先日田舎へ帰ったとき、二人の友人と会いました。あらかじめ二人に連絡して是非会いたいと伝えていました。中学時代の同級生です。
何故この二人に、というのには理由があります。私のホームページの「悲しみは消えず」というページに関係があるからです。第二次世界大戦も終わりに近いある日、わが故郷を襲った米軍の艦載機。当時汽車通学をしていた我々を襲った傷ましく、そして忘れられない一日。
乗客多数が死傷した傷ましい思い出。そのとき重傷を負ったのが上記のうちの一人です。そして彼は今、戦争の悲惨なことや命の尊さを伝えるべく、進んで「語り部」となり、近隣の学校などを廻っているのです。もう一人の友人は、この悲惨な事件を風化させないため、記念碑の建立や小冊子の発行に尽力したのです。
というわけで、今回はこの二人の友人に会って来ました。友人が重傷を負っていたというのに、うしろも見ずに逃げて帰った私は、誠に恥ずかしい。
何故この二人に、というのには理由があります。私のホームページの「悲しみは消えず」というページに関係があるからです。第二次世界大戦も終わりに近いある日、わが故郷を襲った米軍の艦載機。当時汽車通学をしていた我々を襲った傷ましく、そして忘れられない一日。
乗客多数が死傷した傷ましい思い出。そのとき重傷を負ったのが上記のうちの一人です。そして彼は今、戦争の悲惨なことや命の尊さを伝えるべく、進んで「語り部」となり、近隣の学校などを廻っているのです。もう一人の友人は、この悲惨な事件を風化させないため、記念碑の建立や小冊子の発行に尽力したのです。
というわけで、今回はこの二人の友人に会って来ました。友人が重傷を負っていたというのに、うしろも見ずに逃げて帰った私は、誠に恥ずかしい。