あおしろみどりくろ

楽園ニュージーランドで見た空の青、雪の白、森の緑、闇の黒の話である。

チャリンコ野郎達 3

2010-05-26 | 
1月の終わりにリオが来た。
ネルソンに住む知人からメールが来て、彼の事は知っていた。
自転車で世界一周旅行をしている若くて活きのいいヤツがいる。クィーンズタウンへ行ったらよろしく頼むというメールだ。
僕はその時、今シーズン最大の目玉、NHKのドキュメンタリーロケの手伝いをやっており、何日か家を空けなければならなかった。
移動中のリオとはうまく連絡がとれなく、彼から電話があったのも山に入る直前のことだった。フラットメイトのエーちゃんに全てを任せ僕は山に入った。
まあ会えないならばそれまでの縁だろうと軽く考えていたのだ。
撮影の仕事はとにかく時間がかかる。普通なら3日で歩くルートバーンも今回は5日間をかけた。それもこれ以上ないという天候に恵まれての5日間である。
天気に恵まれなかったら1週間にも10日間にもなる。実際ボスのリチャードはそれを考え10日位の食料を用意していたのだ。
僕の仕事はポーター兼その日のキャンプ地探し。撮影隊より先行して、その日に泊まるキャンプ地を探すというものだ。
今回のロケでは公共の施設は使えない。おまけにルートバーンはグレートウォークなのでキャンプをするのもトラックから500m以上離れなければならない。
重い荷物をトラックに置き、草をかき分けながら8人が快適にキャンプを出来る場所を探す。ハードだが、人の全く来ない展望の良い所でキャンプができるというボーナスがつく。
そんな5日間を終え、ビールを求めフラフラと家に戻ると、リオが僕の帰りを待っていた。
自転車に乗って、日本一周、台湾、オーストラリアを何ヶ月もかけて周り、ニュージーランドの旅の途中にクィーンズタウンにやってきた。
http://ameblo.jp/gwh175r/
ヤツのエライ所は世界一周という壮大な計画をたてながら、きっちりと最初に1年近くかけて日本一周をやっていることだ。
最初から外の世界に目を向けるのではなく、最初は自分の生まれた国をしっかりと自分の足で回り自分の目で見ている。
内なる探求ができている。その上で外の世界を見てやろうという強い意志が見える。
人間という物はまず外に意識が働く。旅を考えたときにまず海外へポンと来てしまう。18の時の僕がそうだった。
外の世界から、違う視点から自分のいる場所を見るのは悪くない。むしろ大切な事であろう。ただ外の世界にだけ気をとられると内側の美しい点が見えなくなってしまう。
18の時の僕はニュージーランドから日本の醜さだけを見て、日本が嫌いになっていた。それが間違いなのだと気が付くのに十数年かかった。
ともあれ20代のリオは無意識のうちにそういうハードルはクリアーしているようだ。
フラットメイトのエーちゃんに任せておいたのだが、「そういうことなら、ぜひとも何日か待って、聖さんに会っていったほうがいいよ」という言葉でこの家に数日間、居候の身となり僕の帰りを待っていた。



僕らはお気に入りのテラスでビールを開けた。ハードな山旅の後はいくらでもビールが入る。
「そうかケトリンズでトモコに会って、テアナウでトーマスに会ったか。じゃあ話は早いな」
「はい。トーマスさんの所ではこれを預かりました。」
ヤツはバッグから何やらゴソゴソと取り出した。
それは数年前、自費出版ならぬ家内制手工業出版した『あおしろみどりくろ』であった。
トーマスがページを作ってくれて、僕がそれをコピーして穴をあけヒモを通して本にした。この世に40冊ぐらいしかない貴重な本である。
本に旅をさせてあげたい、そんな気持ちで綴った本が、旅の途中にいた。
「いやあ、そんなの持ち歩いて重たかっただろ」
「これはですね、いいですよ。僕のバイブルです。これはニュージーランドを旅する人に読んでほしいですね。だから『この人だ』と思う人に出会うまで僕が運びます」
「そりゃありがとう。キミと一緒に旅をさせてくれ。そんで『この人だ』と思う人に会ったらヨロシク伝えて下さい。クィーンズタウンかクライストチャーチに来るときには家に来てねって」
「ハイ、分かりました!」
「それで、キミのことを何と呼べばいいのかな?リョウヘイ君?ニックネームはあるの?」
「それがですね、自己紹介するときはリョウと言っているんですけど、こっちの人には言いづらいらしくてリオになっちゃうんですよ」
「いいじゃん、それ。リオっていい名前だし、そっちの方が覚えやすいよ。それにリオってどういう意味か知ってる?」
「いいえ、知らないです」
「リオってスペイン語で川って意味なんだよ。流れる水のごとく、オマエさんにぴったりじゃんか」
「うわあ、それいいですね。そうしよっと」
「じゃあリオ、名前が決まったお祝いだ。カンパイをしよう」
僕は次のビールを出してきた。日は傾いてきたがクィーンズタウンの宵は長い。目の前の湖の彼方から蒸気船が黒い煙を吐きながらやってくる。話はつきない。ビールもつきない。幸せな一時だ。
「それでリオ、この辺りはどこへ行った?ミルフォードも行ったか?」
「行きましたよ。それがですねえ、ミルフォードへ行くときは曇っていて真っ白で何も見えなかったんです。」
「そうかあ、あの道をなあ。そりゃもったいなかったなあ」
「それでトンネルがあるでしょ?」
「あるある」
「あのトンネルを越えたら、青空がばーんと広がっていて、あの景色が全部見えて、感動しました」
「そりゃすごい。それは最初から全部見えるより感動するよ、絶対。」
「いやあ、あの時は言葉にならなかったですね。」
「そうだろう。どうだ?やっつけられたか?」
「やっつけられました」
「あそこはたまにそういうことがあるんだよ。オレも何十回もミルフォードへ行ってるけどいつも車だしなあ。いやあその感動はオマエだけの物だよ。いい経験をしたな。」
「ハイ。帰りはトンネルのこちら側も全部見れて。はあ、こういう所を通ってきたんだなあって」
「ウンウン、よかよか」
時として自然は思いもかけないプレゼントを用意してくれる。そこへたどり着くため人間が努力をした分、感動は大きくなる。あの山道を景色も見えない中えっちらおっちら漕いで、暗くて長いトンネルを抜けた後の別世界。車では絶対に味わえない感動があるはずだ。こういった感動がその人をさらに大きくする。
まもなく仕事を終えて帰ってきたエーちゃんも加わり、ビールはワインへと代わり男達の夜は更けていった。



コメント
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