夏休みも最後の日、ふみこは宿題に大わらわだ。真面目にしようにも、朝早くからすることが多過ぎる上に暑さに落着かない。ラジオ体操を早朝にすれば、机に向かう兄に感心していたが気づくのに遅かった。「兄ちゃん、23足す8って何なん」「アホ自分で考えや、手と足を使ったら分ろうが」手の指は10本足も同じ数。
ふみこは仕方なく、紙に書いて計算し適当に□を埋めていく。算数は苦手で頭まで痛くなるが、国語は知らない物語が載っていると惹き込まれてしまう。ふみこの通う小学校には、図書室すらなかった。祖母は昔の尋常高等小学校に一年しか通えなかったそうだが、お伽噺の面白さにふみこは風呂焚きする傍で耳を傾ける。
かぐや姫の噺になると、妙に心がざわついてしまうが何故だろう?何だか月に往ったような気もする。今晩は満月で中秋の名月という夜、涼やかな銀色の光りが満ちて降り注いでいるように観え「ばあちゃん、月には兎がおるんかな」「おるともさ、見てみぃあそこで踊っとるがな」ふみこの耳に、澄んだ鈴の音がし始めた。
兎は…白兎と玉兎で、あの道を連れて行ってくれたんではなかったかな。あれぇ?誰か一緒にいたんじゃわ、眉毛のきりっとした顔に、引き結んだ口とやさしい笑い声がしてなかっただろうか。ふみこの名まえを呼ぶ声が、遠い時へと螺旋階段を下りて行くのだった。誰なのかが声も顔も覚えているのに、思い出せないのだ。
ふみこは身体を思わず震わせ、何だか気持ちが高まって夜空に吸込まれていくようだ。「お月さんに、宮殿があるかな」祖母は険しい顔つきになり、ふみこを家に引き入れ「夜露を浴び過ぎたらいけん、魂まで持っていかれるんぞ」ふみこは布団に潜ろうとして、祖母の箪笥の上に置いてある物を見つけ記憶の渦に捉われた。
ふみこは仕方なく、紙に書いて計算し適当に□を埋めていく。算数は苦手で頭まで痛くなるが、国語は知らない物語が載っていると惹き込まれてしまう。ふみこの通う小学校には、図書室すらなかった。祖母は昔の尋常高等小学校に一年しか通えなかったそうだが、お伽噺の面白さにふみこは風呂焚きする傍で耳を傾ける。
かぐや姫の噺になると、妙に心がざわついてしまうが何故だろう?何だか月に往ったような気もする。今晩は満月で中秋の名月という夜、涼やかな銀色の光りが満ちて降り注いでいるように観え「ばあちゃん、月には兎がおるんかな」「おるともさ、見てみぃあそこで踊っとるがな」ふみこの耳に、澄んだ鈴の音がし始めた。
兎は…白兎と玉兎で、あの道を連れて行ってくれたんではなかったかな。あれぇ?誰か一緒にいたんじゃわ、眉毛のきりっとした顔に、引き結んだ口とやさしい笑い声がしてなかっただろうか。ふみこの名まえを呼ぶ声が、遠い時へと螺旋階段を下りて行くのだった。誰なのかが声も顔も覚えているのに、思い出せないのだ。
ふみこは身体を思わず震わせ、何だか気持ちが高まって夜空に吸込まれていくようだ。「お月さんに、宮殿があるかな」祖母は険しい顔つきになり、ふみこを家に引き入れ「夜露を浴び過ぎたらいけん、魂まで持っていかれるんぞ」ふみこは布団に潜ろうとして、祖母の箪笥の上に置いてある物を見つけ記憶の渦に捉われた。