よのうきめ みえぬやまぢに いらむには おもふひとこそ ほだしなりけれ
世の憂きめ 見えぬ山路に 入らむには 思ふ人こそ ほだしなりけれ
物部良名
この世のつらいことが見えない山の中に入って出家するには、愛しく思う人こそがその足かせであるよ。
思いを寄せる人の存在が出家の決意を鈍らせるという詠歌ですが、詞書には「同じ文字なき歌」とあります。その通り、同じ文字を使うことなく三十一文字を連ねた歌で、言葉遊びの色の濃い作ですね。
作者の物部良名(もののべ の よしな)は不詳の人物。名前の最初と最後を取ると「物名」となることもあり、ペンネームの類の名乗りであるのかもしれません。古今集への入集はこの一首のみです。「同じ文字なき歌」といえばいろは歌が連想されますが、そのいろは歌もこの物部良名の作と説いた著作もあるようです。あいにく未読ですが、近々読んでみたいと思っています。
『いろは歌の謎を解く: 物部良名の言語遊戯』
光田慶一 著
武蔵野書院