回顧と展望

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黒電話

2021年04月29日 17時47分41秒 | 日記

携帯電話がこれだけ普及した今でも、自宅には固定電話を設置したままにしている。携帯電話に加えて固定電話を持っているのは不経済ではあるが、多くの友人・知人がこの固定電話番号を知っているので、万一の連絡のことを考えるとこれをやめてしまうのはどこか落ち着かない気がする。更に、数は少ないが特定の知り合いとファックスを送ったり送られたりするときに便利だ。特に最近の電話機には、迷惑電話撃退のための装置も各種ついているから、固定電話を狙ってくる詐欺商法に引っかかるということも無い(と油断してはいけないが)。先般、こちらが着信拒否の自動メッセージを流していたらかけてきた方も自動メッセージだったことがある。そのうちにAI同士で会話ができるようになったりしたらそれはそれでまた心配だ・・・

はじめて自宅に電話が引かれた時のはっきりした記憶はない。物心ついた時から電話があったわけではないから、何か記憶があってもよさそうなものだが、たぶん、初めの頃子供の自分が電話をかけたり受けたりするということがなかった(相手がいなかった?)からあまり強い印象が残らなかったのかもしれない。

1980年代まで、自宅では黒電話だけだったのだが、そのころから普及してきたファックスの機能が欲しかったのと、かけてきた人の名前や番号が表示される機能が便利だったので、黒電話は部屋の片隅に追いやられてしまい、新しい白い電話機に置き換えられてしまった。しかし、一度大地震で停電があった時、その電話機が停電で機能を停止してしまったのに、この黒電話機であればNTTが弱い電流を別のルートで電話線に流しているために通話ができるということを知り、急遽数十年ぶりにジャックにつないでみると確かに動いていた。あの、懐かしい発信音を聞いた時には少し心強い気持ちがしたものだ。しかし、引っ張り出されたのもそれ一度でまた、お役御免に。

そういえば4年ほど前の父の遺産相続の時に、遺産額を算定する国税庁の通達を見ていたら親から引き継いだ家にあったこの固定電話は電話加入権として相続の申告財産(1500円!)になっていることが判った。金額が僅少なので、相続税から見ればどうということはないが、この黒電話を眺めながら、世の中にこういった財産もあるということを知って何か感慨深いものがあった。

この電話機、底を見ると600A2と刻印されている。このタイプの電話機は1960年代に導入されたらしいから、この家に来てもう60年近くなる。今までこの電話機でどんな話をしたのかはあまり覚えてはいないが、一つだけはっきりと記憶しているのは、大学の合格発表で発表の直後に(自分がまだ知らないうちに)叔母の一人からお祝いの電話をもらったのがこの電話機だった、ということか。その叔母もとうに他界してしまった。

今は自宅のオブジェになっている黒電話。当時の部品のせいか、あるいは安定させるためか、ずっしりとくる重い電話機。受話器だけでも相当重たい。こんなに重たい受話器なら長話はできなかったと思う。

今日は昭和の日。勝手な思い込みだが、昭和には桜の花が似合うような気がする。今日満開になったオオヤマザクラ、またの名をエゾヤマザクラ。黒電話もまた昭和の名残。

コメント (2)
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