昨夜遅めの夕食を摂ったのはベトナム料理のレストラン。夫と息子は地ビールやカクテルを楽しみ、皆で生春巻やお腹に優しいマイルドな味の温かいフォー、スパイシーな料理の数々に舌鼓を打った。息子は顔に汗を浮かべながら相変わらずよく食べよく飲み、見ていて気持ちが良い。
部屋に戻ったら楽譜を見ながら自主練習するつもりだったが、どうにも疲れて眠くてたまらず。さっさとバスタブにお湯を張り、一人で先にベッドに入ってしまった。お湯を張り直すと、次に夫が、最後に息子が入浴したようだが、息子がベッドに入ったのには気づかず。
お手洗いに起きて寝ぼけ眼で時計を見ると6時間近く連続して眠れたようだった。だが、夫と息子が交互に鼾をかくわ、息子は相変わらず酷い寝相で、何度も布団をかけ直してやったりしているうちに再び眠れなくなり、そのまま朝を迎えた。3人でホテルの同室に泊まることも今後そうはないだろうとトリプルにしたのだけれど、やっぱり私だけシングルにするのだった、と痛く後悔する。
20階の部屋からは遠くにスカイツリーが見える。昨夜は紫色のグラデーションにライトアップされていた。
お天気はまずまず。雲の合間から青空が見え隠れしている。時間があるので足湯でリラックス。夫や息子にも勧めて、皆で少しほっこり気分になる。
寝坊助の息子が一緒だし、レストランでバイキングの朝食を摂る時間を節約して、朝食は部屋でコンビニ調達のサンドイッチ等で簡単に済ませる。相変わらず食後はお腹の調子が悪く、お手洗いを往復。
例年通り路面電車の駅まで2人が送ってくれる。一両しかない車内は日曜朝だというのにやけに混んでいて、席は確保出来ず。短い時間だけれど、結構揺れるので痺れた足で荷物を持って踏ん張っているのが辛い。集合時間の10分ほど前にOBOG合唱団の控室である教室に到着。ここもエレベーターがない建物なので、ふうふう言いながら3階を上がる。既に同期のNさん、A先輩たちが到着している。三々五々先輩たちが集まってくる。
その場でロングスカートと黒い靴に着替え、隣の男性控室に移ってK先輩による準備体操と発声練習。今日は現役が10人ほど助っ人に来てくれている。これまで一度も一緒に歌って合わせたことがないので、ちょっと心配・・・。簡単に曲をさらって第九の会場まで移動する。ステージオーダーすらまだ決めていない。全員で何人になるのかさえ・・・ああ。
ロングスカートでキャンパス内を歩くのはまだしも、一般道路を歩くのはちょっと恥ずかしい。関係者の名札を下げて”赤信号みんなで渡れば怖くない”のノリである。交差点に差し掛かった時、急に日差しが強くなり、日傘を置いてきたことをちょっと後悔する。
なるべく階段の上り下りをしない動線を探しながらアリーナの控えエリアに入る。2階席に着くように言われ、スカートを踏んで転ばないように慎重に席に着く。
ちょうどホームカミングデーの式典中である。ブロックごとに卒業年次で分けられているが、自由席エリア以外はほぼ満席である。講演の後、応援団が壇上に上がり、全員でこぶしを振り上げて(このポーズがなかなか凄い)校歌を歌い、エール。
思えば初めてホームカミングデーに参加したのは卒業25年の10年前のこと。
その前年、11年前には既に再発治療をスタートして8か月ほど経過していた。「練習に参加できなくても大丈夫だからせめて校歌だけでも歌いにいらっしゃい」と幹事のK先輩からOB・OG合唱のお誘いを頂いた。けれど、復職はしたもののタキソテールを終えてそれほど時間が経っておらず、体調が優れないことも多く、とても都心まで練習に行ける状況ではなかった。
翌年少し落ち着いたところで、これが最後かもしれないし、と思い切って参加したところ、意外にも頑張れてとても楽しく励みになることが分かった。以降、母の手術や父の急逝により2015,16年の両年を泣く泣く欠席した以外は毎年参加させて頂き、これまで歳を重ねてきた。まさかここまで命を繋ぎ、続けられるとは思わなかった。感無量である。卒業後25年なんてまだまだ若造と言われる中、当時卒業後35年のお元気そうなお姿を拝見し、果たして私にこの日は来るだろうか、と思ったのが昨日のことのようである。
定刻通りに式典が終わり、第九を歌う立ち位置まで移動する。式典会場の一角にオーケストラのスペースが誂えられる。ここで合唱指揮者Y氏による準備体操と発声練習。時間が押してきている。オケのメンバーが席に着く。
いよいよ校友会音楽祭の開会である。
例年古い講堂で満席の中行っていたが、収容人員が全く違う巨大なアリーナのこけら落としイベントなので、さすがに席は満席とはいえないまでも、皆の宣伝のおかげか、そこそこの入りである。
OB・OGである2人の民放現役アナウンサーの司会でスタートし、実行委員長であるマラソンのS選手が登場して開会宣言。ファンファーレがなぜか宣言のタイミングと合わずにやり直しで、2回というおまけつき。
これまでは講堂の深紅幕の後ろから司会者のシルエットを見ながら声だけを聴いてきた。幕が上がり、オープニングの校歌に至るのだけれど、今日は二階席から各会場の司会を受け持つ大御所アナウンサーたちの姿をナマで見ることが出来た。
客席を見下ろすと、オケの間近で夫や息子の姿も見える。身体を横向きにしながら聴いてくださる皆さんには申し訳ない。同期や先輩等の姿も見える。
まずはグリークラブOBによる校歌、応援歌、カレッジソングの三部作の合唱。
続いてオケによるワーグナーのマイスタジンガー前奏曲、そしていよいよ第九の演奏である。ここまでで20分ほど時間が押していた。指揮者のN氏は穏やかで微笑みながらとても良い指揮をされる。大学卒業後、音大に入りなおして指揮を学ばれたという。
指揮が振り下ろされたら40分、最後までノンストップだ。オケ150人、合唱350人という500人の校友老若男女(10代の現役から80代(!)の合唱団員まで)による演奏の心意気は皆さんに無事届いたようである。ソリストも4人中3人は私たちの合唱団のOB・OGである。その隣でリアルなブレスを感じながら、舞台の上でなく2階席から歌う機会など今後二度とないだろう。人生3度目、9年半ぶりの第九は母校で、旧友たちとともに無事歌い終えることが出来た。これぞFreude!
夕方の本番(?)合唱ステージもあるので、冷静に考えればあまり全力で喉を使い過ぎないようにセーブしながら・・・と思うが、実際始まってしまうとそううまく立ち回れるわけもなく。本当なら精魂使い果たしてダウンというレベルだろうけれど、気が張っているのか不思議と元気である。今日は夕方までの演奏、そして夕方からは同期とのパーティが控えている。アドレナリンが出ているのだろう。
昨日のゲネプロで、アリーナでの急な階段の上り下りが相当堪えたので、今日は出来れば階段は使いたくないというのが本音。申し訳ないが、一人皆と離れてエレベーターを使わせて頂いた。ここで思いもかけなかった遭遇があった。
予備校時代の友人で、学部は違えど同窓だったDさんがお嬢さん2人と乗っていらしたのだ。夏の中欧旅行中にお葉書を頂き、会いたいなということだったが、私は今日の一連行事が終わるまでは土日が全部埋まっており、母の入院・手術もあり、申し訳ないというお返事をしていた。卒業後も年賀状のやりとりだけは続けてきたが、お互いの結婚式以来実際にお目にかかることもなく30年近くが過ぎていた。
Dさんはやはり治療中で白血球が下がっていて・・・、とマスクをしていて、車椅子をお嬢さんが押してこられていた。人出が凄いし、会えないかもしれないと思っていたので、まさかここでこのタイミングで会えるとは、本当にラッキー。まさしく神様のなせる業だと思った。入口でお嬢さんたちからツーショットの写真を撮って頂き、握手を交わして皆が待っていてくれるアリーナのエントランスに向かった。
そこかしこで指揮者やソリストとの写真撮影をする人たちの姿が賑やかである。集合写真に何とか間に合った。時計を見れば、既に昼休み開始予定時間より30分経過している。第九だけに参加したメンバーはこれにてフリータイムだが、Nさんと私は30分後には本部キャンパスでのフラッシュモブに入らなければならない。お昼をどこかで摂っている時間はないので、途中のコンビニでサンドイッチ等を調達し、荷物を置いてある控室に戻った。残り時間20分弱である。
ここで、35年近く前、新任研修の1か月を一緒に過ごした職場同期のSさんからのメールに気づく。彼女には昨年合唱団の70周年記念演奏会にも足を運んで頂いていたのだけれど、折悪く台風到来。早めにお帰りになりロビーでご挨拶すら出来なかったという不義理をしている。
今年こそ、お互いなんとか探せるとよいのだけれど・・・と連絡しあっていたのだけれど、時間切れで私がアリーナを離れざるを得なかった。アリーナのカフェにいますが、ということだったが、今から戻る時間はない。本当に申し訳なくも今の状況を連絡した。
10分ほどで薬を飲んで、サンドイッチをお腹に入れ、会場前で校歌と応援歌2曲のフラッシュモブ。同期のNさんのご主人が来てくださっていて、ご挨拶が叶った。
そしてY氏の指揮による最後の練習が始まる。第九で使って緊張しまくった喉を、普通の合唱の柔らかく開かれた喉に戻していかなければならない。現役メンバーを含めて初めて合わさなければならない。時間は45分と限られている。
最終的にセカンドソプラノは4名で、トップの半分以下の人数になった。喉が疲れているせいか音がどうしても下がり気味になってしまう。萎縮するとますます声が思うように出ない。だんだん心配になってくるが、同期のNさんがセカンドに戻ってくることになり、A先輩の「いつもどおりでいいのよ」という言葉に支えられて本番を待つ。
昨年も聴きに来てくださった職場の先輩であるOさんが「今、会場に到着しました」という連絡をくださる。夫と息子は第九の後、庭園に並んだ模擬店で飲んで食べてすっかり出来上がった様子。「合唱に合わせて手拍子してしまうかも・・・」などという怖い連絡をしてくる。
一旦時間通りに舞台袖に降りかけたが、20分の遅れ。再び控室に戻って出番を待つ。
毎年思うのだけれど、本番はいったん始まれば瞬く間に終わってしまう。僅か20分の持ち時間のために、これまで3か月練習をしてきた。マドリガルの2曲はOB・OGのみで、バッハのモテットⅢからの5曲は現役が加わって、最後にさくらももこさん作詞、相澤直人さん作曲の「ぜんぶ」の計8曲である。
ステージオーダーも直前に俄かに決め、とにかくステージに上がる。ライトがかなり明るい。もろに明かりを浴びる角度で、眩しくて指揮者の顔が全く見えず、シルエットのみ。
終わってみれば練習した以上のことは出来ず、言葉が思い切って喋れない部分もあり、反省点は多々あった。けれど、最後の曲では色々な思いが錯綜して胸が一杯になり、目の前が曇った。とにかく先輩や同期とともに本番を無事歌い終えることが出来てほっとするとともに、有難かった。
これで今年の私の合唱の季節も終わりである。また、来年も励みにしようと思う。
同期のNさんが幹事を買って出てくれて、本当は休業日なのに貸し切りで開けてもらったというお勧めのワイン処・イタリアンで同期会がセットされている。当初は、舞台が終わって30分ほどで出発すれば余裕をもって到着出来る、ということだったが、20分遅れは取り戻せず。慌てて着替えて荷物をまとめて、皆さんにご挨拶をしてNさんとともに出口へ急ぐ。
外では第九を歌った同期や聴きに来てくれた同期や後輩たちが写真撮影中。
Oさんにお会い出来たが、この後一緒にお茶することも出来ず、申し訳ない限り。夫と息子も外で待っていてくれたので、まずは要らない荷物を持ち帰ってもらうために引き渡し。2人ともお酒が入ってご機嫌な様子である。息子は相変わらずお調子者でお喋り全開。皆さんに紹介すると、なんら物おじせず皆さんにご挨拶している。
既にキャンパスは暮れなずんでいる。今日は舞台がトリから2番目だったため、こんなに遅い時間までいたのは初めてである。
そのまま皆とパーティ会場に向かうつもりだったが、ふと、夫に預けていた長財布等を返してもらっていないことに気づく。慌てて携帯を鳴らすが、全然出てくれない。結局、息子に繋げて戻ってきてもらうことにした。その間同期のRさんにお待ち頂く。トホホの忘れ物大王一家である。真っ先に失礼した筈なのに、後から控室から出てこられた先輩たちが「どうしたの」と通り過ぎていかれる。ああ・・・。
フィナーレで応援団が講堂のライトアップされた時計台をバックに校歌を歌っている。せっかくなので、と一緒に歌ってしまった。
そして地下鉄の駅へ。Rさんが、私が階段の上り下りをなるべくしないようにと気を遣ってくださったのに、お互い積もる話をするのに夢中で、注意力散漫だったのか別方向のホームに入ってしまう。再び引き返す。JRの乗り換えも階段とエスカレーターでホームに上がったところ、ここでまた確認せずに(2人とも単独行動なら必ず確認するであろうに)あろうことか逆方向に乗ってしまったことに次の駅で気づく。
東京出身の2人がなんということか。ああ・・・。会場最寄り駅では心配している旨のLINEが届く。なんと申し訳ないことよ。
結局、予定開始時間より20分以上遅れて駅に到着。待ってくれていた幹事のNさんや関西から駆けつけてくれたSさんたちにかくかくしかじかと事情を説明しつつ、平謝り。駅からすぐとはいっても、やはり連れて行っていただけないとわからない場所だったので本当に申し訳なかった。
会場に入ると、既に座る席を空けてくれており、言われるがままテーブルに着く。思えば病を得て以来、夜の会合はすべて失礼するようになっている。同期は仲が良く、海外赴任中のメンバーが帰国したとか折に触れて同期会が開催されていた。何分職住近接の職場で仕事を終えてから、都心まで出向く体力も気力もなく、すっかりご無沙汰していたわけで、今回の参加は10数年ぶりのことだ。
それでも不思議、すぐに学生時代に戻り、話が弾む。2組のカップルもいて、なかなか楽しい。20人が集っているが、皆子供たちがほぼ巣立ち、結婚話も出て、こうして集まりやすくなってきているということもリユニオンに拍車をかけているのだろう。
飲み放題3時間ということで皆思い思いに好きなお酒やソフトドリンク片手に語り合っている。数十年前の写真が回り、当時の思い出に花が咲く。今だから言える話もあれこれ。
途中で席を変わり、皆入り乱れる。会いたかったMさん、Tさんたちとも話が出来て本当に良かった。一番年長は来年還暦というI氏。一足先に退場されたが、確か彼もサバイバー。3度目の成人式を迎えるまで生きてきて、それはみんな色々あるよね、というセリフに頷くことしきり。
皆で記念写真を撮り、彼を見送った。お料理はどれも手が込んでおり、目も舌も美味しく、デザートまで大満足の3時間弱だった。帰りのライナーを予約していたので、ちょっとハラハラだったが、最後はまたまた校歌とカレッジソングを歌って〆。
隣県といっても遠方に住むTさんとともに会費を払い終え、ドタバタと会場を後にし、JRの駅まで向かった。乗り換えが結構ギリギリでドキドキだったが、無事乗り換え、車内ではあれこれ繋がったLINE等でお礼の連絡をしながら瞬く間に最寄り駅に到着と相成った。
一方、夫と息子は私と別れた後、ホテルに荷物をピックアップに戻り、東京駅ナカで夕食を摂り、息子は新幹線に乗り、夫は私より1台前のライナーで帰宅する、との連絡があった。
帰宅すると夫が洗濯機を回したのがちょうど終わったところ。一緒に干しあげた。
もろもろ最低限の片づけを済ませると、さすがにブログを書く元気がなく断念。夫が合唱の様子を撮影してくれていた動画を見せてもらってから入浴・就寝した。夫からは「それにしても貴方たちOB・OGは皆大学の名前を何かにつけて連呼して、大学が好きなんだね~」と揶揄われたが・・・。
長い一日、朝から晩までよくよく歌った幸せな日だった。