午前中には、蒲団に風を入れ、のんびりと朝食を戴く。明日まで休みだが、予定が目白押し。午前中は何もないが、午後からパソコンの調整に来てくれる。その後は、勤務先で地域の掃除奉仕がある。担当の同僚が一人で心細そうであったので、気の毒になって参加することに。休みだが致し方ない。
で。本日は、何があっても枇杷葉の袋掛けを、と勇んで行う。雲行きが怪しくなり、蒲団を仕舞った途端に、時雨れる。フェンスの外も気になり、草を抜いて掃いた。雨が降ると元気がよくなるので、油断は出来ない。薔薇がげんなりしているので、水遣りをする。袋掛けを終えた枇杷葉が風に揺れる。
麦を1本床に置いていたら、すばるが口にしたらしく、そこら中に吐いている。片付けをしつつ、外に出さない分の世話である。天気なら暑いくらいだが、曇りなって涼しい。すばるは隙を狙って、座布団に来る。昼ご飯を終え、ブログの更新をするのに、すばるを呼ぶと、転がるように駆け込んで来る。
チェアーに敷いた毛布に飛び乗り、丸くなっていたかと思う間に、寝息をたてているのが可笑しい。体は大きいのに、遣ることは幼い。でも腕白であるのが微笑ましい。悪戯の度合いも多少は減ったが、そこら中を駆け回るのが忙しい。網戸にしているが外に出ないのでほっとする。喉を鳴らして甘える。
深紅の薔薇は、苗を買って鉢植えにした。余りの美しさに、挿し芽にしたら、どんどん増えて、薔薇酒を作るまでになった。然し、今年は新芽が出なく枯れた。ここから挿したのが蕾をつけ、開花してきたのだが、薔薇の生態が分からない。花の付き具合にも依ろうが、枯れては新芽が脇から出るのかしら。
左の肩が痛くて仕方ないので、枇杷葉の生葉を採って当てる。肩凝りが歯痛になるのも理解でき、痛みの軽減を祈る。他人には手当てをしても、自分には誰もしてくれずで、つい我慢をしてしまう。左側を堪えていると、心臓への影響もあるか、と休みを幸いに施行する。何時も思うが、自分のことは後に。
運は一度はまぐれもあるが、二度目は努力である。徳川家康の天下統一には、我慢や忍耐が相当にあった。その計画的な野望には、じっと耐えるだけでなく、頭脳をフル回転させていた。自分の年齢を鑑みるに、そういった視点の無さが歴然である。書物は、知識をひけらかさず教えてくれる。有難いこと。
今年も満開になって、辺り一面匂う。この愛らしい姿が気に入って植えているが、繁殖力は強い。