著者の福岡伸一は京大出身の生物学者。専攻は分子生物学で今は青山学院大学教授・ロックフェラー大学客員教授である。一般に向けた科学書も多数あり、私は「目からウロコ」の明快さと面白さを感じ、今までに10冊以上読んでいる。著者の生命観は「動的平衡」、生命は分子の流れの中のよどみのようなものと、自著の中で繰り返し述べている。タンパク質を構成する20種のアミノ酸を我々は貯蔵することができない。そのためタンパク質の合成と分解のサイクルをとどめることができず、この回転を維持するために、外部から常にタンパク質の補給をしなければいけない。この流れこそが「生きている」と同義語で、これを「動的平衡」とし、従来の生命の定義から見落とされている時間の流れを加味して解説している。
今回の新版を読み進むと、著者の言う「動的平衡」をもう少し分りやすく説明し、現代社会の生命観や自然観の認識のズレを正している。その中で我々が認識違いしている何ケ所かを抜き出してみた。(その1)
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最近よく宣伝されているものにコラーゲンがある。コラーゲンを添加された食品の中には、ご丁寧にも「吸収しやすいように」わざわざ小さく細切れにされた「低分子化」コラーゲンというのまである。コラーゲンは、細胞と細胞の間隙を満たすクッションの役割を果たす重要なタンパク質である。肌の張りはコラーゲンが支えていると言っても良い。ならば、コラーゲンを食べ物として外部からたくさん摂取すれば、衰えがちな肌の張りを取り戻すことができるだろうか。答えは端的に否である。
食品として摂取されたコラーゲンは消化管内で消化酵素の働きにより、ばらばらのアミノ酸に消化され吸収される。コラーゲンはあまり効率よく消化されないタンパク質である。消化されなかった部分は排泄されてしまう。一方、吸収されたアミノ酸は血液に乗って全身に散らばっていく。そこであたらしいタンパク質の材料になる。しかしコラーゲン由来のアミノ酸は、必ずしも体内のコラーゲンの原料とはならない。むしろほとんどコラーゲンにはならないと言ってよい。なぜなら、コラーゲンを構成するアミノ酸はグリシン、プロリン、アラニンといった、どこにでもある、ありきたりなアミノ酸であり、あらゆる食品タンパク質から補給される。また、他のアミノ酸を作り替えることによって体内でも合成できる、つまり非・必須アミノ酸である。
もし、皮膚がコラーゲンを作り出したいときは、皮膚の細胞が血液中のアミノ酸を取り込んで必要量を合成するだけ。コラーゲンあるいはそれを低分子化したものをいくら摂っても、それは体内のコラーゲンを補給することにはなりえないのである。食べ物として摂取したタンパク質が、身体のどこかに届けられれ、そこで不足するタンパク質を補う、という考え方はあまりにも素人的な生命観である。
それは生物をミクロな部品からなるプラモデルのように捉える、ある意味でナイーブすぎる機械論でもある。生命はそのような単純な機械論をはるかに超えた、いわば動的な効果として存在しているのである。これと同じ構造の「健康幻想」はいたるところにある。タンパク質に限らず、食べ物が保持している情報は、消化管内でいったん完膚なきまでに解体されてしまう。関節が痛いからといって、軟骨の構成材であるコンドロイチン硫酸やヒアルロン酸を摂っても、口から入ったものがそのままダイレクトに身体の一部に取って代わることはありえない。構成単位にまで分解されるか、ヘタをすれば消化されることなく排泄されてしまうのである。
ついでに言うと、巷間には「コラーゲン配合」の化粧品まで氾濫しているが、コラーゲンが皮膚から吸収されることはありえない。分子生物学者の私としては「コラーゲン配合」と言われても「だから、どうしたの?」としか応えようがない。もし、コラーゲン配合の化粧品でツルツルになるなら、それはコラーゲンの働きによるもんではなく、単に肌のシワをヒヤルロン酸や尿素、グリセリンなどの保湿剤(ヌルヌル成分)で埋めたということである。
私たちがこのような健康幻想に取りつかれる原因はなんだろうか、そこには「身体の調子が悪いのは何か重要な栄養素が不足しているせいだ」という、不足・欠乏に対する強迫観念があるように思える。そして、その背景には、生命をミクロな部品が組み合わさった機械仕掛けと捉える発想が抜き差しがたく、私たちの生命観を支配していることが見て取れる。健康を、脅迫観念から開放し、等身大のライフ・スタイルとして取り戻すためには、私たちの思考を水路づけしてきた生命観と自然観のパラダイム.シフトが必要なのである。
※パラダイムシフト:その時代や分野において当然のことと考えられていた認識や思想、社会全体の価値観などが革命的にもしくは劇的に変化すること
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コラーゲンといえば明治のアミノコラーゲンが先鞭だろうか、他にも資生堂のザ・コラーゲンやサントリーにもリフタージュというドリンクがある。化粧品に使ったものも多数あり、最近は冨士フイルムが化粧品のジェリーで宣伝している。「年齢に負けない美しさを」、「キレイな毎日をサポート」・・・などの消費者心理をくすぐる言葉が乱れ飛ぶ。またクルコサミン、コンドロイチン、ヒアルロンさんなどは世田谷食品やサントリーがいかにも膝の痛みに効くようなイメージで宣伝している。しかしインターネットを見ると「散歩や運動を楽しみたい方に・・・」など何ら膝痛に有効などとは書いていない。薬ではないから効能を謳うと薬事法に触れるという訳だろう。しかし、本当に有効なら医薬品として出せばよいと思う。美容や健康に対して有効性を匂わせながらイメージで売る。利益追求のためとはいえ、なんとも姑息な感じがするのである。
著者の言っていることが正しいとすれば(私は正しいと信じている)、我々は詐欺に遭っているようなものである。もう有名メーカーだからとか、TVで宣伝していたからとか、そんなことを鵜呑みにして自分達の美容や健康を組み立てるのは止めた方が良いように思う。我々こそマスメデイアからの情報だけではなく、異論反論にも耳を傾け、パラダイムシフトをする必要があるのかもしれない。
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