英の放電日記

将棋、スポーツ、テレビ等、日々感じること。発信というより放電に近い戯言。

『3人家族』第5話

2023-05-06 17:07:30 | ドラマ・映画
(ドラマの詳細はさて置き、第5話の前半約8分をお楽しみください)

横浜駅の外景の映像……朝の通勤ラッシュの駅の構内、列車に乗り込むサラリーマンたちの姿……
矢島正明のナレーションが挿入(以下、”ナレーション”を青字、“ト書き”は括弧書きで表記)(ト書きは私の表現)
 晩秋の朝であった。相も変わらぬ混雑の朝であった。
 しかし、その朝、雄一と敬子は初めて言葉を交わした。

(満員電車の中で、雑踏に押されて密接に近い状態で、相向かい合う)
「あっ」(ニコ、敬子は少し微笑む)
「混みますねえ、毎日」(混雑にうんざりしているように話しかける)「ほんとに」
 (列車が揺れ、さらに乗客の圧力が増し、堪えるふたり)
 奇妙な出会いであった。行きずりに幾度か遠く目にした相手と、いきなり、抱き合うようにして向き合っていることがおかしかった。
 (さらに、乗客の圧力が増し、それに抗するふたりだが、さらに密接。少し嬉しそうに照れる敬子)
 横浜新橋間は26分である。間に川崎と品川で停車する。
「くっ、あぁ、ほんとに混むなあ」「ええ」
 (川崎に停車)
 川崎でさらに混んだ……
 ……雄一の前に、彼女の髪があった。かすかな香料と娘の髪の甘い匂いが優しく彼を包んだ。
 敬子は背広の匂いがすると思った。ナフタリンと煙草のにおいが、彼女を混雑から控えめに庇っていた。
 川崎から品川までの12分間、ふたりはほとんど動かず口もきかなかった。
 雄一は心に何か急き立てるものを感じていた。《黙っていていいのか?何も言わずに終わっていいのか?》
 《しかし、話しかけてどうなるというのだ。自分は今忙しいのだ。気にかかる人などできて、気が散るのは困るのだ》

 (品川駅に停車)
 品川ではかなりの人が降りた。
 車内はだいぶゆとりができたが、雄一は敬子との距離をあまり開かなかった。
 敬子はそれが嫌ではなかった。《それにしても、この青年は何と無口なのだろう。内気なのだろうか。普通の若い男性はこんなものだろうか?》

「お降りになるのは、新橋?」「ええ」
「前に新橋で…」「そうでした。乗り損なった電車にあなたが乗っていましたね。その前にも何度かお会いしました」
(覚えていてくれたことがうれしそう。彼の声に頷く敬子)
「(念を押すように)ほんとに何度も」
「ええ」
 《今日で5度目だ》と敬子は思った。
「今日は…7度目だなあ」
「そんなに?」「確かに7度も」
「誰かのいたずらみたいに何度も」「ええ」
「どうしたんでしょ、こんなにお会いするなんて」
 ……答えがなかった。敬子はその沈黙に、自分を拒む意思のようなものを感じた。
 雄一は自分を抑えていた。会話が、たちまち“恋のやり取り”めいてくるものに驚いている。
 《いけないいけない、今月の17日には留学試験の第一次。試験に合格すれば、独身が条件の2年間の海外生活。それだけが、今の自分の目標なのだ》
 《この青年の態度は冷たすぎる》と敬子は思った。《あれほど幾度も出会って、ようやく今日初めて言葉を交わしたふたりではないか?
 それなのに、この青年はこの機会を少しも利用しようとしない。勤め先も名前も住まいも訊かない。それほど魅力のない女ではないつもりだけど》

 (新橋に到着、改札を通り、駅外の横断歩道を一緒に亘るふたり)
「お勤めはどちらに?」
「田村町です」
「あたし、霞ヶ関なの。……また、お会いするかしら?」(微笑みかける)
「さあ、逢うでしょう、近いから」(素っ気なく、そっぽを向く)
「そうですね、きっと」
「じゃ」(間髪入れず返事をし、去る)
 《まあ、失礼な》と敬子は思った。

(仕事で電話応対をしている敬子)
 《まるで逃げ出すようかの別れ方だわ…それなのに、私ときたら、勤め先を訊いたり、また会いたいようなことを言ってしまったり…
 今度会ったら、知らん顔してやるわ》

《彼女は怒っているだろうか?》と雄一は思った。
《しかし、どうしようがあったのか?あのまま甘い会話のやり取りを続ければ、自分は次に会う日を約束してしまったかもしれない》
《美しい人だ。……しかし、今、恋愛は困るのだ。試験があるのだ。留学があるのだ》
 そう思いながら雄一の足は霞ヶ関の方に向かっている。
《彼女は勤め先を霞ヶ関だと言った。官庁だろうか?どこかの会社の秘書だろうか?あるいは、洋装店のデザイナー?》
 雄一には見当がつかなかった。女の人を知らなかった。どこへ置いても彼女は似合うような気がした。

 (広場の噴水の前で、霞ヶ関の建物を見上げる雄一)

………まるで小説である。
 “ト書き”的な状況説明はもちろん、二人の細かい心理・感情、思考もナレーションが語る。第1話~4話まで観ていないが、ほとんど把握できる親切なナレーションだ。
 ふたりの心理描写が面白い。

「雄一の前に、彼女の髪があった。かすかな香料と娘の髪の甘い匂いが優しく彼を包んだ。
 敬子は背広の匂いがすると思った。ナフタリンと煙草のにおいが、彼女を混雑から控えめに庇っていた」

……ちょっとピンクっぽい香りがする。
 登場人物の心理を描写するナレーションは、アメリカのテレビドラマ「逃亡者」からヒントを得ているらしい(ウィキペディアより)

 私はほとんど恋愛ドラマを観ないのでよくわからないが、独白的な気持ちや思考などは、普通、登場人物が語るような気がする。
 ナレーションは、簡単な状況説明だけ。あるいは、登場人物や話の展開などをナレーターとしての感想を交えて、その回の冒頭や終わりに語ることが多いような気がする。



【ドラマ情報】
放送局:TBS系列
出演:三島雅夫 竹脇無我 あおい輝彦 賀原夏子 栗原小巻 沢田雅美 菅井きん ほか
脚本:山田太一
監督(演出):木下恵介 川頭義郎
放送期間:1968年10月15日~1969年4月15日 全26回
放送日時:毎週火曜日 21:00-21:30


 BS松竹東急 『木下恵介アワー 3人家族」 毎週月~金
第5話は、5月5日(金) 17:00 - 17:30  再放送 5月8日(月) 11:30 - 12:00


 1週間ほど前に『銀座黒猫物語』を録画予約したつもりだったが、『3人家族」が録画されていた。
 竹脇無我さんは無茶苦茶男前で、栗原小巻さんは滅茶苦茶美人!
 当時は無我さんは24歳→25歳、小巻さんは23歳→24歳。
 『木下恵介アワー』というのはBS松竹東急のネーミングかと思ったら、1964年10月27日から1974年9月25日までTBS系列のテレビドラマの枠らしい。開始当初は『木下恵介劇場』。
 21:00-21:30の午後9時台で30分ドラマ枠というのが時代を感じる。
   
【細かい突っ込み】
横浜駅→川崎駅までの列車内シーンで、どんどん乗客の密集度が増し、二人への圧力が高くなるのだが、この間、乗客の乗降はなく密度は一定のはず。
喜劇ドラマなら、二人の周辺だけ人が密集していた…とかあるのだが。

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