あおしろみどりくろ

楽園ニュージーランドで見た空の青、雪の白、森の緑、闇の黒の話である。

フォークス日記 2

2011-03-11 | 
フランツジョセフは小さな町でメインストリートにはツアー会社のオフィス、バー、レストランなどが並ぶ。
待ち合わせ場所はタイが働く会社の前だ。
氷河から帰ってきた赤いバスがオフィスの前に止まり、ガイドとツアー客がぞろぞろと降りてきた。
ガイドにタイのことを尋ねると、まだ仕事中とのこと。
しばしオフィスの前で人の往来を眺めながらボケーっと待つうちに、仕事を終えたキミがやってきた。
街で唯一のスーパーで買出しをして、僕らはフォークスのタイの家へ向った。



フォークスはフランツジョセフから車で20分ほど。
川が合流する場所で、フォークのような地形なのでフォークスと呼ばれる。
タイは以前住んでいた場所から50mほど奥にある一軒家を借りて、今はキミと仕事仲間のブレンダと3人で住んでいる。
先ずは車にどっさりとある食料をおろす。ビールと白ワインは冷蔵庫に入れ、サーモンをさばく。
頭と骨などのアラは煮出してダシを取る。アラが煮えたら一度引き上げ、骨にについている身をほぐし鍋に戻し野菜をぶちこんで味噌汁に。
皮はパリパリに焼いて塩を振る。ビールのつまみにもってこいだ。
カマやハラモ、尻尾に近い身は照り焼き。
あとは刺身を大皿に並べる。
刺身の一部を醤油に漬けズケを作る。これは炊きたてご飯に埋め込み、ご飯の熱でサーモンが半生の状態で食う。
サーモン尽くしの晩飯だ。
キミがご飯を炊き、サラダを作る。
二人でおしゃべりをしながら晩飯を作る。
「ひっぢさん、あたし今度マッサージのコースを受けたんです」
「おお、それはいいね。」
「フランツジョセフのスーパーにある掲示板にも広告を出したんですよ。まだ始めたばかりなんですけどね」
「いいねいいね。そういうことはどんどんやりなさい。それはキミの心が向いていることでしょ?」
彼女は目をキラキラさせながら頷いた。
「心が向いている時はね、楽しいから良い方向に進むんだよ」
キミのように明るい強い光を持った娘ならばマッサージも上手くいくだろう。



そうしているうちにタイが帰ってきた。
「ひっぢさん、いらっしゃ~い。西海岸へようこそ。」
「よう、久しぶりだな」
ボクはヤツの顔をじっと見つめた。
目には一点の曇りもなく、顔全体から精気があふれている。いい顔だ。
「よし、相変わらずいい顔をしてるな。よろしいよろしい。」
ヤツのブログから今どういうことをやっているかは大方知っている。
ボクが残すコメントは常に「どんどんやりなさい」という一言だ。
タイに初めて会ったのは何年前になるのだろう。もう7,8年前か。
クライストチャーチにあるアウトドア・レクレーションの専門学校を出たばかりのヤツがボクにコンタクトを取ってきたのだが、その時は電話で1,2回話したぐらいで繋がりはほとんど無かった。たぶんそのタイミングではなかったのだろう。
そのすぐ後、ヤツはシャルマン火打という新潟のスキー場でパトロールをやり、JCや龍、ダイスケといった北村家一軍の大御所達の教えを受けニュージーランドに戻ってきた。
シャルマンでは最初で最後になってしまった伝説のイベント『ブロークンリバー・ウィーク』これは別の話、ジャパントリップに詳しく書いてあるが、このイベントがきっかけでブロークンリバーでもパトロールをした。
このあたりからボクとタイの関係は深まり、クライストチャーチの我が家にも足しげく通うようになった。
深雪が選んだ、『ボクの交友関係でのナンバーワンのハンサムボーイ』もタイである。
その後、ヤツはフランツジョセフで氷河ガイドとなる。他の国のことは知らないが、ニュージーランド内では日本人初の氷河ガイド誕生だ。
氷河ガイドなんて職業は世界でもそうそうあるものではない。ひょっとすると世界初の日本人氷河ガイドかもしれない。
ヤツが氷河ガイドとなる時にボクはきつく言い渡した。
「いいかオマエ、自分から日本人初の氷河ガイドとか、日本人唯一の氷河ガイドなんて言うなよ。自分から吹聴することほどみっともないことはないからな。他の人がオマエのことをそう言うのは一向に構わん。人に聞かれたらそう答えるのもよろしい。だが自分からは氷河ガイド、これで充分だ」
というわけで、ボクはこの氷河ガイドをかなり高く買っている。今ではそんなヤツも押しも押されぬベテランガイドだ。
誰でもできる事ではない。ヤツだからこそできる事であろう。
それはボクが知っている。ヤツを取り囲む仲間が知っている。そして氷河が、山が知っている。



なにはともあれ、ビールを開け乾杯だ。キミはボクが持ってきた白ワインで乾杯である。
ふとタイが首からぶらさげているグリーンストーンに目が行った。ヤツがグリーンストーンをつけているのを見るのは初めてだ。
「お、どうしたの?そのグリーンストーン」
キミが待っていました、と言わんばかりに口を挟む。
「いいでしょ、これ。私が見つけたんですよ」
「見つけた?どうやって?」
「前からタイ君にグリーンストーンをプレゼントしたいと思っていたんです。でも、お店で買いたくはなかったんです。それで友達に相談したら『それなら海岸へ探しに行こう』ということになって、行ったら見つけちゃったんですよ」
タイが笑いながら言った。
「ね、笑っちゃうでしょ。1回目に行って見つけちゃうんだから」
「それを友達に頼んで、ちょうどいい大きさに切ってもらって、作ってもらったんです」
マオリの教えでは、ポウナム(グリーンストーン)の装飾品は自分で手に入れるのではなく、人からプレゼントされるものである。
ボクも首からぶらさげているポウナムは女房からもらった物だ。色といい形といい、すっかり気に入って肌身離さずつけている。
キミが原石を持ってきてくれた。そのポウナムは青色がかった緑で白い斑点が浮かぶ。とても綺麗だ。
タイの首からぶらさがったポウナムは妖しく青く輝く。ヤツにお似合いの色だ。
こうなればいいな、と思うことを実現する力を人間は持っている。
それはその人がどうあるかという証でもある。
こういう話を聞くだけでこの二人がどういう状態にあるか、僕にはよく分かる。
やっぱりこの二人にいう言葉は「どんどんやりなさい」これしか無いのだなあ。



食事の用意も一段落。
キミは風呂を沸かしにどこかへ出かけて行った。
ボクとタイはビールを持って庭へ出た。
庭の端まで行くと西海岸特有の紅茶色の川が流れているのを見下ろせる。
「ひっぢさん、どうスか、ここは?前の家も良かったけど、ここも良いんですよ」
家の周りはマヌカやカヌカに包まれ、その向こうにリムの森が広がる。庭の片隅にもリムの若木が立つ。
いつの日か、リムの生えている場所に住むのがボクの夢だ。
「タイよ、オマエはオレの夢に住んでいるのだぞ。この幸せ者めが!オレはめったに人を羨ましがらないが、オマエは素直に羨ましいぞ、このヤロー」
「いやあ、そうですね。ここに住んじゃうとフランツジョセフの街にも住めないな、と思いますね」
フランツジョセフの街と言ったって、日本の感覚で言えば単なる集落だ。人口は100人ぐらいだろうか。
「それはある意味ヤバイね。街には住めない・・・か」
♪オレたちゃ 街には 住めないからに~。
どこからか雪山賛歌が聞こえてきた。

コメント
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