ここはどこだろう?何だか駅の地下道にも思える場所に、ふみこは居た。ああそうだわ、阿修羅王像を観に来たんだわ。進もうとした途端に、若い男性が飛び出した。片手を上げ「ごめん、大丈夫かな」えっ?この声…聴いたことがある懐かしい響きだ。ふみこは堪らずにその人を見つめた。リョウさん遇えたのね。
だがリョウは、誰かと話すことに夢中でふみこだと気づかない。「そうなんだよ、明日は土曜日だし家に帰らなくちゃね。小さいのが待っているんだ」リョウはそう言い、ふみこに軽く会釈して地下道を駆けて行く。ふみこはリョウに廻りあえたうれしさで我を忘れていたが、大人のふみこを知る筈もないと見送る。
地下道からホームに上がると、ふみこは右にリョウの乗る電車は左にと発車した。興福寺までの道のりをどう辿ったのかも上の空で、リョウに遇えたことだけが心を捉え離さなかった。リョウの顔も声も姿すら覚えているのに、すれ違うだけで。リョウの生活に、自分を重ねることは不可能に近く元に戻りはしない。
からくり時計が落ちて土に吸込まれて消えた時、ふみこは兄に組みついていった。怒りの塊が身体中に噴きだし止まらず、同時に兄を許せなかった。殺意が沸き上がるふみこを、祖母が抱き取り「止めんか、女の子がそれも兄さんに向って」ふみこは、謂れのない悔しさと腹立ちが収まらず涙が零れるままだった。
兄の仕業に母親はおろか父までもが味方で、神妙さを見せていた兄は振り返ると舌を出しにたついた。ふみこの心中で音もなく崩れていく景色が視え、リョウには二度と遇えないと知る。眠りに尽くがよい、永い時を繰り返して目覚めよ。その時には、そなたも彼の者もそれぞれの人生を歩んでのことになろう…。
暦 如月・下弦・小潮
だがリョウは、誰かと話すことに夢中でふみこだと気づかない。「そうなんだよ、明日は土曜日だし家に帰らなくちゃね。小さいのが待っているんだ」リョウはそう言い、ふみこに軽く会釈して地下道を駆けて行く。ふみこはリョウに廻りあえたうれしさで我を忘れていたが、大人のふみこを知る筈もないと見送る。
地下道からホームに上がると、ふみこは右にリョウの乗る電車は左にと発車した。興福寺までの道のりをどう辿ったのかも上の空で、リョウに遇えたことだけが心を捉え離さなかった。リョウの顔も声も姿すら覚えているのに、すれ違うだけで。リョウの生活に、自分を重ねることは不可能に近く元に戻りはしない。
からくり時計が落ちて土に吸込まれて消えた時、ふみこは兄に組みついていった。怒りの塊が身体中に噴きだし止まらず、同時に兄を許せなかった。殺意が沸き上がるふみこを、祖母が抱き取り「止めんか、女の子がそれも兄さんに向って」ふみこは、謂れのない悔しさと腹立ちが収まらず涙が零れるままだった。
兄の仕業に母親はおろか父までもが味方で、神妙さを見せていた兄は振り返ると舌を出しにたついた。ふみこの心中で音もなく崩れていく景色が視え、リョウには二度と遇えないと知る。眠りに尽くがよい、永い時を繰り返して目覚めよ。その時には、そなたも彼の者もそれぞれの人生を歩んでのことになろう…。
暦 如月・下弦・小潮