昔、年寄というものは、お茶を飲んだり物を食べたりしているとき、どうして突然にむせるのだろうかと不思議に思ったことがあった。
何の兆候もなく、突然「げーっほ、げほげほ」と咳き込んで前のめりになる。
どうしてあんなふうになるんだろうか。
ああはなりたくないもんだ、と思っていた。
ところが最近、自分がむせるようになってきた。
ひとしきり咳き込んだあと、「あぁ、とうとう自分にも来たか」と愕然とした。
自分がなってはじめてわかったのだが、あれはくしゃみのように、来るぞ来るぞというものではなく、当人が予測不可能な状態で襲ってくるのである。
お茶を飲んでいて、妙なところに入り、「げーっほ、げほげほ」とむせて、口の中のお茶を噴き出し、そのあげくに顔が真っ赤になるほど咳き込んでしまう。
しばらくしてやっと咳も収まり、「うーん、死ぬところだったわい」ということになる。
それから何度か茶でむせたが、さすがに気をつけるようになったので、茶を噴き出すことはなくなった。
だが口からだらっと茶が流れ出たり、あわてて台所の流しに駆け込んだり、とても人様には見せられない光景が展開されている。
家でむせるぶんならまだいい。
静かな和食店の個室で、ご飯を口の中に入れて噛み始めたら、そのうちの一粒か二粒が、喉の奥のほうにひょいとはりついて緊急事態になった。
場所が場所なのでそこいらじゅうにご飯をぶちまけたりできない。
とにかく咳がこみあげるのは我慢できず、咳をひとつしたあと急いでお茶を飲んだ。
ゆっくり流し込んでいるうちに、へばりついていたご飯粒も無事流れていったらしく、「あーよかった」と胸をなでおろした。
何かの拍子でご飯粒が変な場所にへばりついて、その瞬間に目が飛び出しそうになったこともある。
きっと身体の反応が鈍くなってきたに違いないのだ。
ついこの前までは中年の親玉であったが、もうすっかり高齢者の入り口に立つ年頃になったと思うのであった。