monologue
夜明けに向けて
 



 高校時代、こんなことがあった。
倫理社会の先生が教室に入ってくるなり怒りだした。
だれかが口笛を吹いていたというのだ。まるで言いがかりのようだった。「だれかが王将 のメロデイを吹いていた。だれが吹いていたのだ 。わたしは今日、授業はしない。わたしが教室に入ってきたのに口笛を吹いたのはだれだ。あやまらないと二度とこのクラスでわたしは授業をしない。」


わたしたち1クラス50人ほどの生徒はなにがなんだかわからず唖然とした。今にして思えば職員同士のトラブルかなにかがあってその教師が精神的に追いつめられていたのだろう。その教師はその時間をずっと口笛を吹いた者への非難に費やして謝りに来ないかぎり二度と倫理社会の授業をしない、と言い残して教室を出ていった。生徒たちは「口笛なんか聞こえたか?」「さあ」「だれが吹いた?」と犯人探ししたりした。どうしたらいいのだろう、これから倫理社会の授業はなくなっていいのだろうかと不安になったりした。口笛を吹ける 者は自分がふと吹いたのかと思ったりした。

なにがなにかわからなかったけれどなにかしなければいけなかった。次の時間は昼食休憩だったのでわたしは職員室 に行った。
「ぼくが口笛を吹きました。すみませんでした。これからも倫理社会の授業をしてください」とあやまった。弁当を食べていた教師は不思議そうにわたしを見ていた。もしそんな理由で授業放棄を続けていればその教師自身が解雇されていたのだろうけれどそんな大人の社会のことはわからず高校生のわたしはただわたしがやらなければいけないと思うことをやるよりなかった。それで倫理社会の授業は何事もなかったように続いたけれど今でももしかしたらあの時「王将」を吹いたのはわたしだったのかもしれないと思う…。記憶はあいまいになり確信は薄れ行く。自白によるえん罪事件は根絶がむづかしい…。

fumio


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