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北の風に吹かれて~独り漫遊記~

町歩きを中心に、日々の出来事を綴ります。 
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いつの間にか

2016-07-27 21:00:12 | 女性アナウンサー・アイドル・タレント
最近驚いたこと。

井田寛子さんが、人気女性フリーアナウンサーが多数在籍している、あのセントフォースに移籍していた。
「えっ、いつの間に?」と思ったが、Wikipediaによると、春に「ニュースウォッチ9」を離れたのとほぼ同時期らしい。(キリよく4月からだったのかな?)

夜の生活習慣が変わって、早四ヶ月。やっと慣れてはきたが、まだたまに、21時40分頃になると「あれっ」と思ってしまうことも。
長年(と言っても五年くらいだけど)の習慣ってのは侮れないものだなと改めて実感している。
アメブロが三月末からずっと更新されていないのが寂しい限りだけど、スマホで見られるセントフォースの有料会員制サイトに登録しているので、そのうち、ここでブログを再開してくれると嬉しいかな。
因みに、昨年夏にめでたくご結婚されていたらしいけど、それについては、驚きつつもショックはさほどでもありませんでしたので念のため。(笑)

天気といえば、明日の北海道、とりわけ道南を含む南西部は、相当な大雨になるらしい。
時系列予報によると、朝方に強い雨が集中的に降り、その後は徐々に小康状態となるようだが、大雨をもたらす低気圧の動きがいつになく遅いようなので、とりあえず明日夜までは安心はできないと思われる。
先月、震度6に見舞われた地域ではその後特段の自然災害とかは起きていないけれど、この地域に限らず、大きな被害が出ないことを祈りたいです。

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出土した古銭

2016-07-26 21:34:22 | 函館



昨日紹介した志苔館跡への出入口が近くにある一般国道278号。
特段施設とかがあるわけではないのだけど、ここもまた、函館(箱館)の歴史に残る出来事があった場所の一つです。





横から一枚。
遡ること四十八年前、1968年の年7月16日、写真のあたりで実施されていた国道工事の現場で、大きな甕三個に詰められた大量の備蓄古銭が発見されるという出来事がありました。





反対側から。
発見された古銭の枚数は実に387,514枚もあり、市立函館博物館で計量したところ、総重量が約1.6tもありました。
この出土銭の大半は中国大陸から渡来してきたもので、前漢代から明代にかけての約1,500年の間に流通していたものとされています。
確認できた中で最も古い銭は、前漢代の紀元前175年に鋳造された四銖半両というもので、最も新しい銭は、明代初期の1368年に鋳造された洪武通宝というものになっています。
かつては、写真のこの辺りに、この出来事を記す表示板や標柱などが設置されていたようですが、現在は、そうした物は何もなく、こうして文章で紹介するのが精一杯となってしまっています。

古銭が出土されるまでの詳しい経緯は明らかにされていませんが、甕と古銭は市立函館博物館に展示されており、2003年(平成15年)には、「北海道志海苔中世遺構出土銭」として、国の重要文化財の指定を受けています。
箱館の歴史を語る上で大きな意味合いを持つ出来事かと思いますので、現物の写真はありませんが、ここで紹介させていただきました。
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館跡を歩く

2016-07-25 21:38:56 | 函館
函館の「館」とは、中世期に多く見られた、土塁や堀を巡らした住居あるいは規模の小さい城のこと。
「函館」の由来は、1454年に蝦夷地に渡来した河野政通という人物が、「宇須岸(うすけし)」と呼ばれていた、現在の元町公園の辺りにを築いた館が、東西約92メートル、南北約115メートルと大きく、この館が、対岸の北斗市側から見ると、箱に似ていたところから「箱館」と称されたとされているが、これと同時期に蝦夷地に渡来した和人が築いた十二の館の中で最も東端に所在する場所が、現在も、史跡として保存されています。








名前は「志苔館(しのりたて)」といいます。





先程も触れたとおり、志苔館は、室町時代中期(1400年代中頃)に道南地方に存在した十二館の一つで、小林太郎左衛門良景という人物がが居住していたとされているが、1456年に志苔館付近で発生した、和人によるアイヌ民族の鍛冶職人を刺殺するという事件をきっかけに、アイヌ民族が、周長であったコシャマインを中心に蜂起した「により、十二あるうち十の館が陥落することとなりました。
この戦乱が収まった後、再び小林氏がこの地に居住していたが、1512年に再びにアイヌの蜂起があり(これを、時の元号を取って「永正の乱」という)、志苔館は陥落。館主であった小林良定が討死し、その後、道南地方が松前藩の支配下に属することになったこともあって、志苔館は廃館となっています。

















この館跡はほぼ長方形を成しており、高さ2~4m、幅10~15mの土塁で囲まれていて、その外側には壕が巡らされています。
中の郭内は、東西70~80m、南北50~60mで、面積にして約4,100平方メートルの広さがあるとされています。

その後、大正時代、北海道庁による調査が行われ、保存状態が良好なことから1934年(昭和9年)に史跡に指定され、現在に至っています。








館の向こうに見えるは、空の玄関口の函館空港。
空港の側と言いつつ、交通の便は決してよいとは言えない場所にありますが、道南の歴史に触れる散策地の一つとして、オススメの場所です。
(場所はこちら
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そういう表記か

2016-07-24 20:02:32 | 渡島・檜山地方



なるほど、「Shinkansen Train」なんですね。
GLAYがリリースした北海道新幹線のテーマ曲で、「Supernova Express2016」という曲があるけれど、このタイトルがそのまま新幹線という意味なのかなと思ったら(特急列車の英語表記も「Limited Express」だし)、どうやらそうではなく、「超新星」という意味らしいです。(フラッシュマンってことか・・・)
ってことは、東京駅でもこうなのかな?
来週行ったらチェックしてみるとしよう。





因みに、どこの駅の写真かと言うと、新函館北斗の次の木古内駅でした。





新幹線駅に隣接する道の駅の入口になっている、木古内町のイメージキャラクター「キーコ」。
名産である和牛がモチーフになっています。
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結構いた

2016-07-24 16:01:53 | 気になるコト
週末各地でポケモンGO熱中=スカイツリー、世界遺産前でも―バイク蛇行で反則切符


さっきまで外出してたんだけど、いましたよ、明らかに(ポケモンGOを)やってるなって人達。
二人以上一緒になってスマホを片手に歩いていた人たちは、九分九厘そうだと思っていいでしょう。
五稜郭公園に寄ったのだけど、広場内を不自然にウロウロしていた人もいれば、小さな土手を不自然に上り下りしていた人、公園の側の道路を、スマホ片手に斜め横断していた人、間違いなくそうでしょうきっと。

友人のブログで、立入禁止となっている場所に入ろうとしていた人について、「何故そこが立入禁止なのかということに考えが及ばないことが嘆かわしい」ということが書かれていたが、もし今後、これに絡んで交通事故や転落事故なんかが起きたりすると、「スマホ片手に周囲に注意を払わずに歩くとどうなるかということに考えが及ばないことが嘆かわしい」ってなるんだろうね。
自分が怪我したり物損を被ったりするだけなら、「自業自得」で済むけど、他人を巻き込んじゃったらと思うと怖い。
注意喚起は無論必要だけど、ゲームを楽しむ人たちにも、せめて「自分は大丈夫」なんて感覚は絶対に持たないようにと願いたい。
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