新版「動的平衡」の本の中に、子供の時と大人になっての時間の感じ方の差について書いてあった。その部分を抜き出してみる。
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1日が瞬く間に終わる。あるいは1年があっという間に過ぎる。子供の頃はもっともっと1年が長く、充実したものだったのに、・・・なぜ大人になると時間が早く過ぎるようになるのか、誰もが感じるこの疑問は、ずっと古くからあるはずなのに、なにか納得できる説明が見当たらない。この難問にについて生物学的に考察してみよう。
3歳の子供にとって、1年はこれまで生きてきた全人生の3分の1であるのに対し、30歳の大人にとっては30分の1だから・・・・。こんな言い方がある。よく聞く説明だが、はっきり言って、これは答えになっていない。確かに自分の年齢を分母にして1年を考えると、歳をとるにつれて1年の重みは相対的に小さくなる。しかしだからと言って1年という時間が短く感じられる理由にはならない。ここで重要なポイントは、私たちが時間の経過を「感じる」、そのメカニズムである。物理的な時間としての1年は、3歳のときも30歳のときも同じ長さである。にもかかわらず、私たちは30歳のときの1年のほうをずっと短いと感じる。
そもそも私たちは時間の経過をどのように把握するのだろうか。自分がこれまで生きてきた時間をモノサシにして(あるいは分母にして)時間を計っているのだろうか。もしそうなら先の説明も一理あることになる。でもこれは違う。私たちは自分の生きてきた時間、つまり年齢を、実感として把握してはいない。大多数のひとは自分が「まだ若い」と思っているはずだし、10年前の出来事と20年前の出来事の「古さ」を区別することもできない。
もし記憶を喪失して、ある朝、目覚めたとしよう。あなたは自分の年齢を「実感」できるだろうか。自分が何歳なのかは、年号とか日付とか手帳といった外部の記憶をもとに初めて認識できることであって、時間に対する内発的な感覚は極めてあやふやなものでしかない。したがって、これが分母となって時間感覚が発生しているとは考え難い。1年があっという間に過ぎる、時間経過の謎は、実は私達の内部にある。この時間感覚のあいまいさと関連している。
・・・・中略・・・・・
それは私たちの「体内時計」の仕組みに起因する。生物の体内時計の正確な分子メカニズムは未だ完全には解明されていない。しかし細胞分裂のタイミングや分化プログラムなどの時間経過はすべてタンパク質の分解と合成のサイクルによってコントロールされていることが分かっている。つまりタンパク質の新陳代謝速度が、体内時計の秒針なのである。
そしてもう一つの厳然たる事実は、私たちの新陳代謝速度が加齢とともに確実に遅くなっているということである。つまり体内時計は徐々にゆっくりと回ることになる。しかし、私たちはずっと同じように生き続けている。そして私たちの内発的な感覚は極めて主観的なものであるために、自己の体内時計の運針が徐々に遅くなっていることに気づかない。
だから、完全に外界から遮断されて自己の体内時計だけに頼って「1年」を計ったとすれば、3歳の時計よりも、30歳の時計のほうがゆっくりとしか回らず、その結果「もうそろそろ1年が経ったなあ」と思えるに足るほど時間が回転するには、より長い物理的時間がかかることになる。つまり30歳の体内時計がカウントする1年のほうが長いことになる。
さてここから先がさらに重要なポイントである。タンパク質の代謝回転が遅くなり、その結果、1年の感じ方は徐々に長くなっていく。にもかかわらず、実際の物理的な時間はいつでも同じスピードで過ぎていく。だから?だからこそ、自分ではまだ1年なんて経っているとは全然思えない。自分としては半年ぐらいが経過したかな~と思った、そのときには、すでにもう実際の1年が過ぎ去ってしまっているのだ。そして私たちは愕然とすることになる。つまり実際の時間の経過に、自分の生命の回転速度がついていけていない。そういうことなのである。
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これが分子生物学が説明する年齢による時間の感じ方である。一方以前このブログにも書いたことがあるが、脳学者 茂木健一郎の本にあった説明はこうである。
近頃、1年の経つのが速いと感じている人は、はっきり申し上げて、ドパーミン(脳内活性物質)がでていません。どういうことかというと、脳は初めてのこと、サプライズのことを経験しているときには、その時間を長く感じるという実験結果があります。つまりそれだけ起きていることを細かく見ているからです。これを「デビュー効果」と言います。人生で初めてのことを経験する、つまりデビューしたことは、とても長く感じられます。だから子どもの脳は毎日デビュー効果でいっぱいなのです。だから小学生時代は長く感じられたはずです。小学校一年生で、ひらがなを覚えて、数字を覚えて、足し算引き算・・・・。もうエブリデイサプライズです。2年になると初めて掛け算を習います。九九なんて、「なにこれ!全部覚えるの!?」とびっくりしませんでしたか?新しいことに挑戦すると、その時の時間は長く感じます。
最大のドパーミンというのは、初めてのことをしたときに出ます。初めて行く美術館で絵を見たときに出るドパーミンは多いのです。2回目、3回目に行った時には、1回目ほど出ません。だから旅をして初めての場所に行くとか、初めての人に会うということは脳にとってはうれしいことなのです。ドパーミンがでると、その時のことが強化されます。それを強化学習といいます。ところが、人生が進んでいくとだんだん初めての経験が減ってきてしまいます。ある程度大人になって完成されてくると、あえてそういうことをしなくても生きていけるようになってしまいます。それが脳のアンチエイジングにとっては一番問題なのです。何歳の人でもびっくりしてドパーミンを出すと、前頭葉が元気になるという性質があるのです。この1年間、なにか初めてのことがありましたか?「私はもう、人生わかりすぎたから。これから変わることもないし」と言う人はドパーミンを出す気持ちが足りないのです。
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加齢により体内時計が遅くなるから、時間の経過を早く感じるのだという生物学者。一方は脳内活性物質(ドパーミン)の出かたが時間の感覚を左右すると言う脳学者。どちらに説得力があるのだろう。答えはいま一番忙しいだろう安倍首相が子供時代を振り返って、「こどもの頃はもっと1年が長かったなぁ~」と感じるなら、体内時計説の方が正しいと思うのだが。
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