ロッキングチェアに揺られて

再発乳がんとともに、心穏やかに潔く、精一杯生きる

2024.6.27フェスゴ5回目+ドセタキセル5回目(6割減量3回目)+ジーラスタボディポッド5回目15日後のこと 旅は2日目、弁柄と石段と下痢との1日、夜は断捨離読書会、温泉へ

2024-06-27 22:00:08 | 

 昨夜は夫が充電器を忘れた、とコンビニまで遠征。なかなか帰ってこないので心配していたら、1軒目になくて2軒目まで足を延ばし、その後美観地区のライトアップを観に行ったそうな。綺麗ではあったけれど、人っ子一人いなくて怖かったとのこと。

 私は草臥れて先に入浴を済ませ、ベッドに入った。
 今朝はホテル出発より1時間半前にスマホアラームをかけていたのだけれど、更にその15分前にかけていた夫のアラームで起こされる。やけに寝汗をかいている。
 身支度をし、パッキングを済ませ、7時オープンのレストランに時間より5分ほど早く降りる。既に早起きの数組がレストランに入っている。私達も窓際の席に案内される。奇しくも20日ほど前にランチをした隣のテーブル。
 少しずつ色々頂き、30分で食事を切り上げ、夫より先に部屋に戻ってBSで朝ドラを視る。

 チェックアウトをしていざ出発。パンフレットに出ていた出発時間より20分早い。今日は昨日より席が2列後ろになった。
 最初の立ち寄り先までは1時間半ほどとのことだったが、実際にはさらに20分ほどかかった。緑深い山道をくねくねと登ってバスは進んでいく。

 到着したのはジャパンレッド発祥の地、弁柄と銅(あかがね)の街、備中吹屋である。吹屋ふるさと村として赤褐色の石州瓦と弁柄色の外観で統一された見事な街並みは、吹屋の長者たちが今に残した文化遺産だ。
駐車場でバスを降り、散策時間は1時間ほど。まずは2012年までは現役だったという日本最古の木造校舎、旧吹屋小学校まで添乗員さんが案内してくれて、ここからは自由散策。
 2022年4月から地域の観光拠点施設として公開されている。最盛期の大正時代には最大369名の児童が在籍していたという。朝ドラの子役たちもここで撮影をしたとか。

 チケットを買って小学校に入る。入場券は裏が小学校の名札になっている。朝は快調だったが、なんとなくここでお腹の調子が怪しくなってくる。スリッパを履くと、痺れた足からは脱げてしまうし、滑り止めのイボイボが痛いことといったら言葉にならない。
 ヨタヨタしながら展示室を見学。校長室ではその椅子に座り、偉そうに記念撮影。教室では教壇に立って、児童席に座る夫に睨みを利かせる。

 古いお手洗い等がずらりと並んでいたり、講堂や体操室等、昭和レトロの感じが懐かしい。夫が通った小学校はこんな感じだったそうだ。私の通った小学校は新興住宅地の新しい小学校だったので、ちょっと違ったけれど。

 夫は子供のようにガラポンをして小学校の木製キーホルダーをゲットしていた。
 再び駐車場を目指しつつ、歩く。行きは早すぎてまだ開いていなかったお店もオープンしている。お土産をちょっと買ったら、お店の方が街並みをバックに夫とのツーショット写真を撮ってくださった。もう少し時間があれば、お茶をしたり、郷土館や旧片山家住宅等の見学したり出来たのに、残念。
 時間調整で最後に弁柄染のお店を覗く。夫はキャップが気になったようだったが、かなりお値段も良くて、冷やかしに終わった。

 お天気はなんとか持ってくれて傘はお守り代わり。次は1時間ほどバスに揺られて昼食会場へ。緑の田んぼに沢山のシラサギがいる。

 今回は口福の旅、ということでお昼も2回ついている。ちょうどお昼の時間に日帰り温泉施設内の大きなレストランに到着。16人貸し切りの間で、3種のブランド牛食べ比べの昼食は、岡山和牛蒸籠蒸し、島根和牛石焼、地元新見千屋牛のすき焼きやコロッケ等これでもかと牛肉が並ぶ。もう見ただけでイナフだが、一応一切れずつ味見をして夫に横流し。
 この辺りからお腹はかなり心配になってくる。

 再び1時間半ほど揺られ、今日最後の立ち寄り地は昨日に引き続き日本百名城の一つ、津島城跡、鶴山公園。
 広大な敷地に続く高さ10m前後の豪壮な石垣が、かつての雄姿を偲ばせるというキャッチフレーズ。今にも雨が落ちてきそうな気配だが、まだ降らずにいてくれる。
 ここでも御多分に漏れずアクセスしにくい石段が目の前に立ちはだかる。登り口で既に下痢が始まり、夫には無理しないでこの辺でお茶をしていても、と言われたが頑張って上がる。
 けれど、壊れたお腹で石段を上るのがきつかったのか、最初の階段を上り終えたタイミングでまたしてもお手洗いへ。階段が終わるごとに園内にはお手洗いがあったが、3分の2は和式。来訪者が少ないからよかったけれど、という感じ。

 フウフウいいながら、夫に手を引かれて石段を上る。春は桜の名所だそう、なるほど桜並木である。今は紫陽花。とはいえ、もう腹痛が心配で気が気ではない。お手洗いがあれば、早速駆け込む。
 このままではとてもバスに乗れない、と、ロペミンを飲む。なんとか天守閣跡、本丸まで到着したけれど、靴を脱いで中に入る元気はなく、入口で写真を撮って終了。

 ここで雨がパラパラと降り出す。私は晴雨兼用傘を持っていたけれど、夫はまたしても折り畳み傘をバスに置いてきたという。うーん。藤棚を雨避けにしながら、今度は下りの石段を下りる。見晴らしは良いのだけれど、それを愉しむ余裕もなく。
 足の裏も指先も痛いし、お腹は悲惨で踏んだり蹴ったり。何とか皆さんに追いついて、駐車場となりのお土産屋さんに到着して時間調整。そしてまたお手洗い。もうよれよれのふらふら。森蘭丸の弟、森忠政公が築城したとのことで、パンフレットには諸々沿革が書いてあるが、読む元気もなく。
 ホテルまでは30分から40分ほど、とのこと。お腹にジャケットを巻いてなんとか保持たせた。

 今日の宿泊地は岡山3大名湯の一つという湯郷温泉。温泉街の中、ちょっと異質なリゾートホテルに宿泊だ。ロビーも素敵。カードキーを頂いて部屋に入ると、角部屋で洗面台が2つあり、部屋のお風呂も随分と大きい。
 それでも度重なる下痢でげっそり、夕食まで2時間ほどあるのに、温泉に行く元気もなく、荷ほどきをしたら、ベッドでゴロゴロ。部屋に入ってからも何度もお手洗いを往復して、夕食前にロペミンを飲む。

 夕食は創作フレンチ料理。地物や旬にこだわった前菜ブッフェも美味しそうだけれど、とても頂けそうにない。お魚、お肉料理が時間差で運ばれたが、お魚を3分の1ほど、お肉はまた牛ロースだったので、一切れも食べられずご馳走様。本当に情けない限り。夫は部屋着ですっかりリラックスして白ワインを愉しんでいた。

 なんとかデザートのパンナコッタと紅茶をお腹に入れて、這う這うの体で部屋に戻ってきた。今夜も昨夜と同じ練馬のご夫婦と歓談しつつの夕食だった。お腹が壊れていては食事は楽しめない。残念なことだ。

 部屋に戻って母にMeet通話をするが、なかなか出ないので、携帯にかけ直すとようやく出た。お手洗いに行って気づかなかったという。私はお腹を壊してヘロヘロと報告。母は今日はデイサービスから帰ってきて、明日はヘルパーさんが来てくださった後は午後からWさんサロンに予約が入っているという。元気なので心配なく、とのこと。有難いことである。

 ということで、せっかくの口福料理が愉しめないトホホなお腹事情の中、断捨離読書会を終えたところである。
 お腹が落ち着いたら、まずは本館の露天風呂に遠征してからこちらに戻ってスパとジャグシーをコンプリートしたいのだけれど・・・。
 明日3日目はかなりの移動距離になりそう。お天気が心配なことである。
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2024.6.26 フェスゴ5回目+ドセタキセル5回目(6割減量3回目)+ジーラスタボディポッド5回目14日後のこと 魅惑のミステリーツアーへ出発!

2024-06-26 21:36:01 | 

 昨日は自分でもびっくりするほど草臥れており、今日からのパッキングを適当に済ませてあとは宜しく、とさっさとお風呂を洗って入浴し、ベッドに直行した。
 そのまま眠れれば6時間は睡眠時間を確保できる計算だ。

 前回の治療前日に旅から戻ってきたというのに、また性懲りもなく、今日からは3泊4日のミステリーツアーに出発だ。なぜ3週間も経たずしてツアーを申し込みしているのか今になっては定かではないけれど、申し込みした日付を見ると、2月。
 かなり体調が悪くて、3月のイタリア旅行は危ないかもしれない。でも治療を続けるために、気持ちをキープするために何らかの人参は絶対必要ということで、まさか前回のツアーと全く被ることもあるまい、と申し込んだのだった。

 空調をドライにしてもなかなか寝付けなかったが、それでも早く休んでよかった。
 今朝はアラームが鳴ってすんなり起きる。冬と違って5時過ぎでもすっかり明るい。
 
 私がダイニングでカチャカチャやっているうちに夫も「早いね~」と起きてきた。前回とほぼ同じ時間のフライト、集合時間も5分違い。ミステリーツアーと銘打っているが、あれこれ考え、パンフレットの写真を検索すると、ちゃんと行先をグーグル先生が教えてくれる。というわけで、今日の行先「とある空港」は桃太郎空港に決定である。

 朝食を摂り、花の水を取り替え、毬藻を冷蔵庫に避難させ、ごみをまとめ、あれこれ済ませて身支度を整える。時間指定のタクシーが時間より大分早くに到着した。
 前回はリムジンバスで1時間以上早い出発を選んだが、余りに早く到着してしまい、夫がラウンジでもてあましていたのは、このブログでも書いた通り。そのため、今回はライナーでターミナル駅まで行き、JRと私鉄を乗り継いで羽田入りすることに。

 お腹はとりあえず大丈夫そうだ。タクシーは順調に最寄り駅に到着し、ライナー出発まで15分以上の余裕がある。念のためお手洗いを済ませて、ライナー到着を待つ。

 車内のお供は岸本葉子さんの「60代、変えていいコト、変えたくないモノ」(中公文庫)。
 岸本さんとは同い年、そして、なんと今日がお誕生日でいらした。なんという偶然。彼女のエッセイは面白く、部位は違えどがんサバイバーでもあり、よく手に取って拝読している。
 今回のエッセイはちょうどコロナ禍が始まった頃のもので、当時の異常事態がありありと思い出されつつも、何やら遠い昔のような気もする。
 帯には「SNS詐欺、通信トラブル、不足の事態をどう乗り切る?」「本の字が読めない、鍋が重たい、できていたことが出来ない時は?」「変化に応じてもぶれない心をもとう」とある。色々身につまされることも多く、どんどん読み進む。

 思いのほか時間がかかって、空港に着いてチケットを頂いたのは集合時間20分ほど前になった。前回の2時間近く前の到着からすれば、かなりギリギリ感がある。

 すぐにマイル登録を済ませ、荷物を預け、セキュリティを通り抜け、ラウンジを目指す。今回はバスに乗って搭乗機まで移動するということで搭乗口がかなり遠い。お手洗いを済ませ、カフェラテを飲んだら、もう移動しなくては、の時間。

 何やらトラブルがあったようで搭乗口でちょっと足止めを食う。タラップから搭乗するといかにも旅行に出る感じで気分は上がるけれど、皆さん結構ギリギリの搭乗になる。
 夫は相変わらず窓際席を確保し、私は3人席の真ん中。隣が来ませんように、どころか、すでに通路側に男性が座っておられた。ほぼ満席。

 離陸は15分近く遅れたが、到着は5分遅れ。気流の関係なのかかなり耳が痛かったが、夫もそう言っていたので私だけではなかった模様。

 今月2回目の桃太郎空港に降り立つ。今日のツアーのご一行様はご夫婦8組の16名様。こんなに少ないとは、なんとラッキー。バス席は2人で一列である。のびのび。最少催行人数は28名とのことだったが、キャンセルが相次いだのかどうか。添乗員さんもこんなに少ないのは初めて、と仰る。

 今日の添乗員さんは女性のSさん。バスも3泊4日通して同じで、運転手さんも変わらない。ミステリーツアーなので、ギリギリまで立ち寄り場所は明かされないが、今日の立ち寄り先は全て予想どおり。まずは40分ほど走って“一幅の絵巻物を見ているような庭園と漆黒の天守が有名な日本百名城の一つ”を目指す。もちろん後楽園と烏城の別名を持つ岡山城である。

 目的地が近くなって天守閣が見えるタイミングで行先と散策時間が明かされる。2時間半で見学と昼食を済ませる算段だ。
 まずは駐車場から皆で後楽園へ。チケットを頂き、庭園をどんどん横切ってお城を目指す。また石段である・・・。足裏が痛い。梅雨入りしたものの、お天気が良い。時折、青空で日が出るととても暑い。

 お城のパンフレットを頂き、入場。救いは2022年11月、令和の大改修が完了して間もないこともあり、エレベーターが4階まで設置されていること。6階まであるが、先日の姫路城に比べれば、階段は上りやすく問題なし。
 とはいえ、右足の親指先の痛みと足裏の痛みは依然としてある。ゆっくり一段ずつ上がり、最上階で金ピカの真新しい鯱とツーショット。1階ずつ降りながら各階の展示室を見学。

 なんといっても朝が早かったので、朝食から既に7時間以上経っている。お腹ペコペコでガス欠状態。夫は空港のコンビニで買ったあんぱんをバスの中でさっさと食べているので私よりずっと元気だ。
 前回の白鷺城の次は今回の烏城、すっかりお城づいている。無事1階まで降りてきて、天守閣とツーショット。真新しいので黒と金が眩しい。

 橋を渡り、フォトスポットで記念写真を撮り終えたら、再び日本三名園の一つ、後楽園に再入場して、ようやくのランチ。川のほとりにある食事処は窓から天守閣が見渡せて、絶景。
 小上がりのお座敷に座って(靴を脱ぐのがちょっと不安だったが)夫は豚骨ラーメンを、私は烏城をイメージしたという黒ゴマとほうれん草のお店の名前が付いた名物カレーを頂く。

 空腹で、暑い中歩いたので、塩味が美味しく、本当に生き返る感じ。食事を終え、ゆっくりと歩いて庭園を散策。園内は一面の芝生が美しい。紫陽花はもう盛りを過ぎた感じだったが、花菖蒲や、ピンクの大輪の蓮の花が美しいこと。藤棚もあったので、四季折々の花が楽しめそう。

 少し歩くとすぐに喉が渇く。食後のお茶をしたい、夫はお約束のソフトクリームも食べたい、で、茶屋に入る。白桃のソフトクリームをチョイスした夫と、抹茶とお菓子のセットをチョイスした私だが、お菓子は3種類から選べ、きび団子は売り切れ。黄身餡のつるの玉子か、丹頂という粒餡のお菓子があり、結局黄身餡を選んだ。温かいお抹茶が美味しい。夫は粒餡のお菓子も食べたいということでお土産に購入。

 入園した時に、丹頂鶴の鳴き声が凄かった。それも見なきゃ!と探しに行くと、鶴舎には7羽の鶴が飼育されていた。お正月には園内に放されて飛んだり歩いたりする姿が見られると伺ったが、なるほどそんな写真も飾ってあった。

 しばし鶴の美しい姿を見ながら時間調整。最後に藩主の居間の建物や能舞台等を見学し、奥の池にあった白い蓮を愛でた。そこにはアオサギも佇んでいて、何やら昔の大名庭園の趣そのままという雰囲気だった。5分ほど前にバスに戻ったが、またもやビリだった。

 ここから小一時間バスは走り、本日の宿泊場所へ。さすがにお腹も満ちて眠くなり、ホテルの部屋割りのカードを頂くまではすっかり舟を漕いだ。
 宿泊先は前回ランチを頂いた美観地区、大原美術館に隣接した昭和38年誕生の老舗ホテル。そう、なんと倉敷の街に再来である。

 棟方志功氏の、時価数十億円という14畳もの木版画がロビーに飾られているアートフルなホテルだ。3階の部屋にチェックインして荷ほどきをし、お茶で一服して小休憩。窓の外には美観地区、大原美術館が見える。
 夕食まで1時間ほど散策に出ることに。既に美術館はクローズだったし、隣のカフェにもまた入れなかったが、モネの睡蓮が咲く池だけは見学することが出来た。黄色とピンクの可愛らしい花が咲いていたのでしっかり写真撮影。
 前回Iちゃんに出したポストカードと同じものを自分にも購入し、再び川沿いを歩く。足は痛むが、ついつい頑張って歩いてしまう。

 観光案内所の2階に上がって美観地区を見る。残念ながら川を滑る天領丸に乗ることは叶わなかったが、散策は十分楽しめた。コンビニで買い物をし、一旦部屋に戻って夕食への待ち合わせ時間にロビーに降りる。

 今日の夕食は、徒歩圏内のホテルにあるレストランで鯛しゃぶ御膳を頂く。お出汁が効いていて美味しかった。夫は地酒を美味しそうに頂き、赤い顔でご機嫌さん。ご一緒のテーブルを囲んだのは練馬からご参加のご夫婦。旅行話から健康話まですっかり話が弾んで、お店を出るのが最後になった。
 私達は疲れてそのままお茶だけ買ってホテルの部屋に戻った(夫は大鼾でお夕寝中)が、お二人は駅反対口のアウトレットモールに繰り出したようだった。元気だ。

 退職し、平日がメインのツアーに参加すると、実に団塊の世代の方たちの元気さと層の厚さに驚かされる。私は今回も最年少のようだ。60代後半から70代の皆さんは本当に元気溌剌。旅行会社にとっても大きなお得意さん世代だろう。

 ということで、部屋に戻り、ほぼ定刻に母にMeet通話。
 今日はラジオ体操に出た後、腰が痛かったのでマッサージに出かけ、洗濯もしたそう。暑かったけれど、既にお弁当の夕食も済んだ、と元気だった。明日はまたデイサービス、お風呂に入って涼しくして眠るそうだ。無事で何より。

 本日の万歩計は15,000歩近い。普段引き籠っているときは数十歩というのに、この落差は一体何だろう。
 明日は予定より20分早い出発だ。そしてレストランのオープンがその1時間ちょっと前なので、かなり忙しくなりそう。朝ドラ鑑賞どころではない。録画してくるんだった・・・。
 明日は何処へ行くものやら、だが宿泊は温泉。立ち寄り場所は訪れたことのない場所であるのは間違いない。楽しみなことである。
 
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2024.6.11 旅は最終日、治療前日 湯村温泉から姫路城経由、一路桃太郎空港から前泊ホテルへ向かう 

2024-06-11 19:11:14 | 

 昨夜はブログアップ後、渋る夫を連れてまずは最上階の檜露天風呂へ。夫に、15分と時間を決められ(!)、慌ててさっと入る。漆黒の空に浮かぶ三日月が美しかった。
 早々と出たのに、夫は15分以上かかったとブツブツ。
 次は地下の長寿風呂へ。4つのお風呂は、内風呂は打たせ湯に泡風呂、露天風呂は檜と浮寝湯。ヒーリングの岩盤浴は天井が星空になっている。じんわり温まっていい汗をかけた。
 時間を気にして、ゆっくり入ることは出来なかったけれど、空いていたので有難かった。湯上りの黒豆茶を頂いていると、夫は既に上がってマッサージチェアでリラックス中。

 部屋に戻り、早めの就寝。なんとかお腹も落ち着いてくれてほっとする。
 明け方5時くらいに夫がお手洗いに起きて、すっかり目が覚めてしまう。珍しく寝汗をかいていたので、朝風呂に行くことに。
 昨日は男湯だった地下の長寿風呂は女湯に変わっている。こちらも大きな内風呂に打たせ湯と泡風呂。外は大きな岩風呂に浮寝湯があった。
 さっぱりして部屋に戻り、手足のケアや身支度をしながらBSで朝ドラを視て、朝食会場へ向かうと、またしてもビリだった。最後の2つの席が空いている。

 朝から少量多品種のおかずが並ぶ。荒湯名物の湯豆腐やら温泉卵やら。お刺身も煮物も、少しずつ箸をつけたけれど、とても頂ききれなかった。皆さん早々に食事を終えて、朝食会場を後にされる。
 30分もしないで朝食終了。部屋に戻る。まだ出発まで1時間半近くある。

 荷物のパッキングを終えて、夫はウトウトと朝寝中。
 早めに部屋を出ると、昨日部屋迄案内してくれた若い男性の仲居さんが、エレベーターの前で待っていてくれて、薬袋をお忘れでは?と。テーブルに置いてきてしまったようだ。それさえ気づいておらず、トホホ。
 フロントに預けてくださっているとのことで、チェックアウトに向かうと、フロントから見慣れた小さな巾着袋が差し出された。有難いことだ。

 バスに乗り込む前にお見送りしてくれた彼とお礼方々ツーショットで写真撮影。
 沢山の方たちのお見送りに手を振り返しながらバスは出発。

 今日はひたすらバスは南下する。走行距離は220㎞を超える。最初の行先は姫路城。
 2時間ほどかかるとのことで、途中1時間半ほど走った朝来の道の駅でお手洗い&お買い物休憩。播但自動車道を通って、姫路に入る。
 今日もとてもいいお天気。日差しが強い。

 バスは駐車場に止まり、添乗員のSさんに連れられて、立ち寄り場所のお土産屋さん経由姫路城入口へ。
 凄い日差しだ。夫が姫路城を訪れるのは3回目。前回は息子と2人でやってきた。かなり階段の上り下りがきついけれど、大丈夫?と訊かれるが、青空に映える白鷺城の美しい姿を見たら、頑張れる気がしてきた。お濠の緑も美しく、空にはクロサギが2羽飛んでいる。

 隣に好古園という素晴らしい庭園があるとのことで、セット券を購入して、国宝・姫路城へ。天守閣に行くまでの石段もかなり急で、門は小さく腰をかがめないと入れない所も多い。いかにも簡単に攻められては困る、お城らしい大変な造りだ。
 ふうふう言いながら、ようやく天守閣へ。靴を脱ぎ、地下1階から地上6階まで。狭い急な階段を上がる。途中の窓からは屋根の鯱と姫路駅が見渡せる絶景だ。無事最上階まで登り今度は別の階段で1階まで。膝が笑って、ふくらはぎはパンパンである。
 それでも自分の足で上り下り出来たという満足感。足の裏は痛んだけれど、達成感でご機嫌だ。

 再び石段を下りて、お濠まで戻ってきた時には汗だく。2時間半ちょっとの自由時間を頂いたが、残り1時間少々。千姫ゆかりの西の丸を見学するのは諦めた。
 隣の好古園の中に素敵なレストランがあるというのでそちらに入りたかったのだけれど、夫曰く、それほど大きくなくて混んでいたら昼食抜きになると言われ、しぶしぶ旅行会社から紹介されたお土産物屋さんで昼食を摂る。

 あまりに暑くてまたそうめんである。夫は久しぶりのラーメン。けれど、泣きたいほど美味しくなかった。そうめんは茹で過ぎ、ラーメンは麺が中華麺とは思えない食感で、スープも醤油を溶かした感じで、頂けなかった。がっくり。

 悪態をつきながら、姫路城西御屋敷跡庭園“好古園”へ。沢山のお庭がそれぞれ土塀で区切られて独立している素敵な処である。まずはお屋敷の庭。
 藩主の下屋敷があった庭で、池泉回遊式庭園だ。このお庭を眺めながら食事が出来るレストラン。嗚呼、残念。庭園のシンボル渡り廊下はまるで京都の古刹にでもいるかのようだ。

 あまりに昼食が残念だったので、お口直しに、茶室双樹庵でお抹茶を一服頂くことに。数寄屋造りの茶室は裏千家の第15代家元の設計・監修だという。紫陽花の上生菓子と抹茶を美味しく頂戴する。お茶の先生と思しき素敵な女性とお話ししながら、すっかりいい気分になる。

 残り30分を切り、猛スピードで残りの庭園や竹林を愛でつつ、バスに戻る。10分ほど前に到着。今日は前から3列目で乗り降りも大分楽だ。そして今日も集合時間5分前にバスは出発。

 最後の立ち寄り地は吉備津神社。1時間半ほどバスに揺られ、到着。三備一宮の神社は桃太郎伝説のルーツである神社だ。本殿まできつい石段を上がる。参拝を終えて、長い回廊を下りながら、境内に祀られている多くの御宮を参拝。最後は瀬祭神社と本宮社。“乳がんが治りますように”とお札にジャガイモで作られたり、ぬいぐるみの乳房が掲げられており、びっくり。しっかりお参りを済ませてきた。

 ここで45分の時間があったが、30分ほどで参拝終了。夫は門前の桃太郎というお店でしっかりきび団子ソフトをゲットしている。暑いので確かに冷たいソフトクリームは美味しい。私もお相伴。

 これで今回の観光は終了。一路桃太郎空港へ向かう。
 チケットを頂き、皆さんとご挨拶をし、今は空港のラウンジで記事を書いている。
 東京への出発は夜8時。到着後は、リムジンバスでホテル前まで。

 夫には申し訳ないが、私はそのまま病院前泊。夫の帰宅は午前様ギリギリになりそうである。それにしても治療前日までよくまぁ遊んだものである。万歩計は11,000歩を超えた。頑張った足に感謝である。

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2024.6.10ドセタキセル4回目(6割減量2回目)+ジーラスタボディポッド4回目19日後のこと 旅は3日目、お天気に恵まれ、走行距離は60㎞、万歩計は11,000歩超え

2024-06-10 21:12:53 | 

 昨夜はブログアップ後、雨の中コンビニまでお買い物。赤いヨーグルトやおやつなどを買って戻る。夫はお夕寝をしたおかげですっかり元気で、駅まで行こうと言う。私は疲れたのでお断りして戻る。
 さすがに夕食が早かったので小腹が減って、ちょっとしたスイーツで人心地着いてから大浴場へ。幸い2,3人しかおられず、サウナもあり、いい汗を流すことが出来た。

 手足のケアをしてからベッドに入ったのは11時を過ぎていたが、無事日付が変わる前に眠りに就いた。ところが、入浴前のおやつが良くなかったのか、12時半を回ったところで、急激に差し込むような腹痛。お手洗いに駆け込む。またしても下痢だ。
 お手洗いから出られない。げっそりしてベッドに戻ったのは1時過ぎ。夫は気持ちよく眠っている。何とか落ち着いたようで、その後は目が覚めることなく、平日仕様のスマホアラームが鳴る。

 ベッドでぐずぐずしていたら15分遅れて夫のアラームが鳴る。夜中にお腹を壊した話をするが、夫は全く知らなかったという。お腹を温めたいので、朝風呂に入ってくることに。
 さっと温まって20分足らずで部屋に戻った。身支度をしながらBS朝ドラを視て、階下のレストランに降りる。

 ブッフェでは恐々とちょっとずつ頂く。温かいミネストローネスープがお腹に優しく美味しかった。夫は和食でご当地メニューをチョイスし、パンも食べ足していた。
 部屋に戻ることなく、そのまま駅までお散歩。鳥取駅まで5分少々だ。今日はいいお天気で青空が広がっており、朝から七分袖のブラウス一枚で丁度良い。

 駅のモニュメントには因幡の白兎と大国主命の姿も。改札口にはコナン電車の案内や観光列車の顔出しボードもある。反対口までチェックして駅ナカのお店でお土産品を冷やかしながら、ホテルに戻る。一生懸命歩くと汗ばむくらい。

 出発まで一時間ほど。パッキングも食休みも済ませる。お腹は何とか落ち着いてくれた模様でほっとする。バスにある程度の時間乗る、好きな時にお手洗いに行けないというのが結構ストレスで、神経性の下痢なのでは、と思うこともしばしばだ。

 集合10分前に部屋を出て、チェックアウトするもロビーにはどなたの姿もない。まさかのビリであるが、まだ集合時5分前。うーん、皆さん、本当に集合が早い。集合時間に遅れているわけでないのに、私達が座ってすぐにバスに出発されると、ちょっと肩身が狭い。
 今日の席は5列目のガイドさん側。6,7,5ときて明日は何列目だろう。

 今日は10時出発、15時には宿に入り、更に明日の出発は10時でホテル滞在19時間というゆるーい予定だ。

 最初の観光スポットは鳥取砂丘。今を遡る40年近く前、勤め始めてすぐの頃、両親と山陰山陽を旅して訪れて以来の再訪。夫は今回鳥取県初上陸なので、当然初の砂丘体験だ。
 ホテルからは20分ほどで到着し、砂丘会館にバスが止まり、横断歩道を渡って階段を上れば、眼前には自然が作り出した芸術作品ともいえる砂丘が広がる。与えられた時間は45分ほど。リフトや砂の美術館等もあるが、到底見たり乗ったりする時間はない。

 以前訪れた時はこんなに緑がなかったな、という印象だ。それにしてもいいお天気。青空に白い筋のような雲。そして砂丘を上らないと、濃い青が美しい日本海は望めない。
 ラクダが数頭いる。一緒に写真を撮るだけ、ラクダの背中に乗って写真撮影、ラクダに乗って歩く当然写真は撮り放題、と3段階の料金が用意されている。気になる。
 物見遊山の私は、以前シンガポールでラクダに乗ったことがあるが、ラクダのこぶがなんだかぶよぶよしていて、そこには太い体毛が針金のように生えていて、どこを触っていいのかわからなかったという記憶がある。
 夫が、冷たい目線で「乗りたいなら乗れば」とげんなりした顔で言うので、やめておく。

 気を取り直して、砂の中を歩き出す。有難いことに、昨日の雨で、砂の上がとても歩きやすい。靴カバーも販売していたようだが(イタリアのサンマルコ広場でビニールカバーが10€もしていたが、ここではビニールが200円、不織布が250円と良心的だった。)、そのまま歩く。

 途中で、人の足跡ではない、ラクダの足跡があって面白い。先を行く米粒のような人の姿が見える。遠くの一番高く見える丘は目指さずに、緩やかな丘を目指す。
 ゆっくりゆっくり一歩一歩、ふうふう言いつつ到着。頂上に立った時の景色の素晴らしさといったら。遠くの島、白兎海岸まで見渡せる。上って来てよかった!と思う。

 再び、ゆっくりUターン。帰りの坂の方がきつかった。すっかり喉が渇く。夫は目ざとく梨のソフトクリームの看板を見つけて早速お買い上げ。私は夜中の下痢のおかげで、とてもではないが、冷たいものはパス。それでもちょっぴり味見をして口の中で転がしてから恐々飲み込んだ。梨なのかあまりよくわからないフレーバーだったけれど、美味しかった。

 2番目の立ち寄り場所は浦富海岸。15分ほどで到着する。ここは山陰の松島と呼ばれる景勝地だ。沖縄のように珊瑚で海の色が違うのではなく、岩のあるなしで青の濃淡がある。
 添乗員のSさんによると、弁当は忘れても傘は忘れるな、と言われるほど雨の多い山陰でこんなに晴れる日は1割あるかないか、だという。とてもラッキー。晴れ女が沢山いるのだろうか。
 昨日は残念なお天気だったけれど、今日は一転しての好天、本当に良かった。道路沿いの撮影スポットで皆さん入れ代わり立ち代わり記念撮影。空には鳶が文字通りくるりと輪を描いて飛んでいる。それも仲良く2羽。ここでは25分の予定が20分で揃ってしまい、5分前倒しで出発。

 次は、早くも昼食の立ち寄り場所。道の駅きなんせ岩美を目指す。15分で到着してしまう。1時間の自由昼食だ。道の駅の食堂のメニューは揚げ物や海鮮もの。うーん、あまり触手を動かされない。
 今夜の夕食は3日間で一番期待できる会席料理なので、軽くてもいいなと予めバスの中からチェックしていた、道路を渡った喫茶店に行ってみる。ここが良さそうでなければラーメン屋さんも見つけた、と夫が言う。

 かわいい童謡の名前がついた喫茶店に入ると、お客さんはどなたもいなくて貸し切り。そして大当たりだった。
 ご主人が一人で切り盛りしておられたが、夫はナポリタンのランチにアイスコーヒー、私は小倉ホットケーキとカフェオレをチョイスした。盛り付けも見栄え良く、味もばっちり。小倉の小豆が大粒で美味しいこと。夫に半分シェアする。

 鳥取から通勤されているというご主人と話し込んで、新宿近くに住むお孫さんのお話等を伺ったり、次に行く予定の余部駅の写真を見せて頂いたり、充実したランチタイムになった。
 お店を後にする前に夫とご主人、私とご主人と、それぞれツーショットを撮影していい思い出が出来た。団体行動のバス旅でも、こうして地元の方とお喋りするのはとても楽しい。
 再び道の駅に戻る。野菜等もお買い得で、買いたい気持ちをぐっと我慢して特産の梨のジャムだけゲットしてバスに戻った。

 最後の立ち寄り先は余部鉄橋空の駅だ。30分ほどで到着する。お腹は一杯、気持ちよくバスが揺れて眠気もピークだ。山陰本線の名物鉄橋であるこの余部鉄橋は、現役の餘部駅にかかる。1986年の事故により、今の鉄橋になった。クリスタルタワーという名前のエレベーターで駅まで上がることが出来る。なんと、1日に3本しか来ないという特急はまかぜが通過する現場に立ち会えるラッキーさ。しっかり写真に収めて、かつての線路も歩いて、再び地上に降りて駅長さんであるというリクガメのソラちゃんにもご挨拶。
 駅の傍にある道の駅も物色し、45分の自由時間はあっという間に過ぎた。鉄男の息子も山陰山陽一人旅の時に訪れた場所だ。LINEで写真を送ったら早速コメントが帰ってきた。

 今日の宿泊は創業元禄15年、山陰屈指の上質な天然温泉で、長寿大岩風呂等8つの湯処を愉しめ、湯村温泉の街並みを一望できる高台にある閑静な湯宿だ。日本三銘石のひとつ「佐治石」を配した庭園も素晴らしいという。
 3階の14畳ほどの広い和室にチェックインすると、男性の仲居さんがお茶を届けてくださり、浴衣のサイズチェック。新しい物を用意してくれる。備品の説明を受けた後、お茶と用意されたお菓子を頂き、一服する。

 そして、風情溢れる夢千代日記の舞台である温泉街の散歩に出かけた。城崎温泉と並ぶ名湯とも言われ、元湯は「荒湯」と呼ばれ、98度の高温泉が湧き出ている。温泉卵を茹でられると聞き、早速トライ。
 3個買って、10分ほど湯に浸ける。その間に夢千代像とツーショットを撮りに。戻ってくると丁度良い塩梅のゆで卵が出来あがり、水道水で冷やしてから夫が剝いてくれて、卵と一緒に頂いたお塩をつけて頂く。茹で加減がバッチリでなんと美味しいこと。

 小腹が満ちた所で、足湯にもトライ。ちょっと熱かったのでそろりそろり。足裏が痛み出さないうちに上がる。ほっこりした気分になったところで、ふれあい手形散歩道と称される、芸能人文化人の手形プレートが設置された春木川沿いの遊歩道を歩く。

 昭和初期の町並みを再現した温泉博覧館である夢千代館にも入館。タイムスリップした空間を体現し、1年後に届くという手紙を自分宛に出そうかどうかちょっと迷って、やめておいた。もし私がいなくなっていて、夫が受け取ったら悲しすぎる。

 思いのほか長いお散歩になり、部屋に戻って一休みしたらもう夕食の時間。大広間に行くと、またビリから2番目で空いていたテーブルに案内される。
 但馬牛のすき焼きやローストビーフのサラダ、お造り等が所狭しと並べられ、とても食べきれず。最後の栃の実プリンは別腹で頂いた。お腹一杯で戻ってくると、部屋にはお布団が敷かれている。

 母にMeet通話をしようとした途端、いきなり腹痛に。案の定食べ過ぎでまた下痢に戻ってしまった。本当に懲りないことだ。
 ようやくお手洗いから出て、Meet通話。今日はデイサービスの日だった。
 先日、クリニックで小児用ロペミンを頂こうとしたら、これは子供用だから、と大人用を10回分処方されたそうな。小児用で十分だと思うけれど、まあ、仕方ない。
 
 ということで、せっかく昼間に到着したものの、まだ自慢のお湯に入れていない。これから明日の出発までに何か所に入れるものやら、である。

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2024.6.9ドセタキセル4回目(6割減量2回目)+ジーラスタボディポッド3回目18日後のこと 旅は2日目、本日は走行距離200㎞越え,万歩計も1万歩超え

2024-06-09 21:30:51 | 

 昨夜はブログアップ後、「もうお風呂は入らないでいいかなぁ~」等と言い出す夫をなだめすかしてお風呂へ。しかも「1つ入れば十分」と言うので、20分で出てくることにしてちゃんと両方とも入ろう、となんとか連れ出す。
 お風呂に行く道中、フロントでIちゃん宛に書いた大原美術館の絵はがきを投函して頂くようにお預けする。手の痺れが酷く、震えてのたうち回ったような字になって我ながら情けなかった。

 あいにく雨が降り出して、屋上の天上露天風呂では雨に打たれ、とても長湯は出来ず。黒い脱毛用のキャップの上からビニールのシャワーキャップを被る。4人の女性が露天風呂にいらしたが、内湯の方はほぼ貸し切りだった。急いで体を洗って頭(文字通り頭皮)を洗って、夫と合流。
 続いて別棟の内湯へ。ここは美肌の湯・蜂蜜パール風呂だという。真珠のエキス配合でキラキラと輝くお湯は、楊貴妃やクレオパトラも愛用したそうだ。

 ここにも2人の方しかおらず。温まって部屋に戻ってみると、あら、びっくり、夫より早かった。
 さすがに朝が早かったので、手足のケアを済ませてベッドに入ったらバタンキュー。10時半には眠りについていたようだ。

 ところが、夜中に夫がもぞもぞ携帯を見ている灯りでなんとなく目覚めてしまう。少し我慢したけれど、時計を見るとまだ2時半過ぎ。4時間は眠ったけれど、いかんせん起きるには早すぎる。そして4時近くまで眠れず。少しウトウトしたかな、と思ったら夫が6時過ぎには起き出した。嗚呼。

 あいにく外は本降りの雨だ。昨日はライトアップされてくっきりと美しく見えていた瀬戸大橋が雨に煙っている。ライトアップされるのは土曜の夜だけというので、とてもラッキーだったようだ。

 出発まで3時間以上ある。朝食は7時からというのでまだ時間がある。内湯にもう一度行ってくることに。もちろん夫はお留守番である。
 今朝もガラガラの中、ゆっくりと手足を伸ばした。昨夜は夜でお湯のキラキラが見えなかったけれど、今朝はしっかりキラキラの粒々がお湯の中で舞っているのが確認できた。

 部屋に戻り、着替えと身支度を済ませ、荷物のパッキングを終え、さて朝食に出かけるかと言ったところで、ん?!私の晴雨兼用傘が見当たらない。
 部屋のどこにもない。よりによって雨の日に傘をどこへ置いてきたのだろう。昨日の写真を確認すると、ホテルにチェックインする時、入口で写真を撮った時には傘をしっかり持っている。バスに忘れたわけではない。
 となると、ロビーで鍵を頂く時に座った椅子に忘れた可能性が大だ。フロントに問い合わせると届いていないとのこと。傘を買うか借りるかしないといけない、とがっくり。夫がロビーまで見に行ってくれたけれど、やはり見当たらないとのこと。

 肩を落としてレストランへ向かう。念のため、フロントで写真を見せて「先ほど電話をしたのですが、この傘で・・・」と言ったところ、「お預かりしています!」とのお返事。
 思わずガッツポーズ。それにしても最近ケモブレインなのか加齢のせいなのか、忘れ物大王のことを言えない体たらくである。情けない。

 朝食は昨夜と同じテーブルで、お隣のご夫婦は既に朝食を終えて席を立たれるところだった。シニアの皆さん、とにかく早い。
 オムレツを焼いて頂き、あとはサラダをちょっぴり、ミニクロワッサンと小さな丸パン、リンゴジュースを頂く。食べ過ぎてバスに揺られるのは怖い。お腹は今朝も快調だ。

 食後はフルーツとカフェオレを頂いて席を立つ。出発まで小一時間。
 部屋に戻って食休みをして、荷物をチェックして、集合時間15分前にチェックアウトに向かう。お支払いを済ませ、バスに乗り込む。あいにく土砂降りだ。バスの座席は昨日より1列後ろに。

 集合時間ぴったりにバスは発車。今日は北上して山陰・鳥取県に入る。最初の立ち寄り場所は隈研吾さん設計監修のパビリオンGREENable HIRUZEN。2時間ほどかかるとのことで、途中の高梁SAでお手洗い休憩を経て、向かう。
 雨は止みそうで止まず、常にポツポツ。傘が手放せない。本当に見つかってよかった。

 添乗員のSさんの話によると、今日の夕食が大分早くなりそうとのこと。本当は次の目的地で昼食時間を含む2時間の自由時間なのだが、それだとあまり夕食までに時間がないので、こちらで食事をするのも良いかも、とのアドバイス。とはいえ、朝食を摂って僅か3時間も経たずしてとてもガッツリ昼食等頂けない。

 パビリオンに到着するとやはり、雨。昨日に比べて気温も10℃下がっており、薄いジャケットを着ていても寒い。「風の葉」という名前がついたパビリオンは、東京の晴海からこの蒜山に移築されたというヒノキ材のCLT(Cross Laminated Timberの頭文字をとった言葉で、「直交集成板」のこと。繊維方向を交差させた板を、何枚も貼り合わせて作った板のこと)だそう。ここで記念撮影をするが、青空だったらきっともっと映えただろうなという感じ。

 屋内展示館やショップ等をぶらぶらと見学し、向かいのショップへ。お隣は遊園地だが、雨降りの日曜ということで、お客さんの数はちらほら。レストランを覗くが、とても軽食という品揃えでもない。まだあまりお土産で荷物を増やしたくないし・・・と、手作りマフィンのお店に入る。夫は蒜山ジャージー牛乳を、私はジャージーカフェオレを頂く。夫が選んだイチジクのマフィンを少しお相伴したが、しっとりと美味しいマフィンだった。ここで時間調整をしてバスに戻る。さすがに昼食を摂った方は殆どおられなかった。

 そして、バスはまた北東へ進み、倉吉に到着する。
 江戸から昭和にかけての建物が今なお数多く残るエリアは、国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されている。玉川にかけられた石橋や赤瓦に白い漆喰壁の風情のある街並みは、蔵や町家をリノベした飲食店やカフェ、お土産店、体験施設等が立ち並び、ゆっくりと街歩きを楽しむことが出来る。
 有難いことに雨がやんでくれた。先ほどまで寒いくらいだったのが、バスを降りると、大分暖かい。

 観光案内所で地図をゲットし、お昼を摂れそうな場所を物色する。明治41年に建てられた擬洋風建築の銀行の建物もレストランカフェになっている。そこを超えて、南総里見八犬伝のモデルとなった里見安房守忠義公と8人の家臣のお墓のある大岳院をお参りし、映画のロケでも使われたというフォトスポットで写真を撮り、歩を進める。まだまだお腹は空いてこない。

 この街は大学の合唱団で一緒だったY君の故郷だ。彼は40歳になる前に病気で夭折した。もちろんこのエリアに住んでいたかどうかまではわからないけれど、・・・・等々、色々思いを巡らせながら歩く。
 醤油醸造場の建物を生かしたお土産屋さん等を冷やかしながら、モダンな建物の大蓮寺でお参りし、豊田家住宅、最後は1760年建築の倉吉市に現存する最古の町家建築、倉吉淀屋まで足を延ばした。

 ここでは、ボランティアの方が親切に色々説明してくださる。淀屋の屋号を持つ牧田家は、倉吉を代表する商家で大阪の豪商淀屋と密接な関係を持つとのこと。畳は今のサイズより大分大きく、けれど、鴨居は低く、江戸時代の方たちが小柄だったことを想う。頭上注意だ。手すりもない急な階段を上がると、2階の方がずっと広い。

 これで街歩きはほぼコンプリート。残り時間1時間ほど。さすがに何かお腹に入れようと夫とカフェに入る。小豆島から取り寄せているというそうめんを頂く。少量だったが、リーズナブルな値段で小腹を満たし、お手洗いをお借りして、再びバスの回転広場目指して歩く。

 カフェのオーナーののんびりした物言いと、タイムスリップしたようなゆっくりした時間の流れに非日常を感じつつ、集合時間を気にしてついつい早歩きになる。
 ワイナリーや弁天参道を横目に見ながら、酒造も覗いて時間調整。バスに戻ると5分前なのにほぼ全員がお揃いだ。

 今日最後の立ち寄り場所は白兎神社。日本神話のゆかりの地だ。さすがに眠くてバスの中では皆さんこっくりこっくり。いつの間にか日本海が見えているのも気づかずに小一時間して到着。道の駅の駐車場にバスは泊まり、階段を上って神社へお参りに。40分ほどの時間を頂く。
 因幡の白兎伝説は言うまでもなく有名なお話だが、白兎神を祀る神社は、今は縁結びスポットとしても有名だそうで、ハート形の絵馬が境内には沢山かかっていた。皮膚病や傷等の平癒にもご利益があるとのこと、しっかりお参りしてきた。

 お参りを終えて、歩道橋を渡ると、そこは白兎海岸だ。白い砂浜が弓なりに連なる美しい海岸をバックに写真撮影。神話の舞台であることから「恋人の聖地」に認定されているそうだが、こんなに凪いだ日本海は珍しいとのこと。曇天だったが、海の色は濃く美しかった。
 
 これで今日の観光はコンプリート。残るは夕食である。だが、白兎神社から夕食レストランまでは15分ほどで到着するという。まだ4時半。さすがに5時にならないとお店が準備出来ないとのことで、到着した後は、バスを降りて既にクローズしたショップ等の連なるあたりをうろうろ。
 うーん、これなら朝の出発が30分遅くても十分だったのでは、と思ったのは私だけではあるまい。

 昨日も5時半からの夕食で、今日はなんと5時からの夕食。まだ仕事をしている時間である。
 夕食はかに尽くし会席。江戸時代からの古い歴史ある港町、賀露港は松葉ガニの水揚げ港として知られる。ここで松葉ガニのしゃぶしゃぶ、茹でカニ、カニみそ、茶わん蒸し、天ぷら、カニ酢、カニとろろ蕎麦と海鮮丼等々。
 私は手が痺れて痛み、とてもカニの身をほぐせる状況ではない。夫が黙々と一人で2人分のカニをほぐしてくれた。私は食べる人、というのもなんとも申し訳なかった。1時間ちょっとで夕食が終わってしまう。

 まだ6時。あとは鳥取駅前繁華街にほど近いホテルを目指すのみ。渋滞もなく、20分ほどで到着した。
 鍵を頂き、最上階7階の部屋にチェックイン。こちらにも天然温泉の大浴場がある。

 荷ほどきを済ませ、とりあえず珈琲と紅茶で一服し、母にMeet通話。今日はお友達が寄ってくださって、サ高住のレストランでお昼を摂ったが、前回と違ってあまりおいしくなくてガッカリだったそうだ。お茶もいまいちと憤慨していた。
 まぁ、そういうこともあらあな、であるが。3時間もお喋りをして、ぐったりだったそうな。その後、洗濯物を片付け、伯母から電話があり、でなんだかがっくりしていた。忙しいことである。

 夫は疲れたと見えて、既にベッドでお夕寝中である。
 コンビニに買い物に出かけて、入浴くらいしたいのだけれど。
 明日は今朝より30分出発が遅い。雨も降らずに少し気温が上がる予報なので楽しみである。

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