あおしろみどりくろ

楽園ニュージーランドで見た空の青、雪の白、森の緑、闇の黒の話である。

親方物語 4

2014-09-17 | ガイドの現場
7月22日
撮影3日め。
オアマルでは4泊する。連泊はやはり楽だ。
撮影隊の宿は3箇所に別れた。
まず俳優や監督など首脳陣は街の中のホテル、セットまで歩いて5分。親方もここだ。
僕達ニュージーランドクルーは中心からちょっと離れたモーテル。
残りの人達はもっと遠い町外れのモーテル。
一番遠いモーテルからセットまで4kmほど。4kmというのは普通に歩いたら1時間の距離だ。
朝一番で親方をピックアップしていざセットへ。
セットでは大工がまだ働いている。
親方の表情から、仕事が遅れているのが分かった。
僕達はできることをやって店の内側とか飾りをつけていくが、外の大工の仕事がなかなかはかどらない。
ぼちぼちとスタッフが集まり始めて来て、本来はもう片付けを済ませてカメラとか照明がセットする頃だろうなというのは素人の僕にも分かるが、まだ軒をのこぎりで切ったりしている。
親方は落ち着いて作業を続けている。
僕は親方に恐ろしい質問をした。
「あの・・・こんなことって・・・撮影の世界では・・・よくあること・・・でしょうか?」
「絶対にありえません」
「そうですよね・・・スミマセン」



あげくの果てにニュージーランドの美術班のアンディが遅刻。
ヤツが看板などを持っていて、ヤツが来ないと何もできない。
遅れてきたアンディに言い訳も言わさず、親方は即作業に入らせる。そして自分も実によく働く。
予定より多少なのか大幅になのか、とにかく遅れてなんとか八百屋が出来た。
撮影が始まるとしばらくはヒマになる。のんびりと撮影を眺めたり写真を撮る余裕もできる。
シーンが変わるときにちょっとセットを変えるぐらいで基本的にブラブラだ。



遅刻をしたアンディが言い訳をしに来た。
「聞いてくれよ、昨日のセットで携帯を地面に落としたら壊れちゃって、街にいるのに圏外になっちゃうんだ。おまけに時間も合わなくて、今朝も目覚ましが鳴らなかったんだよ」
「アンディ、俺にそんなに一生懸命言い訳しなくてもいいよ。もう済んだんだから。それよりもう寝坊するなよ。ボスはオマエさんの事を好きだって言ってたぞ」
アンディはいいヤツなのだが、あわてると細かい作業ができなくなる。指先がもつれてしまうのだ。
親方曰く、純朴なヤツだそうな。




シーンの一つで、ケンカになり飾ってあったみかんがボロボロとこぼれる場がある。
その時にはわざと崩れやすくミカンを積み上げ、ミカンに貼ってあるシールが不自然なのではがす。
親方がミカンを箱に入れてそれを山の上から転がし、誰かが後ろからミカンの山を突き崩す。
「ハイハイハイ、僕がやります、やらせてください」
別に大したことではないが、何となく面白そうだ。
カメラをセットして「せーの、どん」ボロボロボロボロ。
ドラマの中では1秒、2秒のシーンだろうが、あとで娘に自慢できるな、などと考えた。



昼食後も撮影は続く。
僕は親方の後ろを金魚のフンのごとくついて回る。
ちなみに金魚のフンのことをこっちのスタッフに教えたら大爆笑だった。
昼過ぎに町外れのビンテージカークラブへ車を見に行く。
ボロボロにさびた車とか古いタイヤとか錆びたボディなんかをそこから借りるのだ。
親方はその辺の物を見て「このタイヤを30個」とか「この錆びたホイール20個」などと注文をする。
バリバリと仕事をする姿はかっこいいな。
明後日のシーンでこれらを使うそうな。
親方の頭の中では、これからの先も段取りができているのだろう。まあそうでなけりゃ困るのだが。
僕は段取りどころか、この直後にも何が始まるのか分かっておらず、まるで目隠しをしてジェットコースターに乗っているようなものだ。
そして目隠しをしながら全速力で駆けるのを楽しんでいる自分もいる。





現場に戻ると撮影は続いていた。
八百屋の外のシーンの撮影が終わり、店内での撮影も終わるとすぐさまバラシが始まる。
このお店を借りるのは今日だけで、明日からは通常営業なのだ。
今回使った野菜はもう使わない。袋に入れて持って帰る人もいる。地元のスタッフとか知り合いに配ってしまう。
ゴミもたくさん出る商売だが、こうやって地元の人にも還元できることもあるのだから、これはこれでいいのだろう。



夕飯を食べた後は夜の撮影。
近くの建物の看板を張替え、星条旗を飾りカリフォルニアの警察署になった。
その建物の前に年代物のクラッシックカーを置いてそこはアメリカになった。
その撮影の時に思わぬ外野がいた。
ペンギンである。
さすがに撮影で明かりを煌々と焚いている中には入ってこないが、そのすぐそば、距離で言えば10mぐらいの街角の暗がりに数匹。
スタッフも俳優も手が空いた人は見に行く。僕も見に行く。
ペンギンがいるのは知っていたし、近くにペンギンのコロニーがあり、それを見に行くツアーがあるのも知っていた。
だが街角のこんな場所でこんなに簡単に見られるとは思わなかった。
スタッフが入れ替わり立ち代りでペンギンを見に来るのだが、フッと間が空き女優のTさんと二人っきりになった。
しばらくペンギンの話などをしていたのだが会話も途切れ、そのまま二人でペンギンを見ていた。
暗がりで美女と2人。
だからと言ってロマンスに発展するわけでなし。当たり前だ。
でもこの人のファンから見ればそうとうに羨ましい状況なんだろうな、などと下世話な事も考えた。



ある時、ドジなスタッフに監督の雷が落ちた。
「何回も同じ事を言わせるんじゃねえ!」
怒鳴り声が響き、周りの空気が凍りついた。
僕は日本人エキストラの人達と一緒にいたのだが、皆びっくり半分、自分が叱れたような気分が半分で空気がよどみかけた。
その瞬間、女優のTさんが僕らに向かい笑顔で言った。
「すみませんねえ、殺伐とした雰囲気になっちゃって」
一瞬で場が和んだ。
ああ、この人はこういう細かい配慮ができる人だ。
素直に好感を持った。
単なる美人だけでなく、内面からにじみ出る美しさというものを持っている人だ。
ちなみに内面からにじみ出るブスというものも存在する。
たいてい人の悪口や嫌味を言う時にそれは出る。
そしてたいていの場合、本人はそれに気づいていない。

続く
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