Jun日記(さと さとみの世界)

趣味の日記&作品のブログ

親交 11

2019-03-10 11:44:57 | 日記

 その若者が鷹夫という名前であるという事を知り、今年の春4月からはこの地域の最優秀大学の大学院の院生となるという事を、紫苑さんが知るまでにそう時間はかかりませんでした。何しろこの若者は、屈託なく紫苑さんの質問にすらすらと答えてくれたからでした。

「ほおぉ、君は相当優秀なんだねぇ。」

いやぁ、結構結構。紫苑さんはそんな言葉をこの青年にニコヤカに掛けながら、取り外した眼鏡をポケットのハンカチで拭くと、再びそれを掛け直して、彼は厳しい視線を目の前の青年に向けるのでした。彼にはこの青年の話があまりにも出来過ぎているように感じられたのです。

 彼は外出先でたまたま出合った青年が、かつて自分が感動した感慨深い同級生と笑顔が似ていた事や、その青年がこの地域の飛び切り優秀な大学院生になるのだ、という事が少々奇妙に思えたのです。確かに自分は大学で教鞭をとっていたが、今はもう教育現場とは縁を切ってしまった。そんな普通生活をしている自分が、再びこんな秀才に出合うだろうか?偶然だろうか?彼にはやはり何だか釈然としない思いが湧いてくるのでした。

 『これが腐れ縁というものかしら。』また自分は目の前にいるこの学生の面倒を見る事になるのかしら?そんな事をちらりと考えてみる紫苑さんでした。

 ここへ来てからは全くの隠居生活、かつての勤務先のあった大学都市では退官後も顔馴染みにはしばしば出合った物です。卒業した教え子も時折訪ねて来ていました。が、ここ郷里に戻って来てからは、住まいも以前住んでいた地域とは別の場所であり、彼が顔馴染みに出会うという事は殆どありませんでした。彼が中心街へ買い物に出てさえも、親戚の顔にさえ殆ど出会う機会が無いという彼の現状でした。紫苑さんが首を捻ってしまうのも頷けるというものです。

 『まぁ、嘘ならその内バレるだろう。』

そう思うと紫苑さんは表情を緩めました。目の前の青年のにこやかな笑顔と、語り掛けてくる話にぼんやりと聞き入りながら、彼は、ではではと、これからの相手の腕前を御覧じろ、とばかりに内心頷くと、今後繰り広げられるであろう出来事に興味津々、期待に胸を膨らませるといざ観劇と洒落込むのでした。


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