あおしろみどりくろ

楽園ニュージーランドで見た空の青、雪の白、森の緑、闇の黒の話である。

トーマスとUパス 2

2016-06-21 | 過去の話
次の日は鳥の声で目を覚ました。ベルバードと呼ばれる鳥で、まさにベルのような音階が朝の森に響く。
テントから出ると、朝のキリリと引き締まった空気が体を包む。
川の水をすくって飲む。朝起きて最初に口にするのは水が良い。
特にこんなウマイ水ならなおさらだ。体の隅々まで濁りのない水が行き渡る。
雲一つない青空にクリスティーナが朝日をあびて輝いている。
その手前にはトライアングルピークがその名の通り三角にそそり立つ。
今回はあの山の周りをぐるりと一周するが、たぶん下からは山が急すぎて見えないだろう。
のんびりと朝食をとり、ユルユルとテントを片付ける。
今回は頑張れば1日で歩くコースを2日かけるので慌てる必要は全く無い。
装備を整え歩き始めるとすぐにウォークワイヤーがある。
通称スリーワイヤーと呼ばれる通りワイヤーが3本、川の両岸を結んでいる。
各ワイヤーはV形に結ばれていてバラバラになる事は無い。
下のワイヤーを綱渡りのように歩き、左右のワイヤーを両手で掴みバランスを取る、実に原始的な橋だ。
定員はもちろん1名。非常によく揺れるが、靴を濡らさずに川を渡れるのはありがたい。
まずは赤ブナの森である。新緑のような雰囲気が特徴的だ。
朝の光が斜めに差し込む。森が一番美しいのは、誰がなんと言おうと朝なのだ。
木の根が複雑に絡み合っていて、その下は空洞になっているのだろう。踏むとギシギシと揺れる。
そして苔。10センチ以上も厚みのあるミズゴケのじゅうたんを歩く。苔はフワっと僕の足を受ける。
非常に気持ちが良いのだが、常に良心の呵責に悩まされる。スマンスマンと苔にあやまりながら歩く。
近くの岩にびっしりと苔が生えていたので、どれくらい厚みがあるのかストックを差し込んでみたらストックはするすると20センチ以上もぐってしまった。
僕は歩きながらトーマスに話し掛けた。
「あのさあ、この苔を踏むのって気持ちいいよな。前から思っていたけど、足で踏む感覚って全部違うよね。苔、落ち葉、木の根、土、ドロ、石、岩。だから長い木道が続くとイヤになっちゃうんだ」
「そうですね。僕が思ったのはこの靴、これはなんとかショックを和らげようと最先端の技術を導入しているわけです。それなのに僕等の足はその下の地面を感じ取っている。これってスゴイと思います」
「そうか、オレ達ってスゴイんだ」
「スゴイんです」
他愛の無い会話を続けながら歩く。
トラックにはシダが多く所々道が見えなくなる。ガサガサとシダを掻き分けオレンジ色の道標を探しながら歩く。
僕が道を探しているとトーマスがこっちです、と正しい道を見つける。そうするとトーマスが先を行き、僕はヤツの後ろを歩く。
木の枝のはらい方、シダの中の歩き方が実にサマになっている。ここはフィヨルドランド、ヤツのホームグラウンドだ。
時は春とあって、様々な花が咲き乱れる。今年は暖冬だった為、花が咲くのが例年より2週間ほど早い。
緑色の葉っぱのような花の蘭、ラッパ形をした赤いフューシャ(日本ではフクシャとかホクシャとか呼ばれるらしい)、白いスミレ、黄色や白の菊達、ブルーベルと呼ばれる桔梗は限りなく白に近い青だ。
少しづつ、確実に高度を上げていくと植生がガラリと変る。それまでの明るい赤ブナの森から、やや密度の濃い銀ブナの森へ。こういう変化がとても楽しい。
木の幹には苔がびっしりと独特の形でまとわりつく。
トーマス曰く、エビのテンプラ。それも安い定食屋で出てくるような、エビが細くて衣がボテッとしたテンプラ。
ナルホド、言われてみればその通りだ。



そんな森歩きを3時間ほど続けると、いきなり視界が開け、目の前に巨大な壁が現われた。
このあたりの山は岩と氷の塊である。どの山も垂直に近い角度で谷の底からそそり立つ。
U字谷という名のごとく、谷の底の部分は平なのだ。
左右の岩壁は何百mの高さだろうか、大きすぎてスケールがつかめない。
その壁にはこれまた何百mという落差で滝が落ちる。
滝の上部では水が白い筋となって見えるが、下に落ちるに連れ滝はバラバラになり見えなくなる。
見えなくなるが水が消えてしまうわけではなく、その下の方にはちゃんと小川が流れている。
そんな滝がいくつもあるし、雨が降ればここは滝になるだろうという場所がいくらでもある。俗にカスケードと呼ばれるものだ。
雨の日には無数の滝が現われそれは綺麗なものだろうが、雨の時にこのルートは歩きたくない。
川が増水して危険度が加速度的に増加するのが目に見えているからだ。
「あれがナティマモエ、ピラミッドピークそしてフラットトップピークだあ!いつもこの山たちを違う角度で見ていたんですよ。そうかあ!あの山の真下に来たんだ」
トーマスが地図を見ながら嬉しそうに声を張り上げた。
ヤツは仕事でこの山たちを何十回と見てきた。計画は2年越しで、充分にプランは温まっている。
僕にはプランを温める時間は無く、この種の感動は無い。ちょっと羨ましいぞ。
ナティマモエはこの辺りのマオリの部族の名前、マウントクックを小さくしたような形だ。
ピラミッドピークはピラミッドのような形で、フラットトップは上が平な山だ。
どれも2300mほどの高さだが、この山の険しさを標高から想像する事はできない。
谷の底は巨大なカールとなっており、千m近くの壁、そして氷河がぐるりと囲む。
そうか、U字谷の起点はこんな形をしているのか。納得。
山を見ながら休憩するものの、どこに視点を置いたらいいのか戸惑う。






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