「境界に生きた心子」

境界性パーソナリティ障害の彼女と過ごした千変万化の日々を綴った、ノンフィクションのラブストーリー[星和書店・刊]

「フラット革命」 第三章 「組み換えられる人間関係」 (3)

2007年12月09日 20時30分17秒 | 心理
 
( http://blogs.yahoo.co.jp/geg07531/51609716.html からの続き)

 荒野のような インターネットに対して、

 マイミクシィ (友だち) で つながっているミクシィは、関係が絞られています。

 自分のページには プロフィールや日記が 載っているため、

 それに紐づけされる形で、自分の発言に 責任を持たなければならなくなります。

 そこが匿名掲示板などと 異なるところです。

 ブログでも そういうやり取りはできますが、ミクシィでは、

 パーティーで知り合った人に 声をかけられ、

 意見を交わすような 感覚があるといいます。

 ミクシィの日記で 話題を投げかけると、連鎖反応のように 対話が発展していきます。

 そこでは テーマが中心ではなく、人間が中心になって、

 パブリックとプライベートの 中間の状態ができています。

 日記で生まれるものは プロセスそのものであり、目的は重要ではありません。

 プロセスに参加することが 重要ということです。

 ネットの世界では 読む側と書く側が融合し、作者に読者がコミットし、

 読者は同時に 作者となっています。

 作者と読者の フラット化です。
 

 また、ミクシィでは 「人間関係の相対性理論」 と 称するものが起こります。

 昔の同級生と再会したり、

 マイミクのマイミクを通じて、実社会では 決して関わらない人たちが つながったり、

 空間も時間も超えた 人間関係が生まれるのです。

(佐々木氏は書いていませんが、“時空のフラット化” と言えるのかもしれません。)

 こうしたソーシャルの仕組みは、仮想空間だけだった ウェブ世界でなく、

 リアルの世界への接点を 実現していきます。

 バーチャルとリアルが融合する、新たな世界なのです。

(続く)
http://blogs.yahoo.co.jp/geg07531/51657504.html
 
コメント
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