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日展の洋画のこと

2013年12月04日 21時01分50秒 | 新聞などのニュースから
(長文です。capter7 に追記あり)



 朝日新聞が1面に日展の話題をもってきたのは、筆者が知る限り12月1日付で3度目であるが、さすがに最初のときの衝撃は薄らぎつつある。…などと書くと、筆者の勤め先が朝日に独走状態を許していることを面白くなく感じてわざとけなしているように受け取る人があるかもしれないが、そういう問題ではない。やはり、団体に入選者を事前に割り振っていたのと、一部審査員に金品がわたっていたのとでは、どうしてもニュースの衝撃度では、前者のほうが勝るように感じる。いや、勝るとか劣るとか、そういう尺度ではかる事案ではないとはいえ、審査員にお金がわたっていたということを聞いても「やっぱりなあ」ぐらいの感想しか思い浮かばないのだ。
 これで、仮に、金額の多少により当落が左右されていたという証拠でもあれば、大きなニュースになるだろう。

 以下、脈絡はあまりなく、思いついたことを記す。



 個人的には、せっかく「日展の書部門の特殊性と、朝日新聞のスクープの意味」という記事を書いたのに、洋画部門もなんだかんだとモンダイを抱えているのだなあと、ややがっかりした気分である。
 いや、これはどうでもいいか。
 


 もうひとつ個人的な感想を書くと
「審査員17人って、ずいぶん少ないなあ」
ということ。
 中央でも地方でも、団体公募展では「会員イコール審査員」というところが多いから、とくに絵画部門や油彩部門では、何十人もの会員が審査にあたる。
 むしろ、「人数が多すぎて、審査が機械的になる」「議論がない」ほうが問題になったりする。

 17人だと、良いほうに転べば、談論風発となるだろうし、悪いほうに転べば、ボスがにらみをきかせやすくなるだろう。
 審査員が50人も60人もいれば、かりにボスがいても、その顔色をうかがったり空気を読んだりしない一匹狼的な人が出てくる可能性が高くなる。
 17人だと、そもそも審査員になりやすい人と、ボスににらまれて審査員になかなかなれない人が出てくるのではないだろうか。



 新聞記事で気になったのは「入選」と「入賞」のこと。

 こんなことを書くとまた反発されそうだが、筆者は、団体公募展に「入選」した人に「おめでとう」と言うことはない。
 本人は「ヒラ入選」なんてちっともうれしがっておらず、「入賞」を狙っていたかもしれないからだ。

 はっきり言って、道展や全道展で、毎年「ヒラ入選」にとどまっているのであれば、何年たっても会友、会員への道は開けないだろう。
 もちろん、一度や二度であきらめない人にこそ、会友、会員への道が待っているわけなんだが。
 1人で複数点を出品している場合が多いので、たぶん、大半の団体公募展は、入選する人のほうが、落選する人より多いのではないか。

 そう言うと驚く人もいるかもしれないが、5号、10号のキャンバスに花の絵や風景画を趣味で描いている人は、50号、100号が並ぶ団体公募展には最初から挑戦しない。
 出品する人のほとんどは、出品するというだけで、それなりの水準に達しているとみるべきだろう。

 日展の難易度は分からないが、「ヒラ入選」のために何万円も包むのは、「コストパフォーマンス」が悪いような気がする。



 先の記事でも書いたけれど、書の世界では、日展でえらくなることには、まだまだそれなりの価値があると考える人は少なくない。

 しかし、洋画、美術の世界ではどうなんだろう。

 1980~90年代には、海外で業績を挙げて日本で凱旋展を開いた画家に対し、周囲が
「すごいですね。日展に出したら入選入賞するんじゃないですか」
と出品をすすめるというアネクドート(小話)が存在したが、それは過去の話ではないだろうか。

 洋画系では、独立や二科、二紀、新制作、行動など、日展系でない(=日展との掛け持ち出品はしない)団体公募展も多い。
 そういう非官展系の団体に属する画家や、無所属の画家が、画壇の芥川賞とよばれる「安井賞」を受賞するなどしている。
 近年では、現代美術(コンテンポラリーアート)の台頭がめざましいのは、言うまでもない。

 かつては、三越など百貨店系の画廊では、日展系の画家が多くみられたが、最近はほんとうに少数派になった(統計的な裏打ちがなくて、すみません)。

 下記の関連記事でも書いたけれど、もはや「日展の洋画」は、文化功労者・文化勲章への近道ですらない。

 だとしたら、日展で偉くなることのメリットって、いったいなんだろう。

(12月7日追記。別に偉くなることが悪いことではないが、お金を積んでまで入選しようとするのだろうか)



 団体公募展を手厚く紹介しており、けなしたり、批判したりすることはほとんどない某月刊誌が、日展の洋画部を紹介するページの冒頭で、師匠の作品に似すぎている絵があまりに多いと苦言を呈したことがあった。
 さすがにこれにはおどろいた。



 ちなみに北海道では、日展系といわれる団体公募展のうち、東光会、光風会、創元、大洋、日洋会などについては、支部としての活動は聞いたことは無い。出品者・会員などは、いないか、いても少ないと思う。示現会は北海道支部があるが、小さな集まりである。
 比較的存在感があるのは白日会一水会だが、後者は80年代だか90年代の組織改編に反発して多くの退会者を出し、道内関係者は以前よりもかなり減ってしまった。

 いずれにしても、独立王国といわれる土地柄なので、日展のニュースはそれほどピンとこないのが正直なところだ。




 一連の日展の問題については、11月18日の北海道新聞朝刊文化面「ウエーブ」欄に村田真さんが書いていたテキストが非常にまとまっていた。
 中にこうある。

 私は10年以上前から欠かさず見ているが、驚くのは毎年同じような作品に出会うこと。ある画家は自分の妻ばかりを、ある画家は敦煌の壁画ばかりを、またある画家は自分のアトリエ風景ばかりを毎年出品している。十年一日のごとし、まったく代わり映えがしないのだ。盤石といえば聞こえはいいが、震災も原発事故もどこ吹く風、時代や社会に背を向けた姿勢はあきれるばかりだ。


 まあ、伝統芸能だと思えば腹も立たないだろう。



 というわけなので、別にいまさら日展を批判しても、美術界の大勢にはもうほとんど影響ないんじゃないかと思うのである。





 朝日新聞DEGITAL から引用する。

http://www.asahi.com/articles/TKY201311300387.html

日展洋画、審査員に現金送付 入選求め事前運動が慣例に

 【青木美希、沢伸也】公募美術展「日展」の洋画分野で、主要会派の入選候補者が審査前に、応募作品の写真とともに現金や商品券を他会派の審査員に送っていたことが朝日新聞の調べでわかった。主要会派間で入選候補者を事前に推薦しあう慣行があり、金品は入選に向けて便宜を図ってもらう謝礼とみられる。

 洋画の審査員は17人で主要7会派を中心に選ばれ、毎年10月に審査する。入選するには、他会派を含め半数程度の同意が必要だ。

 審査員を何度も経験した日展幹部によると、審査員になると各会派が内部選抜した入選候補者100人以上から応募作品の写真が事前に郵送されてくる。約2千点の応募作品の中から事前に覚えてもらうためだ。「作品がよほど悪くなければ実際の審査で手を挙げる(入選に同意する)」という。この日展幹部はその大半に現金や商品券が同封されていたといい、「作品を事前に覚えるのに手間がかかるので、タダというわけにはいかないということだ」と自身も受け取ったことを認めた。




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