monologue
夜明けに向けて
 



 今日は、ジョン・レノンの命日。胸がつまる。
 1980年12月、あの朝、八十歳を過ぎた大家さんが
「ジョン・レノンが殺されましたで」といって新聞(ロス・アンジェルス・タイムス)を見せてくれた。
呆然として記事を何度も読み直した。何度読んでも意味がつかめない。
全世界の人が呆然というときを持ったことだろう。
犯人、マーク・チャップマンは犯行前、アパートでヨハネの福音書一章、
「神は言なり」のページを開いてレノンを讃える儀式をしていたという。
犯行後、現場に残ってサリンジャーの小説「ライ麦畑でつかまえて」に読みふけっていたという。
 チャップマンは The Catcher in the Rye(ライ麦畑でつかまえて)の主人公と自分を重ね合わせていた。
その主人公は「夕空晴れて」と始まるスコットランド民謡「故郷の空」(Comin' thro' the Rye)が好きでライ麦畑で遊ぶ子供達を見守り、もしだれかが崖から落ちそうになれば救う者になりたがっていた。
ところがかれの実際にとった行動ははジョンを射殺することだった。
 
 「ダブルファンタジィ」アルバムにサインをしてやったあと、どうして射殺されなければならなかったのか。
ジョン・レノンはまさにヨハネ・霊音(レノン)だった。かれこそが子供達を救う者であり
マークには救う者としての資格が欠けていた。だれにも分というものがある。
わたしにはチャップマンがジョンからその資格を奪い取ろうとしたのだと思えるのだ。

 レノンは「平和をわれらに」と非暴力、無抵抗の戦いをベッド・インで訴え、
「イマジン」と世界がひとつになる日を夢見させた。
わたしが首の骨を折って入院したとき、家族は「イマジン」のLPを聴き直して涙した。
肉体は去ってもかれの魂は今もわれわれの心に生き続け、力を与えてくれる。
人類がつづくかぎり…。Thanks John!
fumio



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