11月の第一木曜日(11月1日)は斑鳩の里・法隆寺に行ってきた。
その昔、この辺りにはイカル(スズメ目アトリ科)がたくさんいたことから斑鳩の里と言ったのだとか。聖徳太子が推古天皇の時代に摂政としてここに、斑鳩宮を置いて、法隆寺を建てるなど仏教振興に尽力したという言い伝えがある里やね。
いにしえの昔、古代は謎が多いけど…確かに法隆寺は斑鳩の里にあったな。
アトリの写真などは、観光バス駐車場そばの法隆寺センターに掲示してあった。センターのたくさんの展示物を見て選りすぐりの宮大工の手で、倦まずたゆまず、法隆寺は再建・維持がされてきて、今日に至っていると、自分の頭で理解できて良かったな。
見出し写真は法隆寺境内の秋景色。おにぎり食べながら…のんびりした気分で落ち着いて紅葉をめでることができるのが、奈良の良いところやな。
柿食へば鐘が鳴るなり法隆寺 子規
日本で最初の世界遺産というのも、もっともなことや。
松の幹に梅苔がびっしり着いていても奈良らしい風格があるで。
法隆寺は世界最古の木造建築と言われる。五重塔や夢殿は昔のお札に使われていた聖徳太子像と共に、既視感があった。瓦にまで法隆寺の銘があったのは新発見でビックリ!
百済観音像や夢違観音像など飛鳥・白鳳時代の仏像は清々しくて、初々しい清潔感があって良かったなあ!この時代の仏教文化には青春の息吹きみたいなものを感じるんだよね。
中宮寺の弥勒菩薩・木造半樫唯像は以前から見たいと思っていたので…お目にかかれて良かった
写真には撮れなかったので、會津八一(あいず)の歌碑でその感動を追体験しよう
朝の光にほんのりと照らされて美しいなあと…八一さんは感じたんや
法隆寺境内の植物で最も感動させられたのはこれ雷や風雪に打たれて幹の大半がボロボロに腐って、古びた樹皮一枚になっている。高くそびえていた樹高も、かつてよりはるかに低くなっているみたい。
けれどもしぶとく生き残っていまだに葉を青々と茂らせているんだよね。
かっこいい老木やったな。
老木の右の写真はイチイ(一位)の生垣。赤いのは甘い実。
法隆寺の古井戸。屋根を支える柱が湿気と風雪に傷んできたらしく 丁寧に人手をかけて修復されている様子は、古い文化財に対する愛情と仕事に対する誇りに溢れていて、いつまで見ていても飽きない光景やったな。
これが経済第一主義の荒れ狂う大阪の我々の住処(すみか)やったら、ブルドーザーがやってきてたちまちのうちに根こそぎぶっ潰し、跡地にお手軽プレハブの囲いを作って一丁あがりてなもんで何だかうら寂しくなってしまうところ。
世界最古の文化財はええなあこれからもあんじょう維持・管理してや
大阪の我々の地にもこういう文化を移植したい…と願いたい。