北海道美術ネット別館

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クリエイターとコンテンツビジネス、そしてアート(中)

2006年01月16日 15時08分22秒 | 情報・おしらせ
 で、そういうファインアートや商業美術のビジネスモデルって、これからも有効なの? という疑問がとうぜん出てくるワケで、この文脈でかならず登場する時代の象徴がインターネットやデジタルなんです。
 ネットはべつにしてもファインアートの世界はこれからいっそうきびしくなるだろうと思う。外国はわかんないけど、とりあえず日本では。
 理由その1。大口のクライアントだった地方公共団体が財政難のため、公共施設の建設が減り、ロビーに飾るためなどの需要も減ってくる。府県の美術館建設もほぼ一巡し、美術品の購入自体が激減している。
 理由その2。画商も画家も、国内向けに設定された割高な製品(絵や彫刻のことです)価格を、大幅には下方修正できないから、販路は広がらない。
 理由その3。これまで作家の生活をささえてきた学校教師の口が、芸術系大学の設置が一段落したことや、少子化の影響で、今後は減っていく。
にもかかわらず、道内だけで100号以上の絵は毎年1000枚以上作られている。どうするんだろうね、じっさい。
 また、デジタル技術の進歩は、さしあたって絵画や版画のデジタル複製の普及と急速な価格低下をひきおこすことが予想される。この時代は、本物の絵にこだわらず、絵のコンテンツで勝負するというふうに発想を転換した作家が生きのこるのかもしれない。

 じゃ、商業美術が安泰かっていうと、そうじゃないだろう。インターネットやデジタルコンテンツは、「課金しづらい」という大きな難問をかかえている(新聞社も頭が痛い)。プロダクトデザインだって、外国製品の急激な流入によって、いままでは10万円と20万円からえらぶって感じだったのが「9800円でいいよ」という風潮になって良いデザインのものをえらぶそもそものきっかけがなくなってしまったという分野が相当数ある(代表は婚礼家具。日常衣料もかなりの程度まで)。
 しかし、別の側面から見ると、ネットがビジネスチャンスの拡大につながっているのは言うまでもない。これまで、出版も映画もテレビ番組制作も、コンテンツビジネスは東京に集中していたのだが、ネットでデジタルデータをやり取りできる時代になって、作家も流通業者も東京に拠点を置く必然性がかなり低下してきた。単純な話、北海道内の企業だって、わざわざ東京に発注するより地元で広告などを作ってもらったほうが良いだろう。
 30人のクリエイターの中に、鈴井貴之さんもえらばれているのだが、あの「水曜どうでしょう」の大ブレークの影にもデジタルがある。
 それは、嬉野ディレクターが持っている小型カメラがデジタルだとかそんなレベルじゃなくて(いや、番組制作費を切り詰める効果はたしかにあったんだけど)、BSデジタル放送や地上波デジタルの開始で、東京のキー局は未曾有のコンテンツ不足に見舞われているのだ。かつては番組編成のかなりの部分を東京発のコンテンツに依存してきた地方のテレビ局が、自前での番組制作をキー局から促される時代になってきている。「水どう」は、その波と無縁ではないだろうし、現在はDVD(これもデジタル技術)が全国で売れて、HTB(北海道テレビ)の一大収益源に成長している。
 別の角度からいえば、地方テレビ局といえど、東京に左右されない経営がなりたちやすくなってきたということだろうし、地方の作家にとっては、ローカルにせよ全国にせよ、コンテンツ発信の敷居が低くなったことを意味するのだ。多チャンネル化は広告単価の相対的な下落をまねくだろうから、制作費もそれにつれて切り下げられてるんだろうけど。 


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