さぬき市地方は高気圧に覆われて概ね晴れていた。気温は14度から26度、湿度は74%から48%。風は2mから4mの西北西の風が少し。明日の5日は気圧の谷の接近で雲が広がり、雨の降るところがあるらしい。
神戸からのお客さんもやってきて、にぎやかな朝になった。朝食後、みんなは山の旧宅に出掛けた。
草刈りをする者もあれば、タラの芽を摘む者もありぃの、母のさっちゃんのバイクを修理する者もあって、それぞれ、好きな時間を楽しんでいる。
このバイク、母のさっちゃんの愛用のバイクだが、平成16年の台風の後から動かしていない。つまり、10年もそのまんまだから、どんなにしたって動かない。ガソリンもオイルも腐っているはず。さすがに男たちはあきらめて帰って行った。
山はすっかりと夏の装い。暑くもなく寒くもない。
タケノコを娘が掘ってきたりと自然を満喫。タラの芽もレジ袋にいっぱい・・・。
これは「虹」なんだけれど、変にまっすぐ・・・。「この世の終わりではないのか・・」と大騒ぎ。「天地が逆転する予兆では・・」とわぁわぁ云うていたが、なんともなく1日は過ぎる。
男たちは釣りに行ったり、残りは昼寝をしたりで休日を過ごす。
私も朝から昼からビールをいただいてお昼寝をして時間を過ごす。
今日の掲示板はこれ。「冬があり夏があり 昼と夜があり 晴れた日と雨の日があって 一つの花が咲くように 悲しみも苦しみもあって 私が私になってゆく」という星野富弘さんのことばから。星野富弘さんは、群馬県出身の詩人であり画家である。1970年に高崎市立倉賀野中学校に体育教師として着任したものの、2ヵ月後に体操部の指導中、宙返りの模範演技で失敗により頸髄損傷の重傷を負い、肩から下の機能が麻痺してしまった。9年間におよぶ入院生活の間に、口にくわえた筆で水彩画、ペン画を描き始め、後に詩を添えるようになり、退院後、故郷に帰って創作活動を続け、水彩画、ペン画に詩を添えた作品と随筆を織り交ぜた『花の詩画集』をはじめとした数々の著作を出版。全国各地やハワイ、ニューヨークなどで「花の詩画展」も開催している。1991年には東村に村立富弘美術館が開館し、中学校の国語、道徳の教科書に随筆が掲載されているという。
じゃぁ、また、明日、会えるといいね。