好きでなければ勤まらない。


旅好きとはどういうことか。

当然、動くことが苦にならず、

食べ物に好き嫌いがなく、

どんな条件の元でも睡眠がとれることを意味する。


そして、飽くなき好奇心に満ち溢れていなければならない。

もう一つ付け加えるなら、

英語が堪能であればなおさら良い。


これは、海外派のノマドライファーの場合であるが。


それだけにワークライフバランスに気を付ける必要がある。



ノマドライファーは、時間と場所を気にする生き物である。

そして組織からも脚力自由であろうと勤める。

一匹狼型が多いのも頷ける。


組織になった時点で自由度が喪失するからだ。

ノマドワーカーはそれぞれが独立しているが

情報交換などで連携を深め、協力関係をいかに築くかが重要となってくる。



ノマドワーカーは、

遊牧民が水場を求めて彷徨うように

Wi-Fiの飛んでいるオアシスを求めてうろつく習性をもつ。



そもそも旅は日常からの逃避の一環だった。

そこは非日常の世界が広がっていた。


ところが、ノマドワーカーにとっては、

非日常が日常となってしまうきらいがある。


つまり、仕事も遊びも、趣味も息抜きもすべての境界線が無くなってしまうのだ。

行ってみれば、家庭人には不向きなのかもしれない。


家庭も組織の一つであって、ノマドライファーにとっては

自由を奪う足枷の何物でもないからだ。


ただし、出会いが多く、社交性が豊かであるからして、

恋をする機会は多くなるだろう。


バイタリティーがあり、エネルギッシュでありアグレッシブであるし、

想像力と創造力を同時に兼ね備えている。


健康的で人間的にも魅力的でなければならない。


こうしてみれば、

体力と知力、勇気と行動力、自信と謙虚さ、

愛と教養に恵まれていなければ勤まらないだろう。


一種の憧れは抱いても、ノマドを極めるに幾多の経験値を積まなければならない。