勝負「勝って元気に、負けてしょんぼり」
●勝ち負けの心理
勝つ=>うれしい
負ける=>くやしい
この因果関係は、かなり強力です。これが勝負好きにはたまらないのです。極端になると、ギャンブル中毒の道へまっしぐらとなります。
なぜ、こうした強力な因果関係が作り出されてしまうのかを考えた心理学者がいます。
条件づけの研究をしたスキナーです。
彼は、勝負事は、勝ち負けがランダム起こることに着目します。
勝つと思っていたら負けた、負けると思っていたら勝った、この予想ギャップがランダムに起こるのが勝負事を継続される力の一つであることに注目しました。
そして、さらに、勝てば報酬がもらえてうれしい、負ければ損してくやしいという気持ちにつながるというのです。
●「勝たねば」の信念も
「勝ってうれしい」心理も度重なると、自分の心の中に、信念として、「勝負事はすべからく勝つべし」となります。
この信念の形成には、スキナーの言う、学習効果の累積が貢献しているのは間違いありませんが、それ以外にも、もっと大きな力、たとえば、家庭や社会の競争文化、つまり「競争には勝つことがすべて」のようなもの世の中一般の思いもあると思います。
結果として、「勝負事はすべからく勝つべし」という信念があなたの頭の中に強固に作られたのだと思います。
信念になってしまえば、もはや、報酬や罰は必ずしも必要はありません。勝負の場が目の前にあれば、勝とうとがんばり、勝てばうれしい、負ければくやしいとなります。それが、ますます、信念を強めることになります。
●勝つための熱中も
さらに、勝ち負けにこだわらせるものがあります。
それは、熱中体験中毒です。勝負事そのものの面白さといってもよいかと恩います。
マージャンに限りませんが、子ども、若者の最近のゲームーー自分ではまったくしませんがーーへの熱中。すごいものがありますね。
あの熱中を勉強に、とついつい教師根性がでてしまいます。
これについては、すでに「熱中」の項で「悪い熱中」として取り挙げますので、ここでは、繰り返しません。勝負に熱中させる仕掛けだけを指摘しておきます。
① 即座に勝ち負けがわかる
② 勝ち負けの連鎖で最終の勝ち負けまで導く
③ 努力感に見合う向上がある
④ スピード負荷をかける
ここでも余談を一つ。
教育でも、もっとゲーム的な要素を入れた学習法を導入しようとする研究や
実践があります。子どもや若者のゲームへのあの熱中を学習にも、ということなのでしょうが、ゲームでの熱中は、「悪い熱中」であることの認識はあったほうがよいと思います。
そんな仕掛けがないと、熱中できない、勉強しないも困るからです。
●仲間に対する優越感も
最近はコンピュータ相手に一人マージャンもできますが、やはり、4人仲間でやりたいものです。
そうすれば、仲間に勝てます。これも、強い報酬になります。さらに、優越感にも浸れます。人より優れていることの確認ができるのは、気持ち元気になります。
承認欲求も満たされます。強いものは周りが文句なく認めてくれますから、自信につながります。
有能感にも浸れます。世の中をコントロールしているのは自分だとの確信も持てます。結果として、気持ちもポジティブになれます。
良いことずくめです。
●勝負事を気持ちの元気に効果的に使うには
①勝負事をするにはこれ以上はしないという制約が必要
勝負事は、頭を元気にする手段としても、また気持ちを元気にする手段としても有効ですが、あくまで手段であることを忘れてはなりません。
したがって、それをするときの制約条件をはっきりと決めておく必要があります。
いつどこでどれくらいやるかを決めておくことです。
制約条件を決めておくことは、勝負事(ギャンブル)中毒にならないためにも必須です。
一人ゲームだと、なかなか制約条件が甘くなったり、守れなくなったりしますので、仲間がいる勝負事ができるようにしておくことも一計です。
②遊びとしての勝負事に限定する
ここで取り上げている勝負事は、遊びの領域の話です。買っても負けても、どうということのない勝負事です。その自覚をしっかりと持つことです。
その上で、やはり、勝つための勉強と努力をおこたらないことです。
勝つー>嬉しい、楽しいー>もっと勉強、努力―>勝つ=> ―――のサイクルが回るようにすることです。
こんなものが、複数あるにこしたことがありません。仲間とできるもの、一人でもできるもの、からだを動かすもの、頭を働かせるもの。あれこれあるに越したことはありません。
最後に、警句を一つ。
「勝ち」だけを欲する人は、人生においても「得る」ことばかりを求める生き方になりやすい。しかし自然の摂理からいえば、得たものは失う定めにある。(桜井章一)
●勝ち負けの心理
勝つ=>うれしい
負ける=>くやしい
この因果関係は、かなり強力です。これが勝負好きにはたまらないのです。極端になると、ギャンブル中毒の道へまっしぐらとなります。
なぜ、こうした強力な因果関係が作り出されてしまうのかを考えた心理学者がいます。
条件づけの研究をしたスキナーです。
彼は、勝負事は、勝ち負けがランダム起こることに着目します。
勝つと思っていたら負けた、負けると思っていたら勝った、この予想ギャップがランダムに起こるのが勝負事を継続される力の一つであることに注目しました。
そして、さらに、勝てば報酬がもらえてうれしい、負ければ損してくやしいという気持ちにつながるというのです。
●「勝たねば」の信念も
「勝ってうれしい」心理も度重なると、自分の心の中に、信念として、「勝負事はすべからく勝つべし」となります。
この信念の形成には、スキナーの言う、学習効果の累積が貢献しているのは間違いありませんが、それ以外にも、もっと大きな力、たとえば、家庭や社会の競争文化、つまり「競争には勝つことがすべて」のようなもの世の中一般の思いもあると思います。
結果として、「勝負事はすべからく勝つべし」という信念があなたの頭の中に強固に作られたのだと思います。
信念になってしまえば、もはや、報酬や罰は必ずしも必要はありません。勝負の場が目の前にあれば、勝とうとがんばり、勝てばうれしい、負ければくやしいとなります。それが、ますます、信念を強めることになります。
●勝つための熱中も
さらに、勝ち負けにこだわらせるものがあります。
それは、熱中体験中毒です。勝負事そのものの面白さといってもよいかと恩います。
マージャンに限りませんが、子ども、若者の最近のゲームーー自分ではまったくしませんがーーへの熱中。すごいものがありますね。
あの熱中を勉強に、とついつい教師根性がでてしまいます。
これについては、すでに「熱中」の項で「悪い熱中」として取り挙げますので、ここでは、繰り返しません。勝負に熱中させる仕掛けだけを指摘しておきます。
① 即座に勝ち負けがわかる
② 勝ち負けの連鎖で最終の勝ち負けまで導く
③ 努力感に見合う向上がある
④ スピード負荷をかける
ここでも余談を一つ。
教育でも、もっとゲーム的な要素を入れた学習法を導入しようとする研究や
実践があります。子どもや若者のゲームへのあの熱中を学習にも、ということなのでしょうが、ゲームでの熱中は、「悪い熱中」であることの認識はあったほうがよいと思います。
そんな仕掛けがないと、熱中できない、勉強しないも困るからです。
●仲間に対する優越感も
最近はコンピュータ相手に一人マージャンもできますが、やはり、4人仲間でやりたいものです。
そうすれば、仲間に勝てます。これも、強い報酬になります。さらに、優越感にも浸れます。人より優れていることの確認ができるのは、気持ち元気になります。
承認欲求も満たされます。強いものは周りが文句なく認めてくれますから、自信につながります。
有能感にも浸れます。世の中をコントロールしているのは自分だとの確信も持てます。結果として、気持ちもポジティブになれます。
良いことずくめです。
●勝負事を気持ちの元気に効果的に使うには
①勝負事をするにはこれ以上はしないという制約が必要
勝負事は、頭を元気にする手段としても、また気持ちを元気にする手段としても有効ですが、あくまで手段であることを忘れてはなりません。
したがって、それをするときの制約条件をはっきりと決めておく必要があります。
いつどこでどれくらいやるかを決めておくことです。
制約条件を決めておくことは、勝負事(ギャンブル)中毒にならないためにも必須です。
一人ゲームだと、なかなか制約条件が甘くなったり、守れなくなったりしますので、仲間がいる勝負事ができるようにしておくことも一計です。
②遊びとしての勝負事に限定する
ここで取り上げている勝負事は、遊びの領域の話です。買っても負けても、どうということのない勝負事です。その自覚をしっかりと持つことです。
その上で、やはり、勝つための勉強と努力をおこたらないことです。
勝つー>嬉しい、楽しいー>もっと勉強、努力―>勝つ=> ―――のサイクルが回るようにすることです。
こんなものが、複数あるにこしたことがありません。仲間とできるもの、一人でもできるもの、からだを動かすもの、頭を働かせるもの。あれこれあるに越したことはありません。
最後に、警句を一つ。
「勝ち」だけを欲する人は、人生においても「得る」ことばかりを求める生き方になりやすい。しかし自然の摂理からいえば、得たものは失う定めにある。(桜井章一)