monologue
夜明けに向けて
 



2003/02/25 1:18のタイムスタンプで宮下富実夫からメールがあった。
ところがそれは英語で記載されていた。
それは本人からではなく宮下の妻、リンダが夫の死を告げるものであった。
わたしは呆然としてなにかの冗談かと思いネットのニュースを検索してその事実を確認した。
すると宮下富実夫は平成15年2月6日(木)午前2時26分に肺ガンで亡くなっていた。
かの女は夫が亡くなってしばらく日が経って気が落ちついてからメールをくれたようであった。
わたしは気を取り直してすぐにかの女に電話して故人の冥福を祈った。

 宮下のホームページのプロフィールには以下のように記載されている。
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1949年、長野県生まれ。
音楽家。ミュージックセラピスト。
1965年より音楽活動を開始。全世界同時公演ミュージカル「ヘアー」に出演した後、
プログレッシブロックグループ「ファーイーストファミリーバンド」を主宰。
欧米ツアー、アルバムの世界発売など積極的に活動する。1977年アメリカへ移住し、
アメリカツアーを開始するが、そのツアー中に、自身の腰の鍼治療から東洋医学に出会う。
その後、仏教、中国の五行説、インド哲学などの東洋哲学に学び、シンセサイザーを使った
ミュージックセラピーの研究をはじめる。

1981年帰国後、信州飯綱高原に琵琶スタジオを設立。
精神と肉体の解放をテーマに現代人の心を癒すサウンド・メッセージを送り続ける。
以降、60万枚のロングセラーである「瞑想」、30万枚の「誕生」、「やすらぎ」をはじめ、
ヒーリングミュージックCD・ビデオを多数リリース。
全国各地でのヒーリング・コンサート、伊勢神宮、橿原神宮、天河大弁財天女社 などでの
奉納演奏、スポーツ選手のメンタルトレーニング、講演など、各界からの賛同を得て多彩な活動を続ける。
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 わたしは1976年にアメリカに留学していたので
77年にやってきたかれとロサンジェルスで出会ったのである。
わたしが相棒シゲ・中島とやっていたバンドでパーティなどの仕事が入ると宮下にドラムを叩いてもらった。
かれが各地のコンベションセンターなどで演奏するときにはシゲ・中島がギターを弾き、島健がキーボードでわたしがベースを担当したりした。島健は妻の島田歌穂さんとともに現在も音楽界で活躍中である。
そしてシゲ・中島とSFというプロジェクトでアルバム「プロセス」を作るとき、宮下にプロデュースを頼んだのであった。
その後しばらくしてかれはアメリカを去り奈良の天河神宮の裏にあたる長野の戸隠高原飯綱に居を定め活動を始めることにした。そのときかれはまず地主神として尊信されている九頭竜社に詣ったのだ。

 以後、ヒーリング・ミュージックの分野を開拓して生涯の仕事にした。
わたしが日本に帰国して飯綱高原のかれのスタジオを訪ねたとき、
リンダはダイダラボッチという巨人が飯綱山を作る
とき、片足を沼池に落としてできたという 伝説が残る大座法師池まで迎えに来てくれたのだった。
そこで宮下は自身の成功のきっかけは安彦良和のアニメーション「アリオン」をテーマにアルバム(徳間ジャパン)を制作したことだった言っていた。
一見、無作為に散らばっているように思えるこれらのキーワードを集めると「弁天、ダイダラボッチ、九頭竜、飯綱、アリオン、」となる。これらはすべてニギハヤヒ関連の単語なのである。
かれがfumio miyashitaでありわたしがfumio yamashitaであること、
互いの妻の名前がカタカナの「リ」で始まり不動産の売買を仕事にしていること、
宮下がわたしの誕生日2月6日に亡くなったこと、すべてが裏と表で仕組まれていたように思えるのである。
死ねば永眠したというが、別に永遠に眠るわけではない。どうしようもないと判断された魂はパソコンのゴミ箱のように削除して完全に無にされるが、有益な魂は一時休憩の後に次の仕事を与えられる。
宮下はもうなにか使命を帯びて働いているようにいつも感じるのだ。
だから「やすらかに眠れ」とは呼びかけない。
「ともにがんばろう」と励ましあいたい。
fumio
  
 

   MIND SHIP

  It has no prologue.
  So does no epilogue.
  It’s a pleasure, but an agony too.
  It’s the spirit of enterprise
  that longs to know something.
  It’s the curious mind of the lewd.
  Seems like an ordinary mind.





 心船

始まりもなく終わりもなく
喜びであるばかりか苦しみでもあり
一見、ごくありふれた好き者たちの好奇的な
なにかを知りたがる冒険精神



アルバム「プロセス」から「心船」を聴く




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