千葉日報 【戦後75年 千葉市稲毛区 気球連隊の格納庫解体へ 「風船爆弾」任務 惜しむ住民、見学会に570人】
太平洋戦争末期に米本土を狙う「風船爆弾」に携わった旧日本陸軍「気球連隊」の旧第2格納庫(千葉市稲毛区作草部)が、解体されることになった。民間企業が倉庫として使っていたが、老朽化が進み昨年秋の台風で天井が破損。別の企業に売却され、解体が決まった。
「軍都千葉」を象徴する戦跡を多くの人に知ってもらおうと、地元住民らが見学会を開き、県内外から訪れた約570人が戦争の記憶を胸に刻んだ。
千葉市や地元住民によると、気球連隊の前身の気球隊が1927(昭和2)年に埼玉・所沢から作草部に移転。格納庫は37(昭和12)年ごろ、骨組みを三角形状に組み合わせるダイヤモンドトラス工法で建築された。
敵機の偵察をしたり、味方の砲弾がどこまで飛んだかを確認したりする「係留気球」が納められていた。
一時期は、千葉空襲で焼けた周辺小学校の学舎としても使われたという。(以上は千葉日報より頂きました)
【写真はNHKニュースより】
千葉市稲毛区作草部のニュースを保存させて頂きました 2020年9月解体寸前の気球格納庫
2020年9月気球連隊の格納庫解体開始へ
日本初の気球聯隊
模型作製のために建築家 市原 徹氏はいろいろと調べられたそうです
いろいろと工法を研究する建築家 市原 徹氏
当時は画期的な工法と 建築家 市原 徹氏は語りました 解体現場を見守る近隣住民
特別展のご紹介 最終日令和2年12月13日(日) 於 千葉市郷土博物館(通称 千葉城)
展示内容 = 【軍都千葉と千葉空襲ー軍と歩んだまち・戦時下のひとびとー 】
下記の模型は上記にご紹介の解体されました旧格納庫の模型です。
特別展に間に合いますように作成したそうです 模型の中の様子
特別展のお知らせ記事 讀賣新聞より