10月23日にこちらに越してきたことを、そして10月28日にはその義母が救急車で搬送されたことを書きましたが、今日は妻に付き添ってもらって病院に行き、脊椎の「圧迫骨折」を告げられました。
救急車で運ばれてしまったのは、お腹の中から出るものが出なかったからですが、それとは別に義母は越して来たその日からの腰の痛みを訴えていました。
最初の診察でレントゲンを撮って、その結果から骨折とは判断されなかったのですが、それでも痛みはひくことがなく、その状態で救急搬送され、搬入先での処置も重なって圧迫骨折が酷くなったと思われます。
圧迫骨折と分かってコルセットで固定されることになりましたが、痛みが引くまでは一ヶ月、コルセットが外れるまでは3ヶ月とのことでした。
最初の痛みは暫く乗っていなかった電車の席に一時間も座り続けていたからで、当初は筋肉痛と思われていたものが、実は圧迫骨折の初期症状だったようです。
義母には生活で楽をしてもらうための引っ越しだったのですが、結果的に酷い目に合わせてしまいました。
実は義母との同居は、以前から妻の心の内にあったのですが、私の父母との同居話が急展開で出てしまったため、妻は引っ込めざるを得なかったようでした。
つまり、私の父母との同居は妻の感情を抑え込んで成立していたのです。
もし私の父母との同居の前に妻から義母との同居の申し出があっても、私は二つ返事で快諾したことでしょう。
私は妻の母親を尊敬していたからです。
人間としての品性を兼ね備えているとでも言うのでしょうか、常に自己満足・自己中心的であって、常に感情を爆発させている私の母親とは真逆なところが尊敬に値するのです。
私の娘達もそんな義母が大好きで、時どきアパートに訪れて世話をしてくれていると聞きます。
22年くらい前に義父と死別して長いこと肩身の狭い思いをさせてしまった義母には、一日でも早く良くなって妻や娘達との生活を楽しんで欲しいものだと思っています。
救急車で運ばれてしまったのは、お腹の中から出るものが出なかったからですが、それとは別に義母は越して来たその日からの腰の痛みを訴えていました。
最初の診察でレントゲンを撮って、その結果から骨折とは判断されなかったのですが、それでも痛みはひくことがなく、その状態で救急搬送され、搬入先での処置も重なって圧迫骨折が酷くなったと思われます。
圧迫骨折と分かってコルセットで固定されることになりましたが、痛みが引くまでは一ヶ月、コルセットが外れるまでは3ヶ月とのことでした。
最初の痛みは暫く乗っていなかった電車の席に一時間も座り続けていたからで、当初は筋肉痛と思われていたものが、実は圧迫骨折の初期症状だったようです。
義母には生活で楽をしてもらうための引っ越しだったのですが、結果的に酷い目に合わせてしまいました。
実は義母との同居は、以前から妻の心の内にあったのですが、私の父母との同居話が急展開で出てしまったため、妻は引っ込めざるを得なかったようでした。
つまり、私の父母との同居は妻の感情を抑え込んで成立していたのです。
もし私の父母との同居の前に妻から義母との同居の申し出があっても、私は二つ返事で快諾したことでしょう。
私は妻の母親を尊敬していたからです。
人間としての品性を兼ね備えているとでも言うのでしょうか、常に自己満足・自己中心的であって、常に感情を爆発させている私の母親とは真逆なところが尊敬に値するのです。
私の娘達もそんな義母が大好きで、時どきアパートに訪れて世話をしてくれていると聞きます。
22年くらい前に義父と死別して長いこと肩身の狭い思いをさせてしまった義母には、一日でも早く良くなって妻や娘達との生活を楽しんで欲しいものだと思っています。